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大英雄のスキルに目覚めた俺を追放!? 〜無能なのは俺じゃなくて、このスキルなんだが!!〜  作者: 夕暮れタコス


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第4話 かくして追放された

「なぁ、デスティニア……」


 俺には解読不能なウィンドウの文字列。もしかしたらデスティニアなら読み解けるかもしれない。その期待で彼女へ呼びかけたものの、肝心のウィンドウが出てこない。


「……なんでしょうか? あと、テスでいいんですよ」


「あっ、はい。テス……さん」


 彼女は心を許してくれた様子だけど、俺としては罪悪感がまだ残っていた。初対面の時みたいに、いい感じで自然に愛称で呼ぶ事が躊躇われたのだ。


 彼女はまたしてもじとー(・・・)と俺を睨み、不満げに頬を膨らませながら言った。


「それでっ、何でしょうか?」


「ああ、その……俺の近くになんかこう……半透明な窓みたいのが出たの、見た事ないか?」


 テスは頬の空気を抜いて、眉間に皺を寄せながら俺を怪訝そうに見る。


「見たこと無い……ですが、それが大英雄のスキルなのですか?」


「あぁ、その窓はウィンドウっていうらしいんだが、……クソッ、なんでこういう時に出てこないんだよ」


 俺の汚い言葉に合わせてテスの顔が軽蔑の眼差しになる。どうやらこういう言葉は嫌いらしい。両親が出征した子ども達が身を寄せ合う、荒くれた学童院育ちの俺とは違って、なかなかに育ちがいいと見える。


「あの……もしかしてリングスさん、そのスキルを使いこなせていないのですか?」


「いや待て、断定を早まるな」

「早まってないですが」


 表情を変えずに即座に突っ込みを入れてくる。視線が痛い。


「ええと……どこから説明しようか。そうだな、まずは俺とこのスキルの出会いから――」

「え? なんでそうなるんですか」


 俺は石壁に背を預け、今度は困惑顔のテスに向けて物語を聞かせるように語り始めた。


 ※※※


 ――話は俺の16歳の誕生日に遡る。と言っても僅か2週間前だ。

 近隣の村の同じ生年月の子ども達が聖堂のある大きな街に集められ、その儀式は行われる。


『発芽の儀式』


 それが即ちスキルの発現の為の儀式だ。まぁ、儀式が無くても自然とスキルに目覚めるらしいが、民のスキルを把握して管理するための意味合いもあるらしい。


「ふむ、『元素魔法・火』だな。おめでとう、次――」


 1つ前の順番の女の子がガッツポーズをして降壇したのを見届け、俺は高鳴る鼓動に突き動かされて踏み出した。そして苦い聖水を口に含み、飲み下す。すると体中が作り替えられるような強烈な違和感に襲われ、堪らず呻いた。特に首の後ろが焼けるように痛かったのを覚えている。


「グッウゥ……」


「まさかこれは……彼を私の部屋へ連れて行け。それと馬車の準備を、くれぐれも内密にな」


 直後、俺は意識を失った。

 それから俺は朦朧としたまま、聖都へと馬車でコソコソと移送された。


 そこで俺はあの爺と会った。

 全ての司祭の頂点に立つ男、大司祭長ベベルに。


 俺は聖都に到着してすぐに、ベベルの私室へと通された。部屋で待っていたベベルは挨拶もそこそこに、シワの深い顔を動かして言った。


「お前のスキルの名は『聖櫃の因憶(アーク・メモリア)』。あのヴァルシバルの持っていたスキルだ」 


「……嘘だろ。マジかよ!!」


 狼狽えがすぐに歓喜へと変わっていく。しかしそれをベベルがピシャリと止めた。


「喜ぶのはまだ早い。そのスキルは未解明な部分が多い。なんせ君で二人目だからな。それと……。むっ、少し待っていてくれ」


 ベベルはそこで言葉を一旦切った。

 そして目線を軽く上へと向ける。まるで何かに耳を澄ませるように。


 聞いたことはあった。高位の司祭は上位者つまり天界にいる天使からの御告げが聞こえると。それを目の当たりにしているのだという感覚があった。


 ※※※


「あ、あのリングスさん、語り始めるのはいいんですが……」


「ん、どうした?」


 気持ち良く話していた俺へ、テスが松明に火をつけながら控えめに進言する。


「もう少し……手短にお願いしたいです」


 いつの間にか外もすっかり暗くなっている。夢中になって話していた事に恥ずかしさを感じ、それを隠すために二本指の敬礼を送りながらカッコつけて返事をした。


「リョーカイだ」

 しかし腹の虫が間の抜けた音をこの廃墟の石蔵に響かせる。


「食事の準備をしますね。結局蛇肉は食べられませんでしたからね」


 腹の音に笑いも動揺もしないで食事の準備に取り掛かり始めた。なんて気の利く子だろうか。

 そんなテスが手を動かしながら聞いてきた。


「しかし御告げ……ですか。魔族ではそのような話、聞いたことないですね」


 テスが干し肉と水を机に用意してくれ、さらにひとつしかない椅子を譲ってくれた。


「すまないな、ありがとう。まぁ聖族でも噂程度だったけどな。だけど俺はあの時確かに感じたんだ。俺とベベル以外のナニカの存在を……」


 テスは立ったままコップで水を一口飲み、興味深げに瞳を向けていた。

 ここで御告げの豆知識でも披露出来れば良かったんだが、生憎持ち合わせていない。


「残念ながら、御告げに関してはそれ以上はわからない。……そういや、この時点ではベベルに好感持ってたんだ」


「そうなのですか?」


 干し肉をお上品な小口で容易く噛み千切ったテスが、意外そうに首を傾げる。

 俺は硬い干し肉を噛み千切り、水で流し込んでから頷く。


「ああ、高位の司祭なんて皆高慢ちきだと思ってたからな。だけどベベルは平民である俺に対しても物腰が柔らかかった。そんで部屋は物が少なくて質素というか庶民的な印象を受けた」


 そうだ、最初はベベルは俺に寄り添ってくれていた。

 こうして人に話すにあたって冷静に思い返す事で、怒りで曇って見えていなかった部分が見えてきた気がする。


 俺が再び干し肉を飲み下したタイミングで、テスが話を促す。


「それでは、そのベベルとの溝が出来た理由は何なのですか?」


「ああ、順を追って説明すると、俺はその後ベベルの下でスキルの試用期間に入った。理由としては二つある。まずひとつ、スキルの調査のためだ」


 実際の所、大英雄ヴァルシバルには謎が多い。逸話は多くあれど、人柄はあまり語られない。出自も不明で、『発芽の儀式』を得ていないという噂まである。まぁそんな謎多き所に子ども達は惹かれるのだが。


「あの、二つ目は?」


 ヴァルに思いを馳せていた事に気づき、誤魔化すために干し肉に齧りついてから話を進める。


「んぐっ。二つ目はだな、スキルは発現したからといって必ず扱いきれるとは限らない。強力なスキル程そうだ。だから扱いきれない可能性を懸念して、秘密裏にテストしていたわけだ。

 大英雄のスキル持ちが現れたなんて世間が知ったら、お祭り騒ぎだろ? そうなったらもう後戻り出来なくなる。だから秘密裏にテストする必要があった」


「そしてその結果が……」


 俺は観念して背もたれに体を預けて言った。


「ああ、お察しの通りさ。スキルをろくに扱えない俺に対して、日に日にベベルは余裕を無くして溝ができ始めた。そして最後は愛想を尽かされて追放というわけだ」


 項垂れて度々天を仰ぐベベルの姿は、俺に重圧を与えていた。口数も少なくなり、遂にあの日を迎えたわけだ。

 追放を言い渡されたあの日のベベルは眼窩は窪み、眼は血走っていた。憔悴とはあの様を言うのだろう。


 ――今でも鮮明に覚えている。

 あの日俺がいつもの地下室に行くとベベルが肩に手を置いてきた。そしたら突然体が痺れて動かなくなった。

 ベベルは俺と相対して目を見ながら、首の後ろへと右手を回してきた。そして左手で俺の背後に転移ゲートを開いて言ったんだ。


『貴様はそのスキルを持つに相応しくない。民衆をぬか喜びさせる前に手を打たせてもらう。リングス・フォーチュン、貴様を……追放する』


 そして奴は俺を突き飛ばしてゲートに放り込んだ。


 俺は無意識に首の後ろを擦っていた事に気づく。奴の指に触られていた首の後ろが灼けるように痛かったのを思い出したのだ。


 それとあの時、ウィンドウが暴れ回っていたけど、あれは警告だったんだな。というか、よくよく考えれば試用テスト中もベベルにはウィンドウは見えていない様子だった。だからテスに見える可能性も少ないんだろう。


「えと、つまり……やはりまだ使いこなせていない、という事ですね」


 気まずさに水を喉に流し込みながら、俺は控えめに頷く。

 それを見て、テスが少し呆れた顔をする。


「よくそれであんな啖呵を切れましたね。まぁそれはいいとして、しかし――」


 そこで言葉を一旦切り、テスは腕を組んで何やら考え込む。


「――不可解ですね。スキルが使えないからって魔獣の蔓延る廃墟都市に追いやる。あまり筋が通っているようには思えません」


「そうか? 追放される時、ベベルは『貴様には相応しくない』とか言ってた。だから魔獣を相手にして、俺が強くなる事に期待している……とか?」


 自分で改めて説明してみると確かに違和感はある。


 この一週間俺にまとわりついていた怒りと罪悪感、それと絶望。それらの負の感情に呑まれて、追放という不条理を罰として受け入れていたのかもしれない。

 しかしテスと会って負の感情が和らいだから、違和感に気づき始めた。

 それと引き換えに、得体の知れない不安が起こり、目線をコップに落とす。


 コップの中の揺れる水面に映る顔は、酷く歪んでいて情けなく見えた。

 まるで俺の内面を映し出しているみたいで目を逸らしてテスを見る。彼女は変わらず腕を組み、考察にふけっている様子だ。


「期待しているならば、手元で見守りながら育てればいい話です。わざわざ希少なスキル持ちを追放するのは、割に合わない気がします。それにそれこそ、あなたが生きて帰れば騒ぎにもなります」


「ああ、そこまで言われると、確かに追放する意図が弱いように思えてくるよ……」

 天使に唆されでもして、何か隠された意図があるのか?


 ――追放間際に見たベベルのあの視線が脳裏に過ぎる。

 冷静に思い返すとあの眼差しは、憔悴の中にあっても初日に見られた好意的なものであり、滲み出た人間性を感じられた。……温情とでも言おうか。


 追放は方便で俺は逃がされた? 俺も雲隠れのためここに飛ばされた?

 いくつものそれらしい理由が浮かぶが、推測の域を出ない。

 いくら考えても、勝手な振る舞いにムカつくだけだ。


「まっ、考えたってあのジジイの思惑はわかんねぇ。今考えるべきはこれからどうするかだ!」

 俺は頭を切り替えて話題を変えた。


「その前向きさ、というか無頓着さが羨ましいですよ」


 テスが溜息混じりに呆れた笑みを浮かべる。だが、そこで表情を真剣なものへと切り替えて言った。


「ですが、私の方の事情は慎重に動かなければなりません。

 先程も言いましたが、高位の者に私の生存が知られれば家族が危ないのです。……リスクと犠牲を払い、私を逃がしてくれた父の厚意を無下にしたくはない」


 言いながら、テスは胸の前で手を合わせて祈るように頭を軽く垂れていた。彼女はもう角を隠していない。堂々と魔族である事を主張している。そんな彼女と手を取り合うんだ。魔族側の事情も知る必要がある。


「なぁ、テスがここに来ることになった経緯を……教えてくれないか?」

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