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非日常的日常  作者: reco
3/7

面接

 エレベータに閉じ込められてから、大分時間が経っているような気がする。

 きっと、この異常な事態がそう思わせているだけで、実際はそんなに経っていないのかもしれない。けれど、時計も携帯電話も持ち合わせていないあたしには、それを確認するすべがなかった。

 男とふたり、狭い空間で向かい合う。

 まるであの時のような緊張感が、ある状況を思い出させる。

 そう、面接だ。

 この状況が、面接練習の空気にとても酷似していて、あたしはメモ帳を取り出した。

 面接では、聞かれることのパターンが大まかに決まっているらしい。

 その1、客観的事実の説明。

 これは、一番始めに出されると言っても過言ではないもので、根本の評価が大きく左右される、要ともいわれる質問だ。

 男が身じろぎして、ひとつ息をつき、項を垂れて呟いた。

「……なんでこんなことになってんだよ。マジありえねぇ」

 きた。これは、第一の関門。

 あたしは、メモ帳に書いてある面接の基本、“相手の目を見て、大きな声ではっきりと!”の注意書きに頷いた。

「状況を見る限り、停電によるエレベータの一時停止ではないようです。これは、エレベータの故障です。ここは一般的な子育てファミリー世帯向けのマンションなので、深夜に活動している人は多くないです。よって、現在エレベータが停止していることに気付かれる可能性は極めて低いものと思われます」

 よし! 緊張で一息になってしまったが、噛まずに言えた。

 あたしは今言った言葉を忘れないように、メモ帳に書きこんだ。その様子を、男が眉を潜めて見ているのも気付きはしたが、今はそれどころではない。まだ面接は始まったばかりなのだから。

 その2、志望動機の説明。

 どうしてそこを志望したのか? ここが説明できなければ、次へは続かない。

「はあ? なんだよ、突然、気持ち悪い……そういや、なんでお前みてぇなガキがこんな時間に外にいるんだよ。どんな生活してるんだ最近のガキは……」

 その3、自己評価。その4、中学生活について。

 志望動機だけだと思ったら、畳みかけるような第三、第四の質問に、メモをめくる暇がない。

 入試は、今までの成果を見せる場所。こんなアクシデントもあるだろう、たぶん。

「私は、一般的な中学生です。好きなことに熱中すると周りが見えなくなりがちですが、こうと決めたことは必ずやり遂げる意思と根気強さがあります。今この状況にあるのは、明後日の模試のための勉強に必要な道具を買うために外に出ました」

 少々強引になってしまった気がする。あたしは、反省点として、“二重三重の質問にも慌てず正確に!”とメモ帳につけたした。

 その5、目標。

 これがなければ、志望する意味がない。締めくくりの最後に相応しい難関中の難関の質問である。

 あたしは、周りの空気が冷えているにも関わらず、メモ帳を握る手に汗も握っていた。

「中学生? 模試?」

「今、この状況から打破することが目標です。そのために、私は非常用のボタンを押すことを強く志望します!」

 あたしは呆けたような男の呟きに間髪いれず答え、その指先を非常用のボタンに示した。

 男は、気味の悪いものでも見たような顔をした後、舌を打って、非常用のボタンを拳で叩きつけるようにして押した。

 終わった。面接が終わった。

 緊張と心臓が飛び出るような息が、あたしの口から洩れた。あたしはメモ帳の、“自分の考えを簡潔に伝える!”の欄に丸をつけて、面接対策のページを閉じた。

 非常用のボタンを男が押し続けて数十秒。

 反応が、ない。

 今日のあたしは、とことん神様に見放されているらしい。

 これが、入試当日でなくて良かった……と、思いながらも、これからも続く気の遠くなるようなこの状況に、涙が出そうになった。

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