第31話 装束を纏って
俺達がアンチェインズ邸に到着した翌日の朝のことだ。
休息も束の間、屋敷は喧騒に包まれた。
アンチェインズ家当主、アルテニオ・アンチェインズが連行された。その報せが広がったからだ。
偽物のデスティニアを連れたネクロードが吹っ掛けてきたのは、禁忌のスキルを持つ娘を処刑したと偽った虚偽の申告。それによる王権への不敬罪だそうだ。
しかしテス(実際にはフェーテルだが)の死亡は当時王権の遣いも確認していたことから話が拗れたらしい。
運ばれてきた朝食と共に、レイデイからそういう経緯を聞かされた。
「邸内はおろか、領地内も大騒ぎです。御二方とも、しばらくは外に出ることのないよう、お願い致します」
レイデイは食事を運び入れながら、そう言って言葉を締めた。完全に俺達の正体を知っている言い方だ。テス曰く小さい時から居る信頼のおける侍女とのことだったから、恐らくバレてても危険は無いのだろう。
運ばれたパンとスープが湯気を立てる中、俺はテスに聞いた。
「で、どうする?」
「まずは家を抜け出しましょう」
テスは一点を見つめて抑揚なく言った。瞳には悲嘆は無く、強い意志だけが灯っている。
「リングスさん、どうか力を――」
テスの言葉を遮るように荒くパンを掴み取り、噛じりついた。
「まずは腹ごしらえだ。……それと、そんな野暮な事は聞くんじゃないぞ」
テスに強気な笑顔を送った。
白昼堂々と外へ出るわけにもいかない。だから決行は夜中に決めた。
それまでの間、俺はテスからネクロード家について情報を仕入れることにした。
「隣の領地であるネクロード家とは前大戦の敗戦から関係悪化が始まったそうです。……今はこの土地もこんな有様ですが、昔は棚田が美しく景観に優れた土地だったそうです」
二人で立ってアンチェインズ領を眺めたあの丘。あそこから見える色とりどりの棚田が観光名所だったそうです、とテスは一枚の絵を虚無な目で見つめて語った。
「その棚田が壊滅したのが、何を隠そうヴァルシバルのパーティー、彼らがこの土地で戦ったからです。前大戦の均衡が崩れた経緯はご存じですよね?」
「ああ……」
各地で繰り広げられていた戦い。今もそうだが、聖族は兵士の物量差を武器に、魔族は魔力をベースにした個人の力量を武器にして作戦を展開していた。
そこに現れたのがヴァルシバルという存在だ。聖族において魔族の身体能力にも勝る規格外の男。
彼とそのパーティーは気づかれぬように山岳地帯を越えて魔族領に入り、各地を奇襲しながら魔王の領地へと突き進んだという。
「アンチェインズ領は快進撃を続けるヴァルシバルを倒すべく、この土地を戦地として敵を誘導、それと同時に各領地から兵を集いました。……しかしネクロード領はそれを拒み、敗戦の後、立場を悪くしました」
「それであんな風に絡んできてんのか? 完全に逆恨みじゃねぇか」
「そうなのですが……、それはあくまで動機。今回の行動を起こしたのには、別の理由があると睨んでいます」
俺は深く溜息をついて答えた。
「それがフェーテルの存在、か。しかしどうやって彼女を仲間にしたんだ……」
テスが短くシッ、と口に手を当てて言葉を遮る。間もなくして扉がノックされた。
「御二人方――」
レイデイだ。声を低くして、囁くように扉越しに声を送ってきている。
「――きっと発たれる企てをしているかと思います。逃げるにせよ、救出に行くにせよ、私には止める権利は御座いません。ですが、御二人方の旅路の助けになるであろう物を揃えました。……どうかご無事で、お嬢様」
気配が遠ざかってから、テスがゆっくりと扉を開けて廊下に置いてあった大きな鞄を部屋に引き入れた。
「どうやらバレていたみたいですね。昔からレイデイさんには頭が上がりません」
「もしかしてテス、お転婆だったりした?」
舌をペロンと出してイタズラっぽく笑うテスだった。
※※※
日が暮れてから俺達は部屋を抜け出した。屋敷内に残っている人はほとんど無く、悠々と抜け出すことができた。恐らくレイデイの配慮だろうとテスは分析していた。
で、問題は外に出てからだった。顔と頭に包帯を巻いている俺達の装いでは明らかに怪しい。しかしそれもまたレイデイの気遣いによって解決を得た。
俺達はアンチェインズ家の密偵としての正装を手に入れたのだ。さらに馬まで用意されていた。
鼻筋と目を覆う仮面を被り、白無垢のローブへと袖を通す。そしてフードを被って俺達は闇夜へと駆け出した。
「ところで父上がどこにいるか、わかってるのか?」
「耳にした情報から推測すると、ネクロードの領地でしょうね。恐らくそこで決闘が行われるはずです」
「け、決闘!?」
「古くて野蛮なやり方と思うかもしれませんが、元々領土を拡大させるためには力を誇示する事が重要でした。他領の領主を力で屈服させて服従させる。現代でも複雑な問題が発生した時、原点回帰的に行われるのが決闘なのです」
個体差が大きく、個人の持つ力が絶大であり得る魔族らしいといえばらしいのかもしれない。
「……その決闘にはルールがあんのか?」
「敗者は勝者に絶対服従。力の制限無しの一対一での闘い。そして、リングスさんの思惑通り代理人による決闘も可能です」
それを聞いてレイデイが装いを用意してくれた理由に納得がいった。
口角を上げて馬を加速させる。
「オーケー、なら話は早い。殴り込みと行こうぜ!!」




