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非日常的日常  作者: reco
2/7

試験会場入場

「停電……か? クソッ!」

 男が扉を蹴った。

 あたしはその光景を、壁に背をつけながら茫然と見ているだけだ。

 気を取り戻して、はやる心臓を落ち着かせるように少しだけ息を止めて、長く吐き、周りを見渡す。

 男が言ったように、停電かと思ったが、電気は落ちてない。

 エレベータの故障。不運に不運は重なるのかと、他人事みたいに感じたが、自分に起こった現実だった。

 緊急用のボタンを押そうと手を伸ばす。しかし、その手は男に捕まれた。ヒヤリとした男の手は、あたしの体温を奪うみたいで、嫌だった。

「なにをしてやがる」

 あたしは無言で男を睨み付ける。あんた一生ここにいるつもり? そう言ってやりたかったが、煽るのが得策でないことくらい理解している。

「勝手な真似すんじゃねえよ」

 上からものを言われることに慣れていないあたしは、男の言動に逐一苛々が募っていった。

 男の手を振り払うと、あたしは隅に移動し、座り込む。

「可愛くねえガキだな」

 可愛いなんて思ってもらわなくて、結構だ。

 あたしは震える指を誤魔化すようにコートの裾を握り締めて、蹲るみたいにして足を抱えた。

恐怖で震えている? 当たり前だ。

 あたしは痛いのも怖いのも、苦しいのだって好きじゃあない。

 知らない大人の男の人。しかも不審者。エレベータの故障。怖くない筈がない。

 誰か助けて、と思い浮かんだその誰かの顔が、土方歳三やダーウィンの教科書写真だった。挙げ句、縦穴式住居や黒船が浮かんだりと、人ですらなくなってきた辺り、あたしの青春は終わっている。けれど、不本意ながら落ち着きもし、そんな自分に自己嫌悪を覚えた。

 男は寒そうに身震いをして、パーカーのポケットに手を突っ込み、あたしと同じように床に尻をついた。

 そりゃあ寒いだろう。今は冬だ。それなのに男はパーカーとジーンズのみ。反対に、あたしはコートで中はセーターを着用している。意外と自分はちゃっかりしていて、それが少し可笑しかった。

 あたしがクスリと笑みを浮かべると、男は怪訝そうにあたしの顔を見た。

「普通この状況で笑えるか? どんな度胸してんだよ。気持ち悪い奴だな」

 不審者に異常者扱いされたくない。

 確かに、思い浮べた面々や物等、思春期の女子にあるまじきもので、少し、ちょっとだけ、異常かも……しれない……けれど、こんなものは不審者に比べたら全くマシだ。

 口をへの字に曲げて、つきそうになった溜め息を押し殺す。

 何故このようなことになったのか理由と事例を交えて、二百字以内で説明せよ。なんて、自分に問い掛けてみたけれど全く答えが浮かばない。

 明後日は模試なのに、頭が働いてない。その事に恐怖を感じ、常備している単語帳を捲ってみた。

 うん、頭に入れた分は覚えている。安心した。

 単語帳を戻し、息をつくと、男があたしの方を見ていることに気が付いた。

 視線が合うと、男は不自然に顔を逸らす。その仕草が気になって、あたしは眉を潜める。

 あたしが忘れているだけで、男とあたしはどこかで接触があったのかもしれない。

 もう一度男を見る。年のそう離れていない大人の男の人の知り合いなんていたかな。いや、いない筈だ。

 今度は、目を細めて男を観察する。

 最近、少し視力が落ちてしまったのか、視界が見えにくく、「目つき悪くなってるよ」と、弟や周りに言われるくらいには生活に支障をきたしている。

 それにしても……誰なのだろう、全く見覚えがない。けれど、顔を反らすということは、あたしに顔を見られたくないと思っていて、知り合い、若しくは一度でも接触した可能性があるからだよね。

 ううん……もう一つの可能性として、ナイフを突き付けたくらいだ、顔を覚えられたくないと思っていての行動かもしれない。うん、多分それだ。

 でも、なんだろう。

 こう、なんだか喉元に引っ掛かっているものがあるみたいで、凄くもどかしい。

 あたしはこの男を知らない。知らないけれど、引っ掛かる。それは、まるで、答えのない問題に挑んでいるみたいだった。

 こういう時は手放した方が良い。一度置けば、後でまた違った見方が出来るはず。

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