願いを3つ叶えよう。ただし……
世間では意外と知られていないが魔法のランプは実在する。
今日も一人の男が街のリサイクルショップで売られていた骨董品のランプを手に呪文を唱えた。
「ワシを呼び出したのはお前さんかね、貧相な顔の男よ」
「貧相で悪かったな。いかにも俺がお前のご主人様だ」
「その様子だとワシが何者か知っとるようだね」
「もちろんだ。願いを叶える魔法のランプ。お前を見つけるのに10年かかったよ」
「その10年で努力すれば大抵の願いは叶ったろうに」
「ええい、うるさい魔神だな。いいからさっさと願いを叶えてくれ」
「気乗りはせんが仕方あるまい。願いを3つ叶えてやろう。ただし……」
「ただし?」
「ワシの願いも3つ叶えてもらおう」
「何だって!?」
これには男も驚いた。
魔法のランプにまつわる話はいくつもあるがこんな展開は聞いたことがない。
「何を驚く。これが対等な取引というもんだろう」
「そう言われるとそんな気もするな」
「まずはお前さんの願いから叶えてやろう。その次にワシの願いを叶えておくれ」
男は考える。さぁ、ここが正念場だぞ。
欲張りすぎるのはよくない。魔神の機嫌を損ねるのはもっとよくない。
世界中の富を手に入れても次に「死んでくれ」と言われたら全てが台無しだ。
まずは小さな願いで様子を見るべきだろう。
「それじゃあ1000万円出してくれ」
「お安い御用だ。そら出てきたぞ」
流石はランプの魔神。瞬く間に虚空から札束を取り出し男へと手渡した。
男は得意満面で小躍りする。調子に乗って歌まで歌う始末だ。ちなみに歌は下手だった。
「さて今度はワシの願いを叶えてもらおうか」
「いいとも。ただし俺はただの人間だ。出来ることには限りがあるぜ」
「そんな事は分かっておるわい。なに簡単な願いよ。ワシと一緒に鉱山で働いて欲しい」
「何だって!?」
「ワシは1000年生きているが未だに一度も働いたことがなくてな。少しは人生の経験値を稼ぎたいのだよ」
「働くってどれくらい」
「石の上にも3年ということわざもあるし3年がよかろう」
「げぇ!?」
しかし約束は約束だ。それも魔神との約束。破ったらどうなるか分からない。
男は渋々ながら魔神と共にアフリカのダイヤモンド鉱山で過酷な労働に勤しむことになった。
せっかく手に入れた大金も片田舎の鉱山街では使う場所がない。
仕事のない日は身体を休めて明日に備えるのが精一杯だ。
「まったく酷い目にあった」
「何を言う。とてもいい経験になったではないか。それでは二つ目の願いを叶えてやろう」
男は再び考える。貯金は増えたが貴重な時間を3年も浪費してしまった。
どんな幸福も命あっての物種。ここは定番だが不老不死を願うべきだろう。
前回のように遠慮してはダメだ。寿命を2倍にした後に100年テニスに付き合えと言われかねない。
「不老不死か。人間は長生きするのが好きだのう」
「出来るのか」
「出来るとも。アブラカタブラチンチンチン」
かくして男は不老不死となった。
「さて次はワシの番だな」
「もう働くのは嫌だぜ」
「安心せい。次の願いは嫁探しじゃよ」
「嫁探し!?」
「おうとも。ワシもいい年なんでそろそろ結婚したいんじゃ」
そうして嫁探しの旅が始まった。
当然ながら旅は難航を極める。そもそも魔神なんて出会おうと思って出会えるようなものではない。
それが未婚の女性となればなおさらだ。
運良く出会えてもランプの魔神はゴネにゴネる。顔がイマイチ。料理がまずい。処女じゃない。
1000年童貞をコジらせると無闇やたらと理想が高くなる。
ようやく相手が見つかったのは二人が出会って6000年が過ぎた頃だった。
「カッカッカッ。苦労をかけたのお前さん」
「ウンザリだ。アンタが魔神でなかったら絶対に殺してる」
「そう言うな。子供が産まれたらお前さんが名前をつけてもいいんじゃぞ」
「うるさい黙れ。最後の願いだ。今すぐ俺の前から消えてくれ」
「なんと。最後の願いがそんなもんでいいのか」
「6000年だぞ6000年!!アンタの顔を見ているだけで吐き気がする」
「何とも嫌われたもんじゃ。まぁいい。女房も新婚旅行に行きたいと言っとるしな。それではサラバじゃ」
魔神とその女房は煙に包まれると空を突き抜け宇宙の果てまで飛んでいった。
「やれやれ。ようやくだ。ようやく自分の人生を楽しめる」
残念ながらそうはならなかった。
6000年の間に世界は大きく様相を変えていた。相次ぐ核戦争による環境汚染。
そんな環境に対応するための遺伝子改造手術。もはや西暦の時代のような人間は何処にもいない。
旧人類である男は象と鰐を混ぜたような青い肌の新人類を友人や恋人にする美的感覚を持てなかった。
「何ということだ。700年前にも青人はいたがアイツらは少数派だったはずなのに。
俺が密林や砂漠で発情期のクソったれ魔神の世話をしてる間に世界は決定的に変わってしまった」
悪いニュースはまだあった。
新世界の共通語は青人語だがこれは青人の遺伝子コードを利用したもので旧人類である男には使えない。
彼は異邦人として青人の作り出す文化を楽しむことすら出来ないのだ。
男は絶望の面持ちで目を閉じた。
それから100年。
男の下に一通の手紙が届いた。
「やぁ元気にしてるかね。ワシとした事がウッカリしていたよ。
まだこちらの最後の願いを伝えていなかったね。
お前さんはワシを嫌っとるようだがワシはお前さんが嫌いじゃなかったよ。
女房と出会えたのもお前さんが辛抱強く付き合ってくれたおかげだ。
10年前に子供も出来た。毎日楽しくやっとるよ。
そこで最後のお願いだ。久しぶりにアンタと会いたい。ワシの家まで来ておくれ」
そして現在。
男は瓦礫の山を漁り一人黙々とアンドロメダまで飛ぶロケットを作っている。
昼は魔神に対するあらん限りの悪態を並べ立てながら。
夜はにこやかな笑顔で魔神の家族と会話する練習をしながら。
何せ3つの願いは既に叶えてもらった後なのだ。
不老不死の自分を殺してもらうのに魔神の機嫌を損ねる訳にはいかないのだ。