第6話 廃墟都市、臨戦態勢
「解読、もしかしたら可能かもしれません」
暗闇の中で放たれたテスの言葉に、俺の心臓が歓喜のあまりに飛び出しそうになる。生憎俺はその感情を抑えきれるような大人ではない。
反射的に大きな声になってしまった。
「本当か!?」
「しっ! 静かに! ……まだ可能性の段階ですよ。もしかしたら前代未聞の挑戦になるかもしれません」
またしてもテスからお叱りを受けてしまった。しかし叱られようと前代未聞だろうと何だろうと、お先真っ暗な目の前に道が拓ければ飛びつかずにはいられない。
俺は生唾を飲み込みながら、聞いた。
「その方法とは……?」
「簡単な話です。スキルの効果範囲拡張、その辺りはそちらの方が詳しいのでは?」
「なるほど、つまりテスのスキル『バベル』はパッシブ系スキルってわけか」
スキルの効果範囲拡張、それはパッシブ系と呼ばれるスキルに適用される概念だ。パッシブ系とは、早い話がスキルを持っているだけで効果をもたらすスキル。例を挙げれば、筋力+などのステータス補正系、剣術+などの習熟度補正系があるが、基本的にその効果はスキル所有者に限定される。
だがそのパッシブの効果範囲を本人以外にも適用できる場合がある。
それが、魂の共鳴状態だ。
「聖族と魔族の共鳴状態……。確かに前代未聞かもな」
「敵対種族間の壁……どれ程の高さなのか、見当もつきませんね」
そう言うテスの声は冷静でありつつも、熱を秘めているように思えた。クールに見えて、意外と挑戦的なのかもしれない。
そもそも共鳴状態は、相手の事を自身の一部と認識する程に強い絆で結ばれる事が発動条件だ。聖族と魔族の間で発動するのかも怪しいものだ。
「幸い、私達はある種の極限状態にあります。共鳴状態へと至るには好条件、と言ったら皮肉になりますかね」
テスの声が淡々としつつも冗談めかして話題を閉める。
しかし何かに気づいたかのように息を呑む気配があり、彼女は真剣なトーンで話題を変えた。
「それよりもリングスさん、ひとつお聞きしたいのですが、あなたの根城を襲った魔獣はどんな種族でしたか?」
「ん? 狼型だった」
「大きさは? どう処理しましたか?」
「え、え〜と、大きさは2メートル半ってところか。襲いかかってきた3匹を返り討ちにしたぞ」
矢継ぎ早の質問が止まる。そしてテスの溜息が聞こえたかと思うと、早口に言い切った。
「先に謝っておきます。すみません、これは取り乱していた私のミスです。あの時、知識のある私が魔獣を引き受けるべきでした」
「な、なんだよ、いきなり」
俺は嫌な予感に口の中に渇きを覚える。
「……恐らく先の遠吠えの主はジャンカーウルフ。リングスさんを襲った3匹の親だと思われます。そしてあなたに付いた子ども達の血の匂いを辿ってきている」
まるで脳天に重たい衝撃が走ったように、足元がふらつき、あの戦闘がフラッシュバックする。
命懸けで倒した3匹は子どもだった? その親が俺を狙って迫ってる?
脳裏に倒した狼の獰猛な姿が浮かぶ。俺を容易に切り裂くであろう、鋭い牙と爪。それを更に獰猛にした個体が、復讐のために俺を狙っている。
想像しただけで寒気に襲われて震えが走る。
「い、いろいろオカシイだろ! あいつらを倒したのは昨晩のことだぞ? そんな追跡能力があるなら、俺はとっくの昔に餌になってるだろ?」
現実を否定したくて無駄だと分かっている抗議をする。
「いいえ、あの魔獣はもともと夜に狩りをします。明け方、帰ってこない子ども達を見つけて、復讐のために夜が訪れるのを爪と牙を研いで待っていた、そんな所でしょう」
ここまで言われれば認めるしかない。俺は上ずった声で素直に謝罪を述べた。
「クソッ、俺の認識が甘かった! すまない、テス」
「いいえ、リングスさんは悪くないです。さっきも言った通り、知識のある私が引きつけるべきだったのです」
いつもの冷静で淡々としているテスの口調ではなく、焦りの滲じむ早口となっていた。
違う、テスは何も悪くない。それを分かって欲しくて、俺は声を荒げた。
「馬鹿言うな! あんな状態で――」
しかし不意に虚しさが襲い、言葉を閉じた。
「――いや、言い争ってる場合じゃないな」
まったく、俺ってばみっともないな。カッコいい英雄になるとか意気込んだんだ。これくらいの危機は切り抜けて見せなきゃな。
「……そうですね、大事なのは今、どうするかですね」
冷静さを取り戻したテスの声。
「生き残ろうぜ」
「はい」
俺の心に闘志が灯った。
カチッと火打石を打つ音と同時に火花が閃く。再び松明に火が灯り、石蔵内が照らしだされた。
「で、勝てる見込みは……?」
「魔力を使えば余計に敵を引き寄せます。だから私も本来の戦闘力の三分の一程度。あとは不確定なリングスさんの戦闘力」
俺は頭を掻きながら溜息をつく。
「一応鍛えてはいたが、俺等、聖族の戦闘力はスキルありきなところもあるからな。きっと魔力を使わないテスと同等、いやそれ以下だと思う。……情けなくて悪い」
本当に情けなくて嫌になる。せめてあのスキルから得られる力を自由に引き出せれば……。
唇を噛み締める俺に、テスは半眼になって冗談めかした呆れ顔で言う。
「まったく、リングスさんが情けない人なのは理解しています。とりあえず今は諦めずに連携を意識して戦いましょう」
本当にその通りだ。やれる事をやるしかない。
わかりきった励ましの言葉だろうと、この状況じゃありがたい。俺は自責から頭を切り替えて前を向く。
「そうだな、戦闘中に突然共鳴状態になったりする可能性もゼロじゃないはずだ」
「その意気です。……これを使ってください」
テスが部屋の隅から長剣を引き抜き、軽く刃を確認してから俺へ渡してくれた。状態は良い方だ、十分に使える。テスは短剣を数本、ローブの下に忍ばせて、伸びをしながら言った。
「とはいえ、共鳴状態になる可能性はゼロではないですが、不確定要素には期待はしたくないので。あくまで私達の地力で勝つことを念頭に――っ! 聞こえましたか? かなり近いです」
外でカランカランと木がぶつかり合う音がした。
頷き返すと、テスは険しい顔で外を睨む。
「今の音は木札で作った警報の音です。いよいよです、覚悟を決めて外に出ましょう」
そう言ってテスは松明を手にした。
屋内には敵は入って来られないかもしれないが、外から建物が潰されたら終わりだ。俺は頷き、テスの後について外へと向けて踏み出した。
【※€¶π‼‼¶】
ウィンドウが視界の端で明滅している。
「何言ってんのかわからねぇけど、せいぜい応援しといてくれよ」
俺はウィンドウに向けてそう呟き、夜風の吹く廃墟都市の路地へと踏み出した。風に混じる獣の臭いと圧倒的な存在感に胃の底が重たくなる。
恐怖は確かにある。だけどテスの頼もしい態度が俺を鼓舞していた。
仲間がいる。その心強さだけで、震えて眠るだけだったこの都市の夜に立ち向かうことが出来た。
夜風の中、僅かに石が転がり落ちる音が響く。その方向を見ると、月明かりに照らされた巨大な狼のシルエットが、半壊した建物の上に鎮座していた。




