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壁の黒い微笑みがまた一つ増えた

作者: 明日咲霞苆
掲載日:2026/03/04

 大学3年の私は自室のパソコンの前で頭を抱えていた。タブを閉じてデスクトップに並んだESのショートカットや論文のメモを指で数える。乱雑に並んだファイルに正しい答えを取り繕えないまま前進することは、心に重くのしかかって不安を扇動する。この答えがやがて私の将来に直接していくことは分かっているつもりだ。スマホのバイブ音が鳴り、「就職説明会!本日締め切り!」と複数、重なって表示される。カーテンの隙間を覗けば、灰色の雲は鴉と夕暮れを流れ、隙間を埋めるようにどす黒い雲が漂っていた。

 キーボードから手を放し、背もたれに体重をかけ、関節が「バキバキ」と軽快な音を立てる。足元の段ボールから水を取り出そうと手を伸ばすが何も掴むことができなかった。段ボールの中身は空だった。立ち眩みの予感の中、力を入れ身体を起こす。机の上に転がってるタッパーと箸をかすめ取って、七歩進む。壁に肩をと寄せながらシンクに使用済みの道具を投入し、電子レンジの上に干してあるタンブラーを手に取る。蛇口を捻る。タンブラーに溜めた水に口を付ける。カルキ臭くて不味い。実家の水道水が恋しくなる。もう一度、水を溜めて口に運ぶ。やっぱり少し臭くて不味い。「グッー」とかみ殺されたような嫌な音が響く。胃が捩れて、下腹部が痛い。

「ツライ」

 くらくらしながらも冷凍庫から小分けにラップしてある豚肉を取り出しタッパーに入れる。酒と塩、お酢と胡椒を入れ、電子レンジのつまみを回す。いったんトイレに倒れ込みうずくまる。

「くそ、くそ、くそ、くそ」

 意識したら苦しくなる鈍い痛みを堪えながら涙をこらえる。払拭できない痛みから目を逸らして、電子レンジから豚肉を取り出し、焼け具合を確認する。焼けて灰色の塊になってしまった豚肉に舌打ちをして、箸を突き立てる。「ザクザク」なのか「グチグチ」なのか、音が頭に響く。また冷凍庫から刻んであるキャベツと玉ねぎを取り出してタッパーに投入する。シンクの下の棚から、研究室からぱちって来たレンチンご飯を横に添えて再び電子レンジのつまみを捻る。

 このあいだに寝間着を脱いで浴室に入る。髪を軽く梳かしつけ、顔を研磨し、身体を擦る。タオルで水気をふき取り、浴室を後にする。出来上がったご飯を口に投入し、パンツをはいて、ブラを付け、突っ立つ。堪えれそうになくて作業机から錠剤を取り出して呑む。再び口に食事を運ぶも、見た目の彩りに対して口の中に広がるのは、ざらざらとした肉質と薄切りのグミのようなキャベツだ。味覚が麻痺していて身体が受け付けない。一度食べるのをやめて冷蔵庫から栄養剤を取り出し飲む。特有の臭いが鼻に粘りつく。目を逸らしたくなるほど食欲が萎えてしまったので、帰って来たとき用にと、ご飯を豚肉の入ったタッパーに入れて冷蔵庫に片付ける。

 床の服の山から当たり障りのなさそうな上下を取り出して装着する。髪をドライヤーで乾かし、軽くファンデを塗って、時刻は四十五分を少し過ぎたところ。ここから歩いてコンビニでお茶を買い、バイトに向かう。

 昼まえに目が覚めて、メールと確認して、オンラインでゼミをして、余った時間に自己分析と論文読解、死んだ顔に滑稽な笑顔を立てかけて、働いて、帰ってきて、放心状態。何をしたらいいのか方針が立たないまま休日はインターンシップ。心がすり減っているようで苦しい。ただの生理ならいいのに。壁の黒い微笑みがまた一つ増えている。

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