第30話 尊き犠牲は誰が為に
テスとの再会後、すぐに領主の顔に戻ったアルテニオは大股で歩いて扉の外に人がいないことを確認して、鍵を締めた。
そして一つ咳払いをして言った。
「では、何があったのか、聞かせてもらおうか」
あくまでも帰還した密偵に対応する一人の領主という体面を崩すことなく、アルテニオは淡々と言った。
――おい、ウィンドウ。ここで真実を話しても安全か?
【肯Σ】
肯定……だよな? テスとの共鳴効果によって魔族の言葉が理解できるというのに、ウィンドウは未だに完全に読み解けない。ウィンドウに聞きたいことは山ほどあるのに、依然としてこいつの言葉は理解できそうでできないでいる。
「まぁ座ってくれ」
アルテニオがソファに座りながらテーブル越しの対面のソファを指し示した。その言葉で意識を彼に戻す。今はアルテニオへの対応が先だ。
テスが座り、居住まいを正してから静かに口火を切った。
「まず始めに、こちらの方は何があろうと私の恩人です。だからこれから知る事に対して、取り乱さないと誓ってください」
「ああ、分かった、アンチェインズの名において、誓おう」
覚悟は出来ていると言わんばかりに口を固く結び、アルテニオは俺を凝視する。
「……いいんだな、取るぞ?」
俺はソファに腰掛けてから頭の包帯を外した。アルテニオの眉間に皺が寄り、一呼吸置いてから「まさか」と呟いた。
「ああ、そのまさかさ。あの都市で出会い、そして彼女に命を救われた」
短く、端的に言葉を並べる。
アルテニオの顔には形容しがたい色が浮かんでいる。
「言わなくてもわかってるとは思うが、争うつもりはない」
「ああ、それは……わかっているが、頭の処理が追いつかなくてな」
長い年月"敵"と認識してきた種族が突然目の前に現れればそうもなるか。まさに俺もそうだったから彼の気持ちが良くわかる。聖族と魔族の交流とはそれほどまでにあり得ないことなのだ。
アルテニオは眉間を抑えながら深く息を吐いた。
「だが、確かに彼女の能力ならばあり得る話か。……いや、待て!ということは君は彼女とそれほどまでっ、……共鳴する程に深い関係だと!?」
身を乗り出して訴えるアルテニオに気圧されて上体を背もたれに押し付けながら必死に弁明する。
「落ち着けって!まだ何もしてねぇ!」
「ま、まだッ!?」
テスが大きく咳払いをして俺達の注目を集めた。いや目つきからして威嚇に近い。
「私達は助け合い、力を合わせて地獄から抜け出しました。その先で恩人に、出会いました。彼女のもとで自分達の身を護れるように、戦う術を教えて貰った。だけどその先に待っていたのは……悲痛な恩人との別れ。向こうでも追われる身となった私達は策もなくコチラに逃げてきたのです」
訴えかけるようなその言葉は、確実にアルテニオの心に深く刺さったようだ。
「そう……か……。礼を言うべきなのだろうが、少し時間が欲しい。まずは、君のことを個人として知る事が先決、なのだろうな。そして、ここでも安全な場を与える事は叶わない、……すまない」
重たい沈黙。領主として聖族の殲滅に努めてきたからこそ、壁がより分厚いのだろう。
その沈黙を破ったのは外の騒ぎ声だった。アルテニオは反射的に腰を上げ、窓際へと近づいた。
「見ろ……名も無き密偵衆よ。あれが昨今魔族領を騒がせている愚か者共だ」
俺とテスは視線を交わしてから窓際へと移動したが、思った以上の騒ぎに窓の影へと身を隠す。そして顔だけを覗かせて外を見下ろした。
先ほどの門兵を始めとした多くの兵士が門を固めている。しかし門が吹き飛び、それが容易く破られた。
煙る門壁から姿を現したのは……テスに似た少女だった。しかし似ているのは面影だけだ。よく見ると彼女よりも幼く、ただでさえ色白なテスよりも白く、病人のような顔をしている。
隈のある目尻を垂らし、薄青い唇を吊り上げてアルテニオを見ている。
「やはり……フェーテル、なのですね」
テスの言葉にアルテニオが頷いた。
いくつもの疑問が浮かぶ間にも、門前の騒ぎはさらに加速する。青白いテスの背後から、背中で手を組んだ燕尾服の男が悠々と歩いて現れた。
そしてこれ見よがしに、大きく息を吸った。
「領主アルテニオよ! 王権からの遣いを連れて馳せ参じた! さあ断罪の時だ!」
まるで劇でも演じているような芝居がかった口調。事情は分からなくてもイラッとくる。アルテニオは顔をしかめながら「卑怯者のネクロードめ」と小さく溢して窓に背を向けた。
「……行ってくる。王権からの遣いを待たせるわけにはいかないからな」
重たい足取りで部屋を出ようとするアルテニオの裾を、テスが掴んだ。そして間違いに気づいたように、離す。
しかしアルテニオは振り返り、その手を取ってテスを引き寄せて抱き締める。父親の胸の中でテスが涙声で「必ず戻ってきて」と呟くのが、辛うじて聞き取れた。
アルテニオを見送った後、再びレイデイの案内で貴賓室に通された。
「しばらくはコチラでお過ごしになられますよう、ご主人様から仰せ使っております。御不自由のないよう、との事でしたので、何なりとお申し付け下さいまし」
スラスラと言い切って、ピシッと退出したレイデイが十分に離れたのを見計らって、俺は意を決してテスに問いかけた。
「そろそろ……教えてくれないか? フェーテルの事を」
テスは貴賓室に飾られている絵や調度品を見て懐かしそうに目を細めている。そのうちの左右対象に描かれた抽象画の油絵を見ながらポツリと話し始めた。
「私には、妹がいました。魔族にとって子どもを二人授かる事は、とても稀であり、危険な事なのです。……母の命と引き換えに産まれた妹、その子がフェーテルです」
俺は黙ってソファに腰掛けた。テスの話を聞くと、対象に描かれた抽象画が向かい合う二人の子どもの絵に見えてきた。
「以前話しましたが、私達のような階級家庭は策謀に晒されます。だから、二人目を授かったとしても……」
「隠されるわけか……」
子ども二人を誘拐や暗殺から護るよりも、最初から居ないものとして、そして万が一の時の保険として残しておく。無慈悲だが合理的な判断なのかもしれない。
そして恐らくアルテニオはもう一つ、残酷な決断を下している。
テスは頷き、一呼吸ついた。そして俺の向かいに座り、ソファに身を預けて言葉を吐き出した。
「……もう、察しているかもしれませんが、フェーテルは私の代わりに死刑になりました」
感情の乗っていない、淡々と事実を曝け出す声は続く。
「あの子は、ずっと地下で暮らしていました。たまに許可が下りて遊びに行くと、目を輝かせて私に抱きついてくるんです、お姉ちゃんって、大好きって。
なのに、お父様が私の代わりにフェーテルを処刑台に立たせるって決めた時、私は内心ホッとしてしまった! あの子は、自分がこれから死ぬ運命だと知って、初めて外に出る事ができた! ママの命を奪った償いだと、大好きなお姉ちゃんが生きていてくれるなら喜んで犠牲になるって!!」
気づけば悲痛な叫びとなっていた独白。俺は静かに立ち上がって大きく溜息をついた。
テスが生きなければならなかった理由。――受けとった思い。
テスが犠牲の上に成り立つ命を心の底から拒否する理由。――重すぎる意志。
「ずっと、抱えていたんだな」
その思いを踏みにじるネクロードが許せない。
機会があればこの手でぶっ飛ばしてやりたい。
――その時は力を貸してもらうぜ、ウィンドウ。
何を失うとしても、この力をテスの為に使うなら怖くはない。そう思えた。




