第26話 生涯の終わり
マァルが異変に気づいたのは、夜半時、ゴースト狩りを始めてすぐのことだった。
リングス達のいる街から休憩の為にマァルの庭に戻った霊鳥。廃墟都市へ向けて再出発した直後、何者かによって霊鳥は射抜かれた。
「――ッ! 霊鳥をつけられた!? 不味い!」
襲撃を予感したマァルは、リングス達への警告として、霊鳥の最後の力を振り絞って森から街道へと這いずらせた。生命の燃え尽きる苦痛を共有しながら。
家中の魔力ポーションを鞄に詰め、ゴーストの彷徨う庭へと出た。
(真夜中であったのは幸いね。ごめんなさい、ゴースト達。結局、あなた達全員に安らぎを齎すことはできなかった。そしてまたあなた達を利用してしまう)
廃墟都市の住人達への懺悔を済ませてから、ゴーストを誘き寄せる為の魔力草を残らず刈り取った。ゴースト達はマァルの庭の魔力を存分に吸い取ってから、森の中を移動する生命へと向かって解き放たれた。
「アナタと暮らして何年になるのかしらね。こんな形で争いに巻き込んで、ごめんなさいね」
中央に位置する大樹、霊樹の幹に触れながら、我が身のように慈しんだ。
マァルの庭を満たす魔力は、中心に位置する霊樹が呼吸のように供給している。もはや魔力無しでは肉体を正常に維持できないマァルにとって、霊樹こそが魔族の角と同じ生命線なのだ。
そして霊樹にも寿命はある。霊樹から供給される魔力量の低下を感じていたマァルは、己自身の死期が近いことを悟っていた。
(だからこそ、あの子達に出会えたことは、運命的だった)
ここ最近の騒がしい日々を思い出して、笑みが溢れた。
しかし森の中でゴーストの魔力が次々と消えていくのを感じ、気を引き締める。間もなくして、木々の隙間からぞろぞろと武装した人間が現れた。
マァルは威圧の為に、魔力に自身の声を伝播させて言葉を届ける。相手は耳元で囁かれたように感じるはずだ。
「いちおう聞くけど、何の用かしら」
群衆がざわめく。
しかし幾人かの正装をした兵士、つまり騎士がそれを統率した。
「魔女に誑かされるな! 火を放てッ!」
火矢が一斉に放たれる。それに混じって炎元素の魔法も放たれた。
波のように押し寄せる赤。
マァルは杖を大きく振って魔力に自身のイメージを伝えた。
ズズンッ……と地鳴りが響いた。
それと同時に空中にあった矢や火炎が地面に引き寄せられるように堕ちた。兵士や騎士も頭上からの圧に抗うように、膝を震わせている。
重力魔法。マァルがこの空間内でだけ使用できる特異魔法。それを庭全体に発動したのだ。
それに合わせて声も届ける。
「今のうちに帰るならば、ここで終わりにしてあげるわよ」
しかし眩い光が周囲をつつみ込んだ。それと同時にパァンと風船が弾けるような音が響き、重力魔法による荷重が消失した。
「【清浄の燐光】! 我こそは聖教騎士隊、副隊長カルマ・エンデュランス! 我が権能を行使した!」
若い声が高らかに響いた。自身の正義を絶対と信じ抜く傲慢さが鼻につく、そんな感想をマァルは抱いた。
(権能、厄介ね……)
権能とは教団員に与えられる力であり、憑いている天使の力を一次的に借りるものだ。マァルは今の権能が魔法の消失と睨み、打開策を思案する。しかしその間にも、再び炎が束となって襲い来る。
「ダメっ!」
咄嗟の魔法の使用。再び魔力が高重力へと変化し、堕ちる。
しかし全てを堕とすまでの範囲と威力は出なかった。
霊樹に火矢が当たり、火の手が上がる。
(……手詰まりね。でも権能の性質も見えた。それならそれで、あとは爪痕を残すだけよ)
勢いづいてマァルへと向かい来る敵。
マァルは怒りを表に出して、杖を放射状に振った。
今度は重力魔法ではない。魔力を斬撃に変化させて放ったのだ。
不可視の刃によって、斬られたことすら気づかない兵士達は赤い鮮血を吹き上げながら倒れていく。
しかし騎士はそう簡単にはいかなかった。
スキルや盾を使って斬撃を掻い潜って接近してくる。
(さすがは精鋭、といったところ……!)
マァルは背筋に伝う汗を感じながら、魔力ポーションをひと息に飲み干し、騎士に向けて重力の黒球を放つ。しかし再び破裂音によって魔法が掻き消えた。
(あの権能はフィールド展開タイプではなくて発動タイプ。そして再使用に必要な時間は十秒といったところかしら)
すかさず騎士達へと魔法を畳み掛ける。炎や雷、斬撃や重撃。思いつく限りの攻撃のイメージを魔力に込めて放った。騎士達は猛攻を前に、前進することができずに防御に徹する。しかし再び権能が放たれ、魔法が掻き消えた。その瞬間に、じわりと距離を縮められる。
最後列で勝誇った笑みを浮かべる副隊長の男を睨みつける。視線が絡み合う中、騎士達の動きがピタリと止まった。
(思考共有ね……騎士達に与えられる基礎的な権能、だけど侮れない)
司祭が天啓を得るように、騎士達は思考を共有する。集団戦を基本とする聖族にとってはこれ以上ない能力だ。
(でも何故攻撃の手を止めたの……?)
睨み合いの緊張状態が続く中、疑問に答えるように庭に侵入した二つの存在を感知した。リングスとデスティニアだ。
(よかった、これで意志を繋げる。でも急がないと)
マァルは二人に向かって、したためておいた手紙を縮地魔法によって送った。しかしそれで大人しく逃げてくれる二人では無いことも理解していた。だから緊張状態にありながらも、二人へと声を届けた。
霊樹の呼吸が浅くなっていく。滞留している魔力を媒介とする魔法の維持が困難となってきた。二人に言葉がちゃんと届いたかもわからない。
天の悪戯のように、二人への間に焼けた枝が落ちてきた。でも、彼らが庭を後にした事が感知できた。
(最期に、楽しい日々をありがとう)
騎士達が一斉に向きを変えて、二人を追走しようと試みる。しかしマァルの杖先から炎が走り、壁となって止めた。
(ああそっか、もう庭を気遣う必要もないのね……)
煙と熱が充満し始めた庭を見渡し、マァルは決意した。霊樹に手を当てて、残された魔力を放出させる。そしてその魔力を媒介にして全力を注いだ魔法を放つ。
庭全体に高重力がのしかかる。しかしその重力は敵を押し潰す為ではなく、空気を循環させる風を巻き起こす。その風に、霊樹を蝕む炎を利用した炎の嵐を乗せた。
瞬く間に一帯は炎の海によって阿鼻叫喚となった。
(これなら魔法を消されても……)
自らの身を焦がす炎に包まれながらも、マァルの心は穏やかだった。
「これで……良かったのよね、ヴァルシバル」
見る影もない庭に、リングスとデスティニアが訓練に励む幻影を見た。焼け爛れた顔に自然と笑みが浮かんだ気がした。
マァルの生涯は後悔に塗れたものだった、しかし意外にもその最期は安らかに閉じることができた。
※※※
「アァァア!! 早くこの痛みを何とかしろぉ!」
聖騎士隊、副隊長カルマは身体中に疼く火傷の痛みに悶え苦しんでいた。いや、本当は痛みなどとうに治癒魔法で癒えている。本当に苦しいのは、屈辱を与えられた心だったが、天才として若年でこの地位にまで上り詰めたカルマはそれを認めたくなかった。
賢者マァルに最期の足掻きによってエーテリアを始めとした各所から寄せ集めた兵士達は全滅。騎士隊もまた二十人もの犠牲を出した。それは騎士隊の約三分の一を失ったことを意味する。
(やっと目の上のたんこぶが消えたと思ったら、この失態!)
一向に響かない治癒魔法を施している隊員を押しやり、カルマは歯茎を剥き出しに叫ぶ。
「消えろ、この役立たず! ああ、火傷が疼く! ……天使よ、この痛みを消し去れ! そしてこの雪辱を晴らす力を我に与えろ!」
敬意も何も籠っていない祈りを捧げた。しかしその途端、周囲の時が止まったように感じた。身体を動かそうとして気づく、止まっているのは自分の体も例外ではないと。しかしまるで魂が体から抜け出したかのように、意識はハッキリと、そして俯瞰して自分自身を見ることが出来ていた。
(あれは……なんだ?)
程なくして天から光が降りてきた。正確には光を纏う存在だった。そしてソレはカルマに語りかけてきた。
「傲慢なる人間、力が欲しいというのなら与えよう。だが強大なる力には枷が必要となる」
(なんでもいい! 残る一人の追放者、リングス・フォーチュン! それとその協力者の魔族の女! 奴らを探し出して八つ裂きにするための力を寄越せ!!)
ソレは神々しい見た目に反した下卑た笑みをニタリと浮かべた。
「契約成立だ。その身体を我が依代とする」
(……はっ? それってどういう)
瞬間、まるで深い穴に落ちるような感覚に襲われた。自分の体を離れ、深い深い闇へと落ちていく。そして井戸の底から見上げたように、点として見える光から、己の体が勝手に動いている光景を目の当たりにした。
「……残る隊員を集めろ。天啓を得た、奴らは魔族の領地に向かっていると」
――違う、それは俺の言葉じゃない。
「で、ですが、我々騎士隊は領地の秩序維持が任務。戦争への介入は天使様達の許可が」
言葉を返す隊員に殺気の籠った視線が送られる。いつも飄々としていた副隊長の異変に戸惑いながらも、命令を受理できないでいる隊員に、冷たく言葉が放たれる。
「その天使様からの天啓を頂いたのだ。何としてでも奴らを殺せと」
その鬼気迫る迫力に隊員は唾を飲み込み、返事もせずに駆け出した。
それを遠くから眺めながらカルマは声にならない声で叫んだ。
――違う、それは俺じゃない!
第二章、完
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