第22話 急転直下
ウィンドウの示した【?】。
色味もほぼ透明で警告でも無ければ安心材料にもならない。つまり……ウィンドウにも計り知れない男。
その男が俺の隣に並び、宿屋の熊オヤジに向かって陽気で大袈裟に天を指し示す。
「天使様は常に我々の行いを見ていらっしゃる。彼らがこの国にいられるということは、聖王国のために尽くしてくれているという証だ。だから彼らにも部屋を貸してやってはくれないか」
その言葉を受けてもなお、熊オヤジは目線を落として渋る。
「とは言ってもよぉ、旦那。今日は既に商隊の人達で部屋はほとんど埋まってるし、残るは予約の入っている一部屋だけ」
「ああ、なるほど。私がその予約した旅人、名はピラーという。照会してみてくれ」
オヤジが帳簿を指でなぞり、慌てて口を開こうとした。それをピラーは人差し指で止めた。
「レディを野宿させるわけにもいかないからね。部屋を彼らに譲るとも」
男、ピラーは陽気に言ってのける。
得体の知れない好意に気味悪さを覚えて拒否しようとしたが、テスがいる以上部屋を確保する方が先決か……。
「はぁ〜、わかりました、ピラー様。部屋は都合つけますんで少々お待ち下さい。……おいガキども、この方に感謝しろ! ほれ、さっさと記名しろ、前払いだぞ!」
オヤジは1枚の紙とペン、それと鍵を投げて寄越し、裏へと急いで消えていった。
「相……部屋か……」
遠慮がちにテスを見ると、彼女はにこやかに頷いた。
耳まで赤くなるのを感じながら、俺は適当な偽名を記入して、金を置いて鍵を受け取った。
「アンタ、助かったよ」
ピラーへと謝意を伝え、二階にある部屋へ向かおうとした。が、その男に呼び止められた。警戒しながら振り向くと、ピラーは柔和な笑顔で言った。
「良い旅を」
俺とテスは会釈をして、今度こそ部屋へと向かった。モヤモヤした気持ちのまま、鍵を開けて扉を開く。しかしなかなかに広くて綺麗な部屋で少しばかりテンションが上がってしまう。
ベッドはもちろん、大きめのソファもある。寝るのには困らなそうだ。
部屋に入るなり、俺はソファに身を沈めて深く息をついた。
「ふぁ〜、緊張したぜぇ」
「交渉、ありがとうございました。お陰様で良い部屋に泊まれます」
部屋の内装を見て回りながら、テスが楽しげに言った。
しかしそこで会話が途切れ、沈黙が訪れた。窓から入り込む外の雑踏が沈黙を際立たせる。
我慢できずに俺は適当な話題を持ち出した。
「なぁテス」「あの、リングスさん」
「「あっ」」
2人同時に喋りだしてしまって、恥ずかしさにお互い照れ笑いを持ち出す。
「ふふ……なんか、その、緊張しちゃいますね」
「あぁ、今までだって二人でいる時間はあったのにな」
テスが窓際に移動して、暗く染まった路地を見下ろす。
「これが、観光だったら良かったのに」
「そうだな。……聖族も魔族もない、俺達でそんな世の中を作ろうぜ」
「ふふっ、そうですね。また一つ、動機ができましたね」
そう言うテスの背後で、バサリと羽音が窓の手摺に着地する。マァルの霊鳥だ。霊鳥を招き入れ、窓を閉めたテスが俺へと言う。
「リングスさん、マァルさんとの情報交換はやっておくので、温泉に入ってきたらいかがですか?」
「いやだけど……」
テスが頭を指差す。
「そうか、そうだよな。わりぃ、またやっちまった」
「いいえ、それだけリングスさんが私の事を一人の人間として見てくれているという事だと、前向きに受け止めています。あっ、気を使って入らないはダメですよ?」
俺は頭を掻きながら、溜息混じりの笑みを浮かべた。
「ははっ、テスには勝てねぇや」
星空の下、温泉に独りで浸かりながら、俺は追放されてからのことを思い返していた。
その記憶の中の大半を占めるのはテスだ。
協力者だった彼女の存在がどんどんと大きくなってきている。
彼女を一人の人間として見ている、か。
実際、俺達と魔族の外見上の違いなんて角が有るか無いかだけだ。生態は確かに違うけど、相対するものでもない。
――俺達はなんで争っているんだろう。
不意に湯煙が揺らぎ、温泉とは違った空気が混ざり込む。脱衣場の扉が開いたのだ。
控えめに闖入者の正体を確かめる。
「おや、少年。いや、リグス君だったかな」
その正体は、得体の知れない男、ピラー。正直、今一番会いたくない人物だ。ちなみにリグスはさっき適当に書いた偽名だ。
「えと、ピラーさん、だよな? さっきは本当に助かった。そっちも無事に部屋は確保できたんだな」
「ああ、親父さんが便宜を図ってくれたよ」
そこで会話は途切れ、ピラーは身体を洗い始めた。その間、湯船に浸かりながら考える。コイツに探りを入れるべきか、関わらずに部屋に戻るべきか。
――無事に作戦を遂行させる為にも、不確定要素はハッキリとさせておくべきか。
俺は静かにピラーが湯船に浸かるのを待つ。
少しして、水面が揺れて、静かに水かさが増えた。首を傾けてピラーの方を見る。やはり鍛え抜かれた肉体、そして相当な傷痕が刻まれている。
「凄い肉体だな。相当鍛えてるみたいだが、……旅人、なんだよな?」
「今はね。これでも年は結構いっててね、前大戦ではそこそこ活躍したのさ。この肉体と傷はその功柄だね」
ピラーは手拭いで汗を拭きながら夜空へと視線を向けた。
「だがこの傷が時々疼く。そんな時はこうして旅に出て癒しを求めるんだ。……君達を庇ったのも、遠回しに自分を擁護したようなものさ」
「そうか、そんな大層な御仁に失礼な口の利き方をして悪い。けどこんな口調しか知らなくてさ」
ピラーは「構わないさ」と陽気に笑って許してくれた。
「しかし大丈夫かい? 長湯しているみたいだが」
――あまり詮索しても不審か。
「そうだな、そろそろ出るよ」
身体を湯船から上げたところでもう一つだけ問いかけた。
「アンタは、俺達の事を不審に思わないのか?」
ピラーは肩を竦めるだけで答えなかった。
ピラーを信じていいものかと考えながら部屋に戻る途中、ロビーであの熊オヤジと遭遇した。オヤジは暖炉に当たりながら椅子に座っていた。
「ああ、アンタ……」
そう言って席を立ったオヤジは俺の方へと歩み寄る。心の中で身構えながら、オヤジの動向を見守る。
俺の前に立つと、オヤジはバツが悪そうに喋り始めた。
「さっきはすまなかった。あの旦那の言う通り、前線に立つ事が全てじゃないよな……」
目線を泳がせながら謝るオヤジに少し拍子抜けする。
「なんだ……もしかして俺が通るのを待ってたのか?」
「いや、まあ……俺はよ、戦場に出た直後に戦争が停戦したんだ。だから高まった戦意をずっと燻ぶらせていた。だけどよ、また開戦した頃にはもう身体は言う事聞かなくて、こうして店を切り盛りしているわけよ」
熊オヤジの不器用ながらも謝意の籠った言葉を、俺は素直に受け止める。
「無念を託したかったってわけか。まぁ、俺達は晴らせないけどよ――」
赤い警告が眼前に浮かぶ。
視界が赤に染まる。その勢いと危機感に、思わず数歩後ずさる。
直後、斜め後ろから光が走った。
それに巻き込まれた宿屋の店主が一瞬にして掻き消えた。
光線は壁に店主の影を残して焦げ跡を作った。
「……はっ?」
光線の出所を見る。
光の剣を作り出しながら俺の方を見てほくそ笑む男が立っていた。
「ピラー! テメェ、どういう――」
浮かぶ警告。ピラーが切先を向けた。その矛先から逃れるように半身で半歩下がる。
光の剣が矢のように放たれ、光線が走る。
熱気を感じながらも、光をやり過ごした。
「先程、奇妙な鳥が飛び立ったのを確認した。だからお芝居も終わりだ、追放者」
「はっ、テメェが敵だって事以外、意味分かんねぇぞ!」
ピラーは目を細くして笑みを消した。
「私は聖騎士隊、隊長ピラー・リガヴール。残る追放者は貴様、リングス・フォーチュン、そして隠遁せし賢者マァル・サークレット、その手掛かりを手に入れた」
ピラーは両手で光の剣を手にして構えた。
「だから、死ね。リングス・フォーチュン」




