お城
優太は長い夢を見ていた、何の夢かは覚えてはいなかったが。
目が覚めると気分がスッキリとしていた、が……自分が寝ている所が何処なのか皆目見当がつかなかった。
ローデンファルムとサルスの戦争を止めようとしてとんでもない能力を使ってミリアの村で意識が無くなったはずだった……
陛下……セルロアが運んでくれたのだろうか?
今は柔らかい布団にくるまれていた、周りはカーテンで閉ざされていて向こう側がよく見えない。
それ以前に女の子?になったけどまだ確認をしていなかった。記憶はないが自分が男だというのは認識していた、次元の間では間違いなく男だったし……
起き上がろうとしたが身体が全く動かなかった、言うことを効かなくて指先もピクリともしなかった。
どうすることも出来ずじっと待っていると話し声がしてドアが開く音がして誰かが入ってきてカーテンを開けた。
「ユウ様?目を覚まされましたか!?」
「ユウ様!!よかった…」
メイド喫茶の様な格好をした(こちらが本物なのだが)女性と昨日とは違う服を着ているミリアが起きて目を開けている優太に気がついた。
「ん……うん……おはようございます……あの……ここはどこなんですか……?」
辿々しく小声を出すとメイドさんか顔を近づけてきて聞いてくれていた。
「ここはローデンファルムのお城のユウ様にお与えされているお部屋です、あっ!申し遅れました。私ユウ様の専属の侍女に就任致しましたヴァネッサ・フォン・サラザックです。どうぞヴァネッサとお呼びください。あっ!ユウ様のお付きはもう一人おりますので後程紹介致しますね。」
ヴァネッサと名乗った女性は怪しげな敬語で早口で喋ってきた、歳はまだ若く20歳くらいだろうか?青い瞳に金色の髪をポニーテールにしていた。
会った時はゆっくり観察している暇が無かったがミリアは10歳くらいで茶色の髪に薄茶色の瞳、大人しい感じの女の子だ。
「あの…僕の専属ってどういう事?」
「あっ!ごめんなさい、まだ説明致しておりませんでしたよね?只今陛下をお呼び致しますので暫くお待ちくださいね。」
また早口で捲し立てられ御辞儀をしてヴァネッサは部屋を出ていった。結構そそっかしい様で何もない所で蹴躓いていた。
呆気に取られた優太とミリアはお互い見合って微笑んだ。
「ミリア、大丈夫だった?怪我はなかったの?」
「はい、私は大丈夫です。ユウ様こそ大変だったんですよ、七日間も目が覚められなかったんですから。」
「へ!?七日間!!」
ミリアの話によれば優太はあれから七日間意識を失っていたらしい、因みにこの世界では一週間という言葉がないが一年は優太の世界と同じ365日だった。
所謂パラレルワールドなのか地球かも分からなかった。魔法という概念がここでは当たり前の様に存在はしているが使える人はそんなに多くないようだった。
ミリアの両親や村の人達の供養は恙無く終わり今は縁もありセルロアに呼ばれメイドの手伝いをしてるそうだ。
色々とミリアに聞いているとノックがされてセルロアと初老に見える男の人、それとさっきのヴァネッサにもう一人メイドが着いてきた。
「ユウ……もう大丈夫なのか?あれから心配したぞ、俺……余は眠れなかったぞ。」
備え付けの椅子に座り戦争の時とは違い優しそうな顔で優太の顔を見る、近くまで来たので優太はドキッとする。さっきヴァネッサが来たときには何も思わなかったのだが鼓動が高まってくる……セルロアの大きな掌が優太の頬を擽るかの様に触れた。身動いでしまったが嫌ではなくされるがままになっていた。
他の四人は後ろの壁に下がっている、ミリアはもう一人のメイドさんに呼ばれ同じ様に並んでいる。
「あ……はい……まだ身体が動きませんけど頭の方はスッキリしてます、ご心配おかけしました。」
優太は何故俺から余に言い直したかが気になりセルロアにコソっと聞いた、戦争の時にも余だったり俺だったりしていて気になってたからだ。そこにいる宰相が煩くて俺と言えないらしい。もっと王らしくしろと言われるそうだ。セルロアも色々苦労か堪えなさそうだった……
「戦争は?戦争はどうなったんですか?」
自分が実際何をしてどうなったか分からない優太はセルロアをじっと見て伺ったが涼しい顔をして表情を読み取れなかった。
「戦争は……ユウのお陰で一旦は治まった、だが戦意を無くして引き上げただけでまた何れ攻めてくるだろう。それまで防衛戦になるだろうな……
ところで少し聞きたいのだが……お前は何者だ?何処から来た?戦地にいきなり顕れるとは只者ではあるまい?」
まあ普通疑問に思うことだろう、先程と打って変わって真面目な顔付きでこっちをみているセルロア。それに対し何処まで話していいか戸惑う優太。
「僕は……矢代優太……たぶん14才です、男……でした。記憶が無くなってるのでわかんないんですけど……」
「14才だと?男?どうしてもその様には見えないが……」
セルロアは自分の顎を押さえ目を細めながら優太を見ているが見えずに悩みだした。四人も陛下と同意見の様だ。
「あ、いえ……今は女なんですけど……年齢も事情があって少し上に見えるかも知れないです、まだ自分の顔見たこと無いから……」
「ますますわからんな、順を追って説明できるか?」
優太は脳内でノジルと相談して何処まで話していいのかを決めながらセルロアに話した。
異世界から来てその時に記憶が名前以外は忘れてしまい女になった事、不思議な力は神から与えられたモノだと説明した。
ここでの目的を捜し他の世界にも行かなくちゃいけないことや自殺の事は伏せておいた。
『ノジル!こんな説明で大丈夫なの?大体神様から与えられてないよ?』
『大丈夫じゃ、なんとかなるのが【おやくそく】ってヤツじゃ。それに間接的には与えられているから嘘は言っておらんぞ。』
「【おやくそく】?ホントにいいのかなあ……』
「成る程…異世界からなあ…それで納得した。」
「え!?そんな説明でいいの!?」
セルロアや宰相はどうやら理解出来たらしい、メイド連合はあまりよくわかってないようだった。
「この国にはいないとは思うが他の国には異世界からの来訪者が結構な数多くいるみたいだな、特殊能力を持っていて魔法が使える者とか竜を操れる者などもいるらしい。まあ流石にみ使い(神の使いの者)はいないみたいだがな、はははっ」
「そうなんだ……」
悩んで損したと思った優太、他の国には同じ様に異世界から転生した人間がいるのが不思議だった。その人達も死んでしまったのかそれとも生きたまま来たのか……一度会って話してみたくなった優太だが転生者と解るかどうか……
「とにかく、ユウは戦争を止めてくれた聖女として今や兵士たちの心の支えとなっている。出来れば末長くこの国に留まって欲しい……
いや、これは俺の願いでもあるがな……」
「へっ!?あ、うあっ……そんな……でも……まだよく分からないので……」
その言葉に動揺して狼狽える優太、動悸が止まらずに抑えるのに必死になっていた。
「取り敢えずは身体を治す事だな、専属の侍女を2人とこっちは知ってるな、街で助けたミリアだ。
この3人をお前に着けておくから身の回りの世話をしてもらえ。それと此方が宰相の……」
セルロアが目配せをすると宰相が一つ前に出て丁寧な御辞儀をする、この男だけここに連れてくるのは余程セルロアが信頼しているからだろうか、優しそうなお爺さんだ。
「ローデンファルムの宰相を務めさせておりますトマス・グリウス・デフォルトで御座います、お見知り置きを……姫様」
「姫?僕は姫様じゃないよ?」
ジロッと宰相を睨むセルロア、素知らぬ顔でそのまま話を続ける。
「それではあまり女性のお部屋にいるのは宜しくないでしょうから我々は退散致しましょう。」
宰相の言葉に名残惜しそうにするが椅子から立ち上がるセルロア。宰相のトマスはヴァネッサに何か話していた。
「じゃあまた来るから……早く動けるといいな?」
セルロアは優太の頭を撫でて宰相を従え出ていった、撫でられた頭を押さえながら顔中真っ赤になっていた優太だった。
「良かったですわね、ユウ様。陛下に頭を撫でられて。」
「えっ!?あ、うん……まあ……子供扱いされてるのかな?」
「そんなことないですわよ、寧ろ……」
ヴァネッサにからかわれていると隣の侍女から横槍が入り突っ込みが中断した。
「ヴァネッサが失礼致しました、私は専属侍女のマリオン・テヴァ・エピサネートと申します、よろしくお願い致します。」
凄く綺麗に御辞儀をするマリオン、歳は20代後半位に見えて少し暗い金髪に深い藍色の瞳、ヴァネッサと同じメイド服を着ていた。真面目そうで銀色の縁の眼鏡がよく似合っていた。厳しそうだが……
「あ、よろしくです。ユウでいいですよ?そんなに堅苦しくなくても。」
「いえ!ユウ様は戦争をお止めされた御方、云わばこの国の恩人ですわ!呼び捨てなど烏滸がましいです!」
「でも僕はホントにそんな事言われるような人間じゃないんだよ……」
前世で自殺をした人間……優太は未だにそれに負い目を感じていた、理由は思い出せなかったがその事が何時も頭に引っ掛かっていた。それをノジルに聞いてみても答えてはくれないだろう、自分で真実を、そしてここでの目的を見つけるしかなかった。
讃えたつもりが優太が落ち込んでしまったのを見て慌てるマリオン、だが流石にベテランのメイドらしく噫気にも出さなかった。
「そうですわ!先程まだご自分のお姿を見ていらっしゃられないと言われてましたので鏡をお持ちしますわ!そうしましょう!そうしましょう!」
「え?ああ……そうね、ではヴァネッサ、お願いしますね。ミリアも一緒に持ってきて頂戴。」
ヴァネッサの機転にホッとするマリオン、まだ起き上がれない優太を両脇からヴァネッサとマリオンで支えて鏡をミリアが目の前まで持ってきてくれた。
「え……?これが……僕?」
鏡に映った自分は次元の間で見たノジルと同じ男か女か判らない中性的な顔立ち。肩までかかっていて白髪、だけどツヤツヤしている。そして真紅の宝石の様な真っ赤な瞳……それを見た優太は唖然としてしまった……
自信の記憶は皆無だが日本の常識や知識は頭の中にあって黒髪と黒い瞳でないことに驚いていた。
「お綺麗ですわね……」
「本当に美しいですわ…」
「ユウ様素敵です…」
口々に褒め倒す3人、しかし優太は素直に喜べなかった。何か大事なものを無くしたような気がした……
「ごめん……悪いんだけど…一人にしてくれる……?」
ついそんな言葉を発してしまった、急に機嫌が悪くなった優太を見てマリオンは空気を読みまたベッドに寝かせて3人は部屋を後にした。
『ノジル……僕はここで何をしたらいいの?目標はなんなの……?』
『それを探すのがお主がすべきことじゃよ、まあ期限はないからの。ゆっくり探せばいい……』
暗くなった部屋で布団に入りながら知らない天井を見上げる……
誰も優太に何も教えてはくれなかった……