第25話 囁かれる声
俺達は暗闇の中、街道を走った。背後に火の手が上がる街が遠ざかっていく。罪悪感を置き去りにして、焦燥を胸にひたすら走る。
「リングスさん! 追っ手が5人! 馬で来ます!」
「チッ! ……いや、好都合か」
俺とテスは止まり、追っ手を迎え討つために体を翻す。相対した騎兵達は剣を引き抜き、叫んだ。
「この魔族と叛逆者め!!」「覚悟しろ!!」「隊長の敵!!」
迫る蹄の音と罵声。しかしテスはどこ吹く風で手を前にかざす。
「【アイシクル・ランス】!」
テスの氷槍が横一列の陣形の中央にいた騎士隊員を穿った。その死体が地面に落ちるのと同時に、クナイを持ったテスが空いた馬を飛び越えながら中央突破。その道すがら、風のように二人の首を掻き斬った。
「魔族とバレているのなら、もう手加減はしません」
圧倒的な力を前に騎兵達は馬を止め、どよめく。
俺はその隙をついて一人、後ろから突き刺した。
数拍遅れて騎士の悲鳴が上がる。
瞬く間に残り一人となった隊員は、恐怖に震えて歯を鳴らしている。可哀想とも思うが、情報を握られている以上、生かしておくわけにはいかない。
近づく俺に怯えた目を向けた瞬間、首を一突きにした。
馬を手にした俺達は速度を上げてマァルのいる森へと駆ける。朝日が昇り始め空が白みだす。焦りで手綱に力が籠る。
そんな俺を気遣ってか、テスが声を張り上げる。
「リングスさん、もう一度状況の確認を!」
「わかった! 騎士隊長のピラーに霊鳥を目撃された! あの言い方からして、既に部下に追跡させているはずだ!」
「つまり、まだマァルさんの居処が見つかったわけではない、という事ですよね!」
「今はまだ、な! ただ、どうやら生き残りの追放者は俺とマァルだけらしい!」
考えてみれば、ベベルの爺は俺が廃墟都市にいることを知っていたはずだ。しかもベベルからの特命だとピラーは言っていた。
そんな時に傷を負って現れたバンダースナッチが廃墟都市へと帰っていった。
追放者達が関係していると憶測されるのも自然な流れだ。
「バンダースナッチ捕獲はブラフ、撒き餌に使われた可能性が高い!」
向かい風に負けないようにお互い声を張り上げる。
正直言ってあの激闘の後だ。身体は軋み、そこら中痛む。それにあの力の代償なのか、精神的な疲労を感じる。いや、疲労というよりは虚無感……か?
いったい俺は何を犠牲にしてあの力を手に入れたのか。それを思うと急速に不安が沸き上がる。
その不安を後押しするように、黄色いウィンドウが立ち上がる。
【急≮!マァル§危なη!
突然のことで手綱を握る手が力み、馬がよろけた。それをテスが自らの馬を制して押し戻してくれた。
「大丈夫ですか!? 休憩を取ってもいいんですよ?」
「今ウィンドウがマァルが危ないって……」
「……急ぎましょう!」
テスから放たれる怒りによる魔力の波動。そこからは、もう魔族であることを隠さないという意思を感じた。
馬を走らせながらテスの波動を感じていると、マァルが教えてくれたことを思い出す。この波動は言わば物を燃やした時に出る煙なのだと。それを最小に留めるように魔力を消費することで、限りなくバレにくい魔力行使が可能であると。
ピラーとの戦闘時のテスは完璧にそれをこなしていた。
俺もテスも強くなっている。だけどまだ、教えてもらいたいことは多くあるんだ。
途中、霊鳥の死体を見つけた。矢が刺さり、多量に出血したようだ。その出血状態の中で、這ってこの街道まで出てきた痕跡がある。
きっと俺達に見つけてもらうためだろう。
「……ありがとう」
馬を止めることはできない。だけど霊鳥へと確かな敬意を送った。
そして遂に庭への入り口へと辿り着いた。馬を手放し、森の中をひた走る。少しして、焦げ臭さが鼻についた。
――まさか、そんな。
「ああっ、クソッ!」
密集する枝葉が邪魔だ!
悪態をつきながら草花を掻き分けて、ついに森を抜けた。
目に入った庭は、色を赤く染めていた。
炎と血だ。
大樹の葉っぱに火がついて燃えている。そして芝生にはエーテリアの兵士と騎士隊の死体が転がっている。
俺達が安らぎを得ていた空間が冒されている。そのことに言いようのない怒りと悲しみが沸き立つ。
歯を力一杯食いしばる俺の裾を、テスが引っ張って指差した。
庭の一角、大樹の陰となる場所。火の粉が降り注ぐ中、騎士隊とマァルが対峙していた。
俺達に気づいた様子で、マァルはこっちを見て微笑む。
そして杖を小さく振った。
空間が歪み、戻る。
しかし俺達を移動させたわけではなかった。
何が起こったのかと目を丸くする俺達の目の前を、一枚の紙がヒラヒラと落ちていく。
それをキャッチして広げると、マァルの筆跡の手紙だった。
『どうやら私は騎士隊の手の平で踊らされてしまったみたいね。まだ教えたい事は多くあった。けれども、貴方達は私にとっての希望。こんな所で希望を散らせるわけにはいかない。だから、どうか生き延びて』
サッと目を通し、テスに渡す。テスは口に手を当てながらその手紙を握りしめた。
「……逃げろって事か?」
俺の呟きに対して、まるでマァルが耳元で答えたように声が届いた。
「違うわ。ここを襲撃された時点で、私にとっては負けなの。……ここから出ることができないから」
唇を噛み締めていたテスが悲痛な声を出す。
「まだなんとかなるはずです! 私達も加勢しますから、殲滅してここを立て直しましょう!」
「霊樹である大樹に傷がついてしまった。既にこの霊地空間は崩れ始めているわ」
その言葉を体現するかのように、遠くから送られてくる声にノイズが混じり始める。
「……あとは……お願……い」
プツリと声が途絶えた。そしてマァルとの間に大きな枝が焼け落ちた。もう彼女の顔を見ることも叶わない。
「……行こう、テス」
「ですが!」
「廃墟都市でも生き延びた事で先が繋がった。そして成すべき事が見えた。そのための地力も鍛えられた。……だから今は、次に繋げるために、生き延びる事を優先しよう」
屁理屈を並べたが、一番はやっぱり、マァルの思いを無駄にしたくなかったからだ。
テスは俯いて拳を握りしめて吐き捨てる。
「でも、私はまたっ! ……もう犠牲を払ってまでも生きたくない」
また……。恐らく処刑から生き延びた時のことを言っているのだろう。
固く握られた拳を解いてあげて、手を繋ぐ。
「だけど託された思いがあるんだろ? 必ず、マァルの願いを達成しよう」
そしてグッと引き寄せて強く抱き締める。
「マァルの希望となれるように、生き延びよう」
「……はい」
俺達は火の手の上がるマァルの庭を後にした。マァルが生涯をかけて研鑽した技術。それを魔族の虐殺の為に使わせない、そう心に誓いながら。




