第5話 魔族の事情
「テスがここに来ることになった経緯を……教えてくれないか?」
彼女は視線を落として固まってしまう。
「いや、無理にとは言わない。ただ、知っていた方が今後の動きを決めやすいからさ」
遠くで魔獣の遠吠えが聞こえる。
テスが外を気にしながら木桶をひっくり返して座り、そしてゆっくりと話し始めた。
「私の父は……アンチェインズ領の領主、アルテニオ・アンチェインズと言います」
「テスの父親はそこそこのお偉いさんであり、テスはお嬢様だということか」
アンチェインズ領というのは初耳だが、魔族の統治法が領地制だというのは知っていた。その領主というのだから位は高い方なのだろう。
「まぁ……そういう言い方もできますかね」
テスが少し照れくさそうに笑う。
しかしまた表情が曇ってしまう。きっと思い出すのも辛い何かがあるのだろう。だけどテスは意を決したように、前を向いて口を開いた。
「お嬢様と言えば聞こえはいいですが、実際の魔族の領主というものは、とても血なまぐさい現実に晒されているのです」
力強い声音に籠もる重苦しい響きに俺は生唾を飲んで次の言葉を待った。
「ご存知だとは思いますが、魔族は繁殖能力が低いために個体数が少ない。それは領主や高位の者達も例外ではありません。常に付きまとう跡取り問題、そしてその跡取りの暗殺、誅殺。たった一人の命で名家が没落し、革命が果たされてしまう事件が過去にも多くありました」
「ということは、テスが糾弾されたのもそれ絡みなのか?」
テスは小さく首を振って、それを否定した。
「私のスキル『バベル』が禁忌とされているのは事実の様です。問題は領主であるアンチェインの家でそのような異端者が出てしまったこと」
俺は思わず眉間に皺を寄せてしまう。自分の意思で目覚めたわけでもないスキルで、己のみならず家族までもが危険に晒される。テスの立場になって考えるだけで、胃が痛くなりそうだ。
「父の決断は早かった。王権から勅命が来る前に私の処刑を高らかに宣言して民衆の前で実行して見せたのです」
先の名家転覆の話があるからこそ、民衆の目には自らの娘を犠牲にする精神は崇高に映るだろう。アンチェイン領主は誰によりも先に手を打ち、民衆の支持と娘の命を同時に得たのだろう。
「なるほど、そこにカラクリがあるからテスは生きているわけだな。父上はやり手だな」
テスは力なく笑い、小さく「ありがとうございます」と言った。しかし目からは涙が零れ落ちていた。
「私が……今、こうして生きていられるのは、フェーテル、彼女が……」
そこで彼女の言葉は完全に止まってしまった。
テスが助かった方法を知りたかったが、とてもじゃないけど聞けなかった。この涙の原因、そして話すことを躊躇っていた原因はその方法にあると思われたからだ。
「……辛いなら無理に話さなくても大丈夫だ。もう十分に事態の深刻さは伝わったよ。父上達の思いを無駄にしないためにも……慎重に動こう」
テスが頷いて涙を拭う。そして一呼吸入れて気丈に振る舞って言った。
「すみません、話の続きはまた……覚悟が決まった時に必ずや。何か……聞いておきたい事とかありますか?」
「あー、魔族の生活とか気にはなるが、今聞くことでもないしなぁ。――あっ」
質問を思いついたが、聞いていいことかと思案する。そんな俺を見透かしてか、テスは小首を傾げて促してくれた。
「これも答えたくなかったら答えなくていいんだ。その……魔族でもスキルって発現するんだなって思って」
「あぁ」とテスは小さく頷いて、話し始めた。
「そうですね。本来、魔族はスキルを発現しません。その代わりといえる力が魔力による恩恵ですね」
俺達聖族は、魔力を自身の体内で生成できない。だから必要な時に、薬草などから体外的に摂取する。だが魔力の使用用途は一部のスキル以外にはない。だから魔力を必要としないスキルならば、魔力を溜めておく必要すらないのだ。むしろ魔力を溜めすぎると中毒症状に苦しむらしい。
テスがひっくり返した木桶から立ち上がって、お尻の埃を払いながら続ける。
「ですが、稀に魔族でも16歳でスキルに目覚める者がいます。とは言っても魔力があるため、私達にはオマケ程度の認識でした」
「魔力か……。扱えない俺からしたら、どれ程の恩恵があるのかもわからないが、魔族にとっては必要不可欠なんだよな?」
「はい、魔族にとっては生命維持に関わるものです。恩恵も大きいですが、様々な面で弱点にもなり得る力です」
テスが角を触りながらそう言った。
――魔族の弱点は角だ。命と引き換えてでも角を狙え。
訓練所でよく言われていた言葉を思い出す。
魔族はあの角から大気に含まれる魔素を吸収して魔力に変換するらしい。それはいわば呼吸と同じで、魔力の枯渇は即ち死。
ただし魔力の恩恵は、長寿や身体能力の向上、魔法の使用など多岐にわたるという。はっきり言って基礎能力の面では聖族よりも秀でていると言っていい。
だから魔族がスキルを発現した所でオマケ程度というのも理解できる話だ。そしてそのオマケで人生が狂わされたんだ。テスは軽く言ってのけたが、心中察する所はある。
個体数に優れ、当たりハズレのあるスキルという加護を持つ聖族と、個体数は少ないが基礎能力の高い魔族。こうして比べてみると、俺達は上位者達の用意したゲームの駒みたいで反吐が出そうになる。
「ありがとう、話しづらい事まで教えてくれて」
――そう言いながらコップを片付けようと席を立った時だった。
また遠吠えが聞こえた。今度はさっきよりも近い。生温い風に獣臭さと血の匂いが混じる。
昨晩殺した狼型の魔獣の姿が思い出された。
テスも外の様子に耳を澄ませている。そして素早く松明に被せ物をして、石蔵内を真っ暗闇にして言った。
「この咆哮を上げている魔獣、こっちに近づいて来ているみたいです。先程、魔力は弱点と言いましたが、魔獣の存在も私達にとっては脅威です」
「魔獣に狙われやすいんだっけか?」
魔獣は何らかの形で魔力を摂取して変貌を遂げた獣達の総称だ。知性の低い獣にとって魔力の依存性は凄まじく、一度味を覚えたら死ぬまで求め続けるという。
そして魔力を生成できる魔族は格好の餌というわけだ。
「そうです。この廃墟都市も恐らく前大戦中に聖族が魔族を退ける目的で魔力を意図的に撒いたのではないかと考えています」
「なるほどな、有り得る話だ」
30年の豊穣の恵みを間に挟んだ前大戦の話は実のところよく知らない。だけど百年近い泥沼の戦いだったとは聞く。都市ひとつを犠牲に魔族の個体数を減らすのは、確かに有効なのかもしれない。
考えていると、外で再び咆哮が聞こえた。
そしてそれに合わせてウィンドウが現れた。まるで悠長に話している場合かと言われているみたいだ。
「……ようやく出やがったか、このクソウィンドウ」
俺が小声で罵声を吐くと、テスが咎めるように咳払いをした。年少者をたしなめる姉の風格だ。
「コホンッ、例のウィンドウが出ているのですね? やはり私には何も見えません。暗いからですかね?」
「そうか、俺には暗闇の中でもはっきりと見えている。だから他者には見えないんだろうな……」
スキルをものにするチャンスだったが、残念。クソスキルはクソスキルのままってわけだ。
【‼‼‼¿‼】
心無しかウィンドウが怒っているように見えるが、構ってやる気力はなかった。
「ところで、ウィンドウが私に見えると、どうなるのですか?」
「ああ、これには意味不明な文字が書かれていてな。もしかしたらテスのスキルで解読できるんじゃないかと思って」
テスがポツリと言う声が暗闇の中から聞こえてきた。
「解読、もしかしたら可能かもしれません」




