第33話 弔いの決闘①
私がステージに上がると会場は静まり返った。だけど観衆からは熱気の籠った視線が送られてきている。私はフードを脱いで、顔の半分を覆う仮面をキツく縛り直した。そして相対する妹へと目を向ける。
白装束の私とは対象的に、黒の礼服を身に纏っている彼女。その顔は紛れもなく妹のフェーテルのものだ。
だけど彼女の無邪気さは見る影もなく、目は虚ろでありながら邪悪な笑みを浮かべている。
そんな私達の間に衛兵が割ってはいる。
「合図を待て」
衛兵は観客席と目線で合図をして、ステージの端まで下がる。そして――。
「始めろッ!」
開始の合図と共に私は静かに魔力を燃やして出方を伺う。
「あははっ! そんな少ない魔力量で勝てると思って?」
フェーテルが両手を伸ばすと、その影が私へと飛びかかってきた。
最小限の動きで躱しながらクナイを影へと突き立てる。だけど逆にクナイが影に呑み込まれるように侵食され始める。手を離し、呑まれたクナイを観察。全体を闇に覆われたクナイは瞬く間に錆びて朽ち果てた。
「きゃははっ! 素手で触らなくて良かったねぇ! ――っ!」
私が投擲したクナイを、影を立ち上げてすんでの所で受け止めた彼女は勝ち誇ったように笑う。
しかし私は冷めた顔で――といっても仮面でほとんど見えないだろうけど、お手玉のように掌で二本のクナイを投げて見せびらかす。
――二本同時に投げていたら受け止められたの?
そのメッセージを無事に理解したであろう彼女は、虚ろながらも怒りを滲ませた。
「ふんっ! 名も捨てたような密偵衆如きが調子に乗るんじゃないよ!」
「あら、貴女は自分が誰だか分かっているような口振りね」
「っ! と、当然!! 私は父親に処刑された哀れなる復讐者、デスティニア・アンチェインズよ!」
僅かな動揺を見せつつも、本人を前に言ってのけた彼女に堪らず口元が緩んでしまった。仮面の空いた口元に浮かぶ微笑みを見て、彼女は盛大に怒りをぶち撒けた。
「クソがっ! 何がオカシイ! 私は哀れなヒロイン! 同情はされども笑われる筋合いはない!」
「そういう事、自分では言わないものよ。それと……いつも言ってたでしょ。汚い言葉は使うなって」
「いつも……? お前は……誰だ」
その言葉に溜息が漏れる。理解はしていたけど、やはり目の前にいるのはフェーテルの体に入っている何か、だ。
僅かにでも期待していたのかもしれない。彼女が実は本物の妹であると。
「馬鹿みたいね……。【アイシクル・レイン】」
自嘲的に言って、私は静かに魔法を唱える。
私の頭上に無数の小さい氷の礫が生成されて浮かぶ。そして目標を"あの偽物"に定め、心の中で引き金を引いた。
無数の礫が時間差で徐々に射出されたのと同時に、偽物の側面へと回り込む。正面からは氷の礫。側面からはクナイ。
――挟撃にどう対処するのか。
足元の影で自身を包み込んで、卵の殻に閉じこもるような防御体勢。その殻に呑まれていく氷とクナイを見て迂闊に近づかないことを頭に刻む。
「うふふ、いい攻撃だったけど、私の魔法の前には無力よ」
防御体勢を解いた彼女はまたしても勝ち誇った笑みを浮かべた。
「それは貴女の魔法じゃないでしょ」
「チッ、知ったような口を……。いいわ、小手調べは終わりよ」
「さっさと全力を出さないと、終わってしまうわよ」
「いちいち癇に障るんだよぉっ!」
そう憤って足元を踏み鳴らした。アイツの影が完全に立ち上がり、一人の人間のように姿を取った。偽物が魔力を大きく燃焼させて駆け出し、影人形もそれに追随する。そして同時に拳を振り上げた。
――徒手による白兵戦。だけど影の侵食がある。
ゆえに受けの体勢は取れない。ならば――。
「【アイシクル・ウォール】!」
氷の壁を立て起こす。直後、壁に殴打の衝撃が与えられ、ヒビがはいる。そして影の侵食が始まった。クナイとは違った反応。氷と成している魔力が吸い取られ、侵食された所が瞬時に溶けだし脆くなっていく。崩されるのももう間もなく……。
だけど構わない。
氷の壁が溶け落ちるその直前に、私は多量の魔力を燃焼させて両腕に氷をまとった。そしてほとんど水となった壁を貫き、氷を纏った私の拳が偽物の頬を深々と捉えた。
「ギャッ……!!」
鈍い衝撃音と共に、彼女の体が面白いほど真横に吹き飛ぶ。氷の硬度と魔力を乗せた一撃は、並の魔族なら首の骨が折れていてもおかしくない代物だ。
影の侵食が始まった腕の氷を溶き、ただの影へと返っていく人形を見送った。
吹き飛んだ彼女がステージに手をつき起き上がろうと頭を上げた時、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「……あは、あはははは!」
彼女は顔を伏せたまま、狂ったように笑い始めた。そして関節を無視した角度で首をギチギチと鳴らしながら、ゆっくりと顔を上げた。
私の拳が当たった場所。そこは赤く腫れるどころか、陶器のようにひび割れ、中の肉ではなく、どす黒い泥のようなものが滴っていた。
「痛い……痛いなぁ。なぁんて、ね」
立ち上がった彼女の顔面が、崩れた粘土のように歪んで再構成されていく。愛する妹の姿が汚された光景に、私の心臓が嫌な音を立てて早鐘を打った。
「……貴女はフェーテルの皮を被った人形。中身はまさに化物ね」
「化物? 心外だなぁ。それにフェーテルって誰よ。この体も、この魔力も、お父様に捨てられた可哀想なデスティニアのものだよ? 化物だなんて言わないでよ。ただ、少しだけ"中身"をネクロード様に詰め直してもらっただけ」
彼女が片手を地面に突くと、そこから影が津波のように広がり、ステージ全体を侵食し始めた。
「死ぬ間際のあの子、いいえ、私の無念。しっかりとこの体に残っているわよ。冷たい刃が首を切断したの、ストンって。そしたら私の目に何が写ったと思う?」
「……黙りなさい」
「消えゆく意識の中で分かたれた胴体を眺めるあの子の魂は、絶望の味がしてとっても美味しかったわよ!」
影が鋭い槍へと形を変え、全方位から私を貫こうと突き出される。
「【アイシクル・ウォール】!」
氷の壁を乱立させてその上に退避。しかし影の侵食速度が先ほどまでとは段違いだ。槍によって氷が削られ、同時に侵食されて軟化していく。
逃げ惑う私を邪悪な瞳で愉悦するフェーテルの姿をした化物。
妹を汚される悔しさと怒りに奥歯を噛み締めた。
しかし感情的になった瞬間を取られ、足場が軟化、体勢を崩した。その拍子に突き出してきた影の槍が肩を掠めた。
「っ……!」
熱い。焼けるような痛みと共に、そこから魔力が吸い取られ異物を体内に混ぜられた感覚。
「あはは! アナタの感情、おいっしぃわぁ! えーと、怒りと哀しみ? あははは、アナタ、この娘に相当思い入れがあるようね!?」
彼女が大きく両手を広げると、背後で影人形が巨大化し、死神のような鎌を形作った。
観客席からは、残酷なショーを楽しむような歓声が上がっている。お父様の、悲痛な叫びも聞こえた気がした。
――負けられない。妹の尊厳を、あんな泥に汚されたままにはしておけない。
私は祈るように、魔力へと想いを注ぎ込む。
「……フェーテル。貴女を縛るその化物を、今、私が凍らせてあげる」
肩の傷口から侵攻する熱く不快な痛み。それを忘れる程に意識を魔力へと向けた。
「テス! 負けんじゃねぞ!」
歓声の中から拾い上げたように鮮明に聞こえた彼の声。そう、私には、彼と私を紡いだスキルがある。目を見開き、眼前に迫る黒槍にも動じずに魔力を解き放つ。
「……【アイシクル・コネクト】」
冷気となって広がった私の想いがステージ上を覆い尽くした。




