土左衛門大学生
大学生1年生の山本は土左衛門という渾名で呼ばれていた。いつも顔色が青紫色でぬめぬめしているからである。本人もそれは重々承知していたし,なぜ自分の顔色が常に悪いのかも分かっていた。ぬめぬめは体質である。
山本は辟易していたのだ。大学校内はどこを見渡してもカップルばかり。誰かが話していると思えば内容は艶聞ばかり。顔も青紫になるだろう。ほとほとうんざりしていた。うんざりはしていたが,そういう話が行われている時は大抵,耳に神経をフォーカスさせて謹聴した。
回顧してみれば,高校入学当初から,恋愛に拘泥していた。先生にも相談したが,ただ一言,「鷹揚な人間になりましょう」とだけ言われた。そこで鷹揚な精神を持って女子が自らの胸に飛び込んでくるのを待ち続けたが,結局何も起こらず高校生活を棒に振ったのだった。
「なぜ,俺には恋人ができないのだ!不条理だ!」
山本は夜中の大阪・道頓堀で絶叫した。近くの通りすがりの人はたいそう剣呑がって走り去った。
その後,山本は行方不明となった。
数少ない友人の同じくモテナイ男が山本の最後の姿を目撃したという。大阪の新世界を幸福の神ビリケン像を背負って走り去っていったと男は云った。もちろん誰も取り合わなかった。