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佐藤

作者: 三日天下

 佐藤が気になる。


 私の隣の席に佐藤がいる。

 無口な佐藤は、いつもどおり無言でつまらない報告書を作成している。

 無個性な佐藤は、いつもどおり淡々と価値の無い報告書を作成している。

 無表情な佐藤は、いつもどおり黙々と無意味な報告書を作成している。

 その佐藤が気になる。何故だか気になって仕方が無い。

 佐藤は小学校、中学、高校、大学と同じ学校を卒業し、同じ会社に就職した、家族以上に私と縁のある男だ。

 だが、これほど付き合いの長い関係なのに、正直私は佐藤のことがあまり好きではない。

 理由はよく判らない。

 あえて思えば、無口で無個性で無表情な佐藤は何を考えているのかがまるで判らないからかもしれない。

 かといって別段嫌っているわけでもない。別に近くにいても害のある人間では無いからだろう。

 交流はあまり無い。だが、子供のころ一度か二度は一緒に遊んだような気もする。

 すれ違うときに挨拶ぐらいはする。

 社交辞令として、毎年、年賀状は送っている。

 つまり私にとって佐藤は、付き合いが長いだけの居ても居なくてもいいような存在だ。

 そして、おそらくだが、まず間違いなく、佐藤から見た私の存在も似たようなものだろう。

 その、居ても居なくてもいい佐藤が気になる。

 妙なのだ。近頃やたら佐藤を見かけるような気がする。

 朝の電車の中でも見かけた、会社の廊下でもすれ違った、トイレでも会った。

 家は近所だし、同じ会社なのだからそれくらいはあたり前なのだが……なにかが変だ。

 作成した報告書の提出に佐藤が席を立つ。そして帰ってくる。

 ……変だ。やはり変だ。

 報告書を提出するには隣部屋の課長のチェックを受けなくてはいけない。チェックは早くても十分はかかるはずだ。

 なのに佐藤は一分とかからず席に戻ってきた。すでに新しい報告書の作成に取り掛かってる。もしかして課長が離席していて、机に報告書を置いて戻ってきたのだろうか。

 モヤっとしたよく判らない感情。漠然とした不安。

 私も作成した報告書を隣部屋へと持って行った。

 課長がいた。

「やあ鈴木君。キミも報告書かねどれどれ。ふむふむ。ん? 今確認をしているからしばらく待ちたまえ。なにっ、佐藤くん? 佐藤くんなら先ほど報告書を持ってきたぞ? ん? 十分ほど前だがそれがどうかしたのか? なんだねキミ、間違いないよ。間違いなく佐藤くんは十分ほど前にここに来たよ。そんなことどうでもいいだろう。そういえばキミと佐藤くんは同期だったね。近頃の彼の仕事ぶりは素晴らしい。まるで一人で二人分の仕事をしているようだ。キミも彼を見習って頑張りたまえ」

 ……変だ。なにかが変だ。


 その日の帰り、私は駅で佐藤とすれ違った。軽く会釈をした。

 家までの帰り道で佐藤とすれ違った。軽く会釈をした。

 本屋に立ち寄った。佐藤とすれ違った。軽く会釈をした。

 コンビニに立ち寄った。佐藤とすれ違った。軽く会釈をした。

 銀行に立ち寄った。佐藤とすれ違った。軽く会釈をした。

 気分が悪くなってきた。


 翌日私は真実に気付いた。

 佐藤が増えている。

 道ですれ違う数人に一人が佐藤だ。

 会社の数人に一人も佐藤だ。

 その日、世界中で数人に一人の人間が佐藤と入れ替わっていた。

 そしてそのことに気付いているのは私だけだった。

 誰も私の言うことなどに耳を傾けなかった。

 どんなに騒いでも誰も信じなかった。

 狂人扱いされた。

 警察を呼ばれた。

 家に逃げた。

 気持ちが悪い。

 泥のように眠った。

 

 翌日世界の半数の人間が佐藤になった。

 テレビの出演者も道行く人々も半数が佐藤だった。

 会社の人間の半数も佐藤だ。

 誰も佐藤を気にしなかった。

 佐藤たちも気にしなかった。

 私だけ真実に気付いていた。

 吐いた。

 意識がクラクラしてきた。

 翌日へ向かってしまった。

 

 世界が佐藤になった。

 私以外全ての人間が佐藤になった。

 右も左も佐藤。全て佐藤。なにもかもが佐藤。

 佐藤、佐藤、佐藤、佐藤、佐藤、佐藤、佐藤、佐藤、佐藤、佐藤、佐藤、佐藤、佐藤、サトウ、サトウ、サトウ、サトウ、サトウ、サトウ、サトウ、サトウ、サトウ、サトウ……

 私だけが私だった。

 いっそ私も佐藤になりたくなってきた。

 私だけが私。他は全て佐藤。

 気が狂う。

 いや、すでに狂ってるのかもしれない。

 頭がガンガンしてきた。

 強烈な光を感じた。

 耳元で轟音が聞こえた。

 私の意識は急速に消えていった。

 

 ……耳元の目覚ましが機械的な電子音を放つ。意識を無理やりまどろみから引きずりだす。

 カーテンから差し込む日の光が朝を告げる。

 気分が悪い。頭痛も酷い。

 重い体を引きずるように浴室へと向かった。

 寒さの残る三月の冷水シャワーを頭から浴びると凍りつくような冷たさが全身を覆った。

 だが、その冷たさが心地よかった。

 痛いほどの冷たさが現実を感じさせてくれた。

 本当に酷い悪夢だった。

 シャワーを浴び、スッキリした気分となった私は先ほどの悪夢を思い出した。

 世界が佐藤になる夢だ。まさに悪夢だ。ありえない悪夢だ。

 何故あんなくだらない夢を見たのだ。疲れてるのだろうか。

 自嘲気味に笑いながら私はテレビをつけた。

 そこに映っていたのは当然、佐藤ではない。

 佐藤のはずない。

 映っていたのは……いつもの見慣れた……見慣れた……見慣れた……見慣れた……

 私だった。

 私のアナウンサーが私が私を殺した事件を伝えた。

 私が私の家を強盗したことを伝えた。

 海外で子供の私が飢えて死んでいることを伝えた。

 私の国と私の国が戦争で私の兵隊が死んでいることを伝えた。

 窓を開けてみると道行く人たちはみな同じ顔の私だった。

 私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、わたし、わたし、わたし、わたし、わたし、わたし、わたし、わたし、わたし、わたし、ワタシ、ワタシ、ワタシ、ワタシ、ワタシ、ワタシ、ワタシ、ワタシ、ワタシ、ワタシ……

 どうやら悪夢はまだ終わっていないようだ。

 

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