婚約破棄、承知いたしました。つきましては退職金をご請求いたします 〜追放された社畜令嬢は辺境で気弱すぎる最強騎士に守られるので、滅びゆく祖国はどうぞご自由に〜
王城の大広間に、シャンデリアの光が降り注いでいた。
磨き上げられた大理石。楽団の弦楽。並び立つ数百の貴族たち。
その中心で、王太子エドワードの声が、氷のように冷たく響き渡る。
「レティシア・ヴァレンシュタイン! 貴様のような傲慢で陰湿な女は、次期王妃にふさわしくない。よって、この瞬間をもって貴様との婚約を破棄する!」
ざわり、と会場が揺れた。
彼の腕の中には、涙を浮かべて身を寄せる男爵令嬢マリアの姿がある。
……ちなみに彼女が着ているあの最高級シルクドレス。私が王家の財政をやりくりして、削りに削って捻出した予算から支出されたものだ。
私は、その光景をひどく冷めた目で見つめていた。
「……エドワード殿下。私が陰湿な真似をしたという、確たる証拠はございますでしょうか」
「証拠ならある! 貴様が裏で手を回し、この可憐なマリアからドレスを奪い、あまつさえ王家の予算を横領したことなど、既に調べがついているのだ!」
(――王家の、予算を、横領?)
その瞬間。
私の中で、何かがプツン、と音を立てて切れた。
横領どころの話ではない。
破綻寸前だった王家の財政を、連日徹夜で書類の山と格闘して立て直したのは私だ。
エドワード殿下が遊興費で溶かしたツケを埋めるため、領地の税収を血を吐く思いでやりくりし、泥にまみれて商業ギルドを回り、頭を下げ続けたのも私だ。
『レティシア。お前は本当に優秀だな。僕にはお前が必要だ』
そんな都合のいい言葉を信じて。
私は五年間、この人のために、この国のために、身を粉にして働いてきた。
睡眠時間を削り、美容にかける時間を削り、友人と会う時間を削り、ただひたすらに。
「貴様のような悪女は、王都から永久追放とする! 三大国の国境線にある辺境の緩衝地帯、『ポポロ村』へ失せろ! そこで一生、家畜のように泥にまみれて惨めに暮らすがいい!」
――追放。
その言葉が耳に届いた、瞬間だった。
◆
私の脳裏に、強烈なノイズと共に『ある記憶』が流れ込んできた。
――ピーポー、ピーポー……。
深夜のオフィス。パソコンの画面だけが青白く光る中、私はキーボードに突っ伏していた。
『鈴木さん、この資料、明日の朝イチまでに頼むね!』
『鈴木さん、休日出勤できるよね? 代休? そんなのあるわけないだろ』
残業代ゼロ。月二〇〇時間を超える時間外労働。
冷え切ったコンビニ弁当を喉に詰め込み、エナジードリンクで無理やり目を覚ます日々。
そして私は――胸を押さえ、誰にも看取られずに、あのデスクで息を引き取ったのだ。
(……ああ、そうか)
息を呑む。
思い出した。私は前世、日本のブラック企業で働き詰めになり、過労死した社畜OLだった。
そして、公爵令嬢として転生したこの人生でも。
結局は『エドワード殿下』という名のブラック上司に無給で酷使され、責任を全部押しつけられた挙句、都合よくポイ捨て(不当解雇)されたのだ。
(馬鹿みたい。結局ここも、前世と何ひとつ変わらない、最悪のブラック企業じゃない……!)
理不尽への、強烈な怒り。
そして底の抜けたような絶望。
その二つが混ざり合った瞬間、私の頭の中に、透き通るような無機質な声が響いた。
『――条件を満たしました。前世の記憶と、理不尽に対する強い反逆の願望に呼応し、ユニークスキル【無限の福利厚生】が覚醒しました』
(……え?)
頭の中に、見慣れない――けれど、あまりにも見慣れた情報が流れ込んでくる。
・【社員食堂】:対象者の状態異常を完全回復し、全ステータスに強力なバフを付与する絶品料理を提供する。
・【有給休暇】:対象者を超回復の温泉空間(亜空間)へ転移させ、あらゆる疲労を強制リセットする。
・【経費精算】:必要な物資・ポーション、さらには前世の知識に基づく品物を、無尽蔵の資金でどこからでも即座に取り寄せ可能。
(何これ……前世の私が、喉から手が出るほど欲しかった――労働者の正当な権利そのものじゃない……!)
ふ、と。
自然に、私の口から笑みがこぼれた。
そうだ。もう、こんなブラック国家のために働く必要はない。
私はこれから、私自身の幸せのために、この最強の権利を行使すればいいのだ。
理不尽に耐えるだけの人生は、たった今、終わった。
◆
私は背筋をピンと伸ばし、かつてないほど晴れやかな、心からの笑顔でカーテシーを捧げた。
「……承知いたしました、エドワード殿下」
「なっ……なんだその態度は! 追放だぞ! 泣き喚いて許しを乞うのが普通だろう!」
「なぜ泣く必要がありましょう? 長年、無給で徹夜続きの劣悪な労働環境を強要されてまいりましたが、これでようやく『退職』できるのですから」
「た、退職……?」
「はい。つきましては殿下」
私は顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
「規定に従い、退職金をご請求いたします」
シン、と大広間が静まり返った。
「……は?」
「私はこの五年間、王太子妃教育の傍ら、王家財務の実務を無報酬で担当してまいりました。財務省の記録をご確認ください。承認印はすべて私のものです」
ざわめきが波紋のように広がっていく。
貴族たちの視線が、私からエドワード殿下へ、そして財務大臣へと移っていく。
「本来であれば財務長官相当の職務。五年分の未払い賃金、深夜手当、休日出勤手当。合算いたしますと――金貨にして、およそ四万二千枚ほどかと」
「よ、四万二千……!?」
エドワード殿下の顔から血の気が引いた。
その額がどれほどのものか、この人でも理解できたらしい。
「無論、私が『横領した』という証拠があるのでしたら相殺いたしましょう。どうぞ、お出しくださいませ。帳簿はすべて、殿下がご覧になれる場所に保管してございます」
「そ、それは……」
殿下の視線が泳ぐ。
当然だ。証拠なんてあるわけがない。あるのは、殿下自身の散財の記録だけなのだから。
「――ちょっとよろしくて?」
凛とした声が、人垣を割った。
扇子を鳴らしながら歩み出てきたのは、燃えるような赤髪の令嬢。
私のただ一人の親友、クロエ・アシュフォード。侯爵令嬢にして、商才と法知識だけで王都の商業ギルドを黙らせる女傑だ。
「クロエ……!」
「王国法典第四編・貴族間労務規定、第十二条。『職務の実質を伴う無償奉仕は、これを労働とみなす』。ついでに第十七条、『不当な名誉毀損による契約破棄は、破棄した側が全損害を賠償する』」
パチン、と扇子が閉じられる。
「殿下。今の一連のご発言、この大広間の全員が証人ですわ。証拠のない横領の告発は、公爵令嬢に対する重大な名誉毀損です。慰謝料も上乗せでよろしくて?」
「な……っ、貴様、僕を誰だと思って……!」
「今から破産なさる方だと思っておりますわ」
容赦がない。
私は思わず吹き出しそうになった。
「レティシア。あんた、この国から出るんでしょう」
クロエが私を振り返り、悪戯っぽくウインクをした。
「私も行くわ」
「――え?」
「あんたがいなきゃ大きな商売なんて回せないのよ。それに、こんなブラック国家、こっちから願い下げだわ」
「本当に……? 地位も、これまで築いた財産も捨てて?」
「捨てるんじゃないの。引き揚げるのよ」
クロエは肩をすくめて、輝くようににっこりと笑った。
「優秀な人材が一斉に辞めた会社がどうなるか、あんたが一番よく知ってるでしょ?」
――ああ。
その言葉を聞いた瞬間、私の胸に温かいものが広がった。
この五年、私が失わずに済んだ唯一のもの。それが目の前にいる。
「クロエ……ありがとう」
「お礼はいいから、さっさと行きましょ。……その代わり、あんたの新しい領地で私を雇いなさいよ。給料は、そうね」
クロエは指を一本立てた。
「残業ゼロ、完全週休二日、賞与年二回。それが最低条件だわ」
「――採用よ」
私たちは、絢爛豪華な、けれど息の詰まる大広間に背を向けた。
背後で、財務大臣が「殿下、少々お話が……」と青ざめた顔で駆け寄る声が聞こえた。
もう、私には関係のないことだった。
◆
王都を出発して数日。
辺境へ向かう馬車の中は、追放された令嬢が乗っているとは思えないほど快適だった。
【経費精算】で取り寄せた低反発のクッション。氷入りの果実水。日除けの絹。
「……あんた、追放って言葉の意味知ってる?」
「知ってるわ。福利厚生の充実した転職のことでしょう」
「言うようになったわね」
クロエが呆れ笑いを浮かべた、そのときだった。
「あの、あのぉ……お、お嬢様がた……」
御者台から、消え入りそうな声が届く。
声の主は、道中の宿場町で雇った護衛の青年だった。
名を、ユリウス。歳は二十歳ほど。
銀に近い淡い髪と、青い瞳。顔立ちは驚くほど整っているのに、常に猫背で、常におどおどしていて、常に何かに謝っている。
「そ、その、この先の森なんですけど……や、野盗が出るって、さっき町の人が……」
「あら。それで?」
「ぼ、僕、あの、たぶん役に立たないと思うので……い、今のうちに解雇していただいたほうが、その、お嬢様がたのためかと……」
「…………」
護衛が自主的に解雇を申し出てきた。
人生で初めての経験だ。
「ユリウス。あなた、剣は使えるのよね?」
「つ、使えます……いちおう……でも、け、剣なんて振りたくないよぉ……。怖いし、痛いし、相手も痛いし……」
両手で剣を抱きしめて、子犬のように震えている。
……正直、雇うときも相当に迷った。
けれど彼は、宿場町で唯一、私たちの護衛依頼を引き受けてくれた人間だった。他の傭兵は皆、「王家に睨まれた令嬢の護衛など御免だ」と断ってきたのだ。
「怖いのに、どうして引き受けてくれたの?」
「え?」
「他の誰も引き受けてくれなかったのに。あなただけが、手を挙げてくれたじゃない」
ユリウスはきょとん、とした顔をした。
そして、少しだけ困ったように眉を下げて、笑った。
「だ、だって……女性が二人きりで辺境まで行くって聞いて。……危ないなって、思ったから」
――それだけ。
見返りも、打算も、恩着せがましさもなく。
ただ「危ないと思ったから」という、それだけの理由で。
私は思わず、言葉に詰まった。
前世でも、今世でも。そんなふうに理由もなく差し出される優しさに、私は触れたことがなかった。
◆
そして、野盗は本当に出た。
森を抜ける途中、街道を塞ぐように立ち塞がった十数人の男たち。錆びた剣、下卑た笑い。
「ひぃっ! で、出た……!」
「ユリウス、下がってなさい。私が【経費精算】で――」
言いかけた私の前に、震えながらも、ユリウスがふらりと歩み出た。
「あ、あの……すみません、どいてもらえませんか……。ぼ、僕たち、急いでるので……」
「ああ? なんだこのモヤシ」
野盗の頭領らしき大男が、ユリウスの襟首を掴み上げようと手を伸ばす。
――その手が、届く直前。
「あっ、その、危ないですよ」
ユリウスの手が、ふわりと動いた。
ミシ、と。
嫌な音がした。
「あ、が……っ、ぎ、ぎゃあああああ!?」
大男が膝から崩れ落ちる。ユリウスに手首を掴まれた、ただそれだけで。
「あ、あああっ、ごめんなさい! ご、ごめんなさい強く握っちゃった! だ、大丈夫ですか!?」
「て、てめえ何しやが――」
「ぼ、暴力はだめですよ。ほんとに。痛いですし」
ミシミシミシ。
「ぎゃああああああ!!」
……なんだろう。
言っていることは完全に正しいのに、映像として完全に間違っている。
結果、十数人の野盗は五分と経たずに全員が地面に転がり、涙目のユリウスに「お、お仕事、他にもありますから……真面目に生きましょうよぉ……」と説教され、泣きながら逃げていった。
「……ねえレティシア」
「なあにクロエ」
「あの護衛、いくらで雇ったの」
「日当、銀貨三枚」
「即刻、昇給させなさい」
まったくもって同意だった。
◆
辺境の村、ポポロ。
三大国の国境が交わる緩衝地帯にある、地図の端っこの集落。
王都の人間が「家畜のように暮らす場所」と嘲る、その村は――。
「わ、村長が村の金を持って逃げただと!?」
「畑が……畑が枯れちまってよぉ……」
「うちの婆さん、もう三日も熱が下がらねえんだ……」
控えめに言って、崩壊寸前だった。
痩せた土地。壊れた水路。減っていく人口。
誰もが疲れ切った顔をしていた。
――ああ。
この顔、知ってる。
前世のオフィスで、鏡に映っていた私と、同じ顔だ。
「クロエ」
「ええ」
「帳簿を見せてもらうわ。それと、村の全世帯の名簿と、水路の図面。あと、」
私は深く息を吸い込んだ。
「――炊き出しの準備をして」
その日、ポポロ村の広場に、見たこともない料理の湯気が立ち昇った。
【社員食堂】。
湯気を上げる白いパン。とろけるほど煮込まれた肉。琥珀色のスープ。
「な、なんだこりゃ……」
「熱があるのに、体が軽く……?」
「腰が……三十年痛かった腰が……!」
状態異常の完全回復と、全ステータスへのバフ。
それが【社員食堂】の効果だ。
けれど、私が本当に見たかったのは、そこじゃない。
「……美味ぇ」
誰かが、ぽつりと言った。
「美味ぇよ……。あったけぇ飯なんて、何年ぶりだ……」
泣きながらパンを頬張る老人がいた。
スープをおかわりする子どもがいた。
その姿を見て、こらえきれずに顔を覆う母親がいた。
――そうだ。
人は、あったかいご飯を食べて、ちゃんと眠れば、それだけで少し立ち直れる。
前世の私が、誰かにそうしてほしかったことを。
今の私が、この村に。
「レティシア様……」
いつのまにか隣に立っていたユリウスが、ぽろぽろと泣いていた。
「な、なんで泣いてるのよ」
「だ、だって……みんな、笑ってるから……」
……この人は。
自分は日当銀貨三枚で野盗を素手で制圧しておいて。
他人が笑っているだけで、こんなに泣くのか。
私は慌てて顔を背けた。
顔が熱いのを、見られたくなかった。
◆
村が息を吹き返して、ひと月ほど経った頃。
王都からの使者は、驚くほど早くやってきた。
「レティシア・ヴァレンシュタイン公爵令嬢! 国王陛下より勅命である! 直ちに王都へ帰還し、財務の任に復帰せよ!」
「……お断りいたします」
「な、なんだと!? 貴様、国が大変なのだぞ! 国庫が回らんのだ! 商業ギルドが取引を停止し、税収が――」
「ええ。存じております」
私は微笑んだ。
「私とクロエが抜けた組織が三ヶ月持たないことは、辞める前から分かっておりましたので」
使者の顔が、赤くなったり青くなったりした。
「そもそも」
傍らでクロエが扇子を開く。
「貴殿らは彼女を『悪女』として追放なさった。その悪女に頭を下げて戻れと? ……ああ、それと。四万二千枚の件、まだお支払いいただいておりませんわね?」
「ぐ……っ、貴様ら、それでも王国貴族か!」
「いいえ」
私は、はっきりと答えた。
「私はもう、王国貴族ではありません。ポポロ村の――経営者です」
◆
だが、話はそれで終わらなかった。
使者が去った三日後の夜。
村の外れから、地響きが近づいてきた。
「魔導戦車だ! 旗は……ロンバルディ辺境伯!」
クロエが舌打ちする。
「殿下の腰巾着ね。国が傾いたから、緩衝地帯の利権を押さえて自分だけ助かろうって腹だわ」
鋼鉄の車体が三両。武装した兵が数百。
対するこちらは、農具を握った村人と、老人と、子ども。
「聞け、卑しき村の者どもよ! この地は本日より、我がロンバルディ家の私有地とする! 抵抗する者は皆殺しだ!」
悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。
その混乱の中で――私は見た。
転んで、逃げ遅れた小さな女の子を。
そして、その子に向かって兵士が剣を振り上げるのを。
考えるより先に、体が動いていた。
私はその子に覆いかぶさり、背中を丸めた。
(――ああ、私、また)
結局、最期は同じか。
誰にも守られないまま、理不尽に潰されて終わるのか。
目を閉じた。
――けれど、痛みは、来なかった。
◆
パキ、と。
澄んだ音がした。
顔を上げる。
振り下ろされたはずの剣は、私の頭上、あと数センチのところで――氷の中に閉じ込められていた。
いや、剣だけじゃない。
兵士の腕も、鎧も、呼気までもが、白く凍りついていた。
そして、その手前に。
彼が、立っていた。
「――ユリウス……?」
いつも猫背だった背筋は、真っ直ぐに伸びていた。
いつも泳いでいた瞳は、微動だにせず前を見据えていた。
その目に、温度がなかった。
周囲の草に霜が降りていく。息が白く凍る。夜気そのものが、彼を中心に沈黙していく。
「……お怪我は」
「え……」
「お怪我は、ありませんか。レティシア様」
――静かな声だった。
怒鳴りもしない。荒らげもしない。
ただ、どこまでも丁寧で、穏やかで。
だからこそ、恐ろしいほどに冷たかった。
「な、なんだ貴様……! やれ! 撃て! 撃てぇ!」
魔導戦車の砲塔が火を噴く。
だが、放たれた砲弾は空中で凍りつき、力なく地面に落ちて砕けた。
ユリウスは、ゆっくりと剣を抜いた。
その刃が、パキパキと音を立てて、白く染まっていく。
「――僕は、争いが嫌いです」
一歩。
「痛いのは怖いし、誰かが痛いのはもっと嫌です」
二歩。
「でも」
三歩目で、彼の姿が消えた。
次の瞬間、私は理解を諦めた。
夜が、白く裂けた。
斬撃とも呼べない何かが数百の兵の間を通り抜け、鋼鉄の戦車が三両とも、断面を鏡のように光らせて崩れ落ちる。
剣を握っていた手が、鎧が、旗が、すべて霜に覆われて動きを止める。
悲鳴すら凍りついた。
たった、二秒。
月明かりの下。
白い息を吐きながら剣を下ろした彼は、腰を抜かした辺境伯を静かに見下ろして、こう言った。
「……懸命に生きている人たちから、これ以上奪うな」
◆
「――ひぃっ!?」
三秒後。
「や、やりすぎちゃったかも!? ど、どうしよう、戦車が三つとも真っ二つに……! あ、あの、これ弁償とか……! ぼ、僕の貯金じゃ絶対無理だよぉ……!」
両手で頭を抱えて、ユリウスがその場にしゃがみ込んだ。
……戻った。
完全に、いつもの彼に戻っている。
「レ、レティシア様! ごめんなさい! 僕、暴力はだめだって言っておきながら自分がいちばん……!」
「……ユリウス」
「は、はいっ! あの、減給でも解雇でも……!」
「あなた」
私は、彼の前にしゃがみ込んだ。
まだ心臓がうるさい。
でもそれは、恐怖のせいじゃなかった。
「私を、守ってくれたのね」
「……え?」
ユリウスは、心底不思議そうな顔をした。
「え、だって。子どもが、危なかったから」
そう。
この人は、そういう人だ。
自分のことは何ひとつ考えない。
自分が最強だという自覚もない。恩を売る気もない。称賛を欲しがりもしない。
ただ、目の前で誰かが理不尽に踏みつけられそうになると――
怖いくせに、震えたまま、前に出る。
(……ずるい)
前世で、私は誰にも守ってもらえなかった。
声を上げても、誰も間に入ってはくれなかった。
なのに、この人は。
ただの正義感で。見返りなんて何ひとつ求めずに。
あんな顔で、私の前に立った。
(そんなの――絶対に、好きになっちゃうじゃない!)
「レ、レティシア様? どうしてお顔が真っ赤に……!? も、もしかして凍傷!? 僕のせいだ、ごめんなさい! 温めますか!?」
「――近寄らないで! いいから今は近寄らないでちょうだい!」
「ええええっ!?」
「……ほんっと、無自覚って罪だわ」
クロエが遠くで盛大にため息をついていた。
◆
翌朝。
破壊された柵を村人たちが直し、子どもたちが笑い声を上げる中。
私は広場の中央に立ち、集まった村人たちを見渡した。
やせ細っていた頬に、少しだけ肉がついた人たち。
諦めきっていた目に、少しだけ光が戻った人たち。
私は、宣言した。
「みなさん。今日から、この村の運営方針を発表します」
全員が息を呑む。
「残業は禁止。週に二日は必ず休む。病気のときは休んで、ちゃんと治す。困っている人がいたら、遠慮なく声を上げる。――そして働いたぶんは、必ず報われる」
ざわり、と。
困惑と、期待の混じったざわめきが広がる。
「そんな……そんなの、許されるのかい?」
「許されます」
私は、はっきりと言った。
前世の私が、誰かに言ってほしかった言葉を。
「あなた方には、その権利がある。当たり前に」
――ここは、世界一の『ホワイト領地』になる。
私を捨てた国が沈もうと、知ったことではない。
私はここで、私の大切な人たちと一緒に、笑って生きていく。
隣で、ユリウスがぽろぽろ泣いていた。
「……なんで泣いてるのよ」
「だ、だって……みんな、笑ってるから……」
私は、そっと彼の手を握った。
彼はひぃっと悲鳴を上げて真っ赤になって、それから、おずおずと握り返してきた。
――理不尽から解放された社畜OLの、第二の人生。
それは、今、ここから始まったのだ。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
この短編は、連載中の長編
『追放社畜OLの【無限の福利厚生】辺境村改革!〜気弱な最強氷魔法剣士様の理不尽を許さぬ無双姿に私だけがときめいている〜』
の世界を、一話読み切りにまとめたものです。
「このあと二人はどうなるの?」
「ユリウスの無自覚っぷりをもっと見たい」
「エドワード殿下のざまぁはこれで終わり?(終わりません)」
――そう思っていただけましたら、ぜひ本編へどうぞ!
▼本編はこちらから(毎日更新中)
https://ncode.syosetu.com/n8017mo/
本編では、この後の物語がたっぷり続きます。
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気弱なのに最強で、優しいのに無自覚な彼と。
理不尽を許さない有能社畜OLの、痛快&焦れ焦れラブファンタジーです。
この短編が「面白かった」と思っていただけましたら、
ページ下部の【★で称える(ポイント評価)】から、星3つ(★★★)で応援していただけますと、とても励みになります!
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それでは、ポポロ村でお会いしましょう!




