第21話 浮かび上がるは【?】
エーテリアと騎士隊をやり過ごした翌朝、俺達は三叉路に到着した。
「ハーラ村の芋煮、また食べたいですね」
テスが三叉路から右へ分岐する道を遠い目で見つめている。
「そうだな、だけど今はコッチだ」
ハーラ村への道に背を向けて歩き出すと、テスも追随してきた。
「……いつかまた行こうな」
「はい!」
街道を歩き始めて少しして、荷馬車が通りかかった。金を払えば乗せてやるというので、乗せてもらうことにした。金ならマァルからたんまりと貰っている。
「……リングスさん、少し焦ってますか?」
「あぁ、そうかもな」
揺れる荷台の中で囁くように会話を交わす。
昨夜感じた混成部隊の気配は想像よりも大規模だった。そしてその部隊が放つ圧は、離れていても容赦の無い殺気として肌に刺さった。
奴らは信仰心に厚い奴らだ。魔族を滅ぼす為ならなんだって躊躇わずに実行する。
――そんな奴らと正面から戦うことになったら、俺はテスを守りきれるか?
テスが手を重ねてきた。俺は眉間のシワが深くなっていたことに気づいて、目を閉じて深く息を吐く。
「わりぃ、あんな殺気を人から感じた事無くてさ。でもテスは敵地にいるんだ、俺よりも過酷な環境にいる。弱音、吐いてられないな」
「共犯者だって言ったでしょ? 今やリングスさんも追われる身です。そういう精神的な疲労は吐き出したほうがいいですよ」
「……ありがとな」
テスに感謝を伝えたタイミングで馬車は止まった。
「アンタら着いたぜ。俺は荷卸に入るから降りてくれい」
御者に金を渡して俺達は荷台から降りた。
「立派な街……」
テスがしみじみと呟く。
レンガ造りの家がぎっしりと敷き詰められて、道を形作っている街並み。街の外周だからなのか、ぱっと見での往来は少ない。だけど街の中心から流れてくる空気は活気を運んできている。
「さて、さっそく宿を探そうぜ。ちょっといい宿に泊まるくらいの贅沢もできそうだ」
それに三食ウルフジャーキーはもう飽きた。
「あ、あの、私は町の外で野宿でもいいですよ」
街の規模と溢れる活気に気圧されたのか、テスがフードをグッと目深にかぶり、キョロキョロしながら言った。
流石にこの規模の人里となると躊躇するか……。
とはいえ街周辺は見通しの良い野原だ。野宿していれば目立ちそうだし、人里近くで野宿してれば、それはそれで訳ありですよと宣ってるのと変わりない。
「あー、気持ちはわかる。だけど一度部屋に入っちまえば逆に安全だろ? 街の外で待ってるか? 俺だけで部屋を取ってくるけど?」
「い、いえ! 一緒にいた方が安心できます!」
テスが勢い良く手を取ってきた。なんとも言えない気恥ずかしさを抱えながら、手を繋いで宿探しを開始した。
すぐに宿屋を発見したが、安さの代わりに大部屋タイプ。もちろん断念するつもりだったが、意外なことに満室ときた。
「へぇ、賑わってんだな」と呟くと宿屋の狐っぽい女将は嬉しそうに説明し始めた。
「そうなのよ! 一昨日、騎士隊の方々がこの町に泊まってねぇ! 良い人たちだし金払いは良いしでもう最高だったわよ!」
「そ、そうか。そりゃよかったな。でも一昨日の話だろ?」
「そうそう、騎士様達が行軍しているという噂を聞きつけた商人達が集まってきたのよぉ。まあ実際あの規模の人数を賄うのにいろいろ使ったから、ありがたいっちゃありがたいんだけどねぇ」
「まるでハイエナよ」と小声で言った女将の視線がテスへと向けられる。
「中心の方の宿屋なら個室があるわよ。空いてるかはわからないけどねぇ。それと、中心街はちょっとしたお祭り騒ぎだから、楽しんできな!」
「お気遣い、ありがとうございます」
テスは自然な笑顔でそう言った。
宿屋を出た俺達は、足を中心街へと向けた。
街の中心部は女将の言う通り、かなりの賑わいだった。
各地から集まった行商人の露店が立ち並び、テスの態度は緊張から好奇へと移り変わっていった。
各地の名物グルメを見て「わぁ、美味しそう」とか工芸品を見て「可愛い」とか、隣で目を輝かせているテスを見てこっちも嬉しくなる。
なので露店での腹ごしらえを理由に、少し見て回ることにした。その内に彼女の反応を見たくて俺も盛り上がってきてしまい、ツンツンと刺々しい饅頭を見かけて声を張り上げてしまった。
「おっ、ファランクス五人衆饅頭!」
「ファランクス五人衆?」
「そうそう、有名な逸話でよ、スキル『槍術』を持つ男ファランとその幼馴染のスキル『盾術』を持つ男が共鳴状態で暴れ回るんだ。そんで槍術仲間を集めて、魔族を薙ぎ倒していく!」
「へ、へぇ……」
ちょっと引き気味のテスを見て頭が急速に冷えた。
テス相手に魔族を薙ぎ倒すとか、馬鹿か俺は。
良い意味でも悪い意味でも、テスを魔族として見れなくなってきているのかもしれない。
「あっ、凄く綺麗なイヤリング!」
悪化した雰囲気を直そうとしたのか、テスが店先の宝石を見て大袈裟にはしゃいだ。それを見た店主の狸似オヤジが前のめりでまくし立てる。
「おっ! 嬢ちゃん、お目が高いね! しかもよく見りゃ可愛い! どうだい、フードを外してつけてみないかい? 半日付けて歩き回ってくれれば広告料としてタダにしてあげるよ!」
確かに良い広告になりそうだが、違った意味で大騒ぎになる!
フードへと伸びるオヤジの手。俺は慌ててテスとオヤジの間に割ってはいる。
「おおっと! わりぃ! そんな時間ないんだ!」
冷や汗をかきながらテスの手を引っ張って宿探しに戻った。
足は自然と街の賑わいから遠ざかっていく。
「宿、ねぇなぁ」
すっかりと暗くなり始め、どうせならさっきのオヤジに聞いとけばよかった、そんな後悔をしているとテスが俯き気味にポツリと溢した。
「……ごめんなさい、軽率でした」
俺は足を止めて、テスと向き合う。
「いや、俺こそはしゃいじまった。それにテスは仕方ないさ。聖族の町なんて初めてだろうしな。
目を引かれるのも分かるし、……テスがそうやって俺達の文化に興味を持ってくれるのが、その、嬉しい、……気もする」
俺は何を言ってんだ、と恥ずかしくなって視線をそらす。
その視線の先に宿屋の看板が目に入った。木造の小綺麗な建物で温泉付きの文字。これは期待できそうだ。
「まっ、とりあえず、今日の目標は達成だな」
俺が笑いかけると、彼女も笑顔で応えてくれた。
「あのー、部屋を借りたいんだけど!」
無人のカウンター越しに奥へと声をかけると、ドスドスと粗暴な足音が近付いてきた。ぬっ、と姿を現した熊のような壮年の男は俺とテスを見て眉を潜めて言った。
「ん? あんた方、商隊の方ですかい?」
「いや違うけど……部屋を二つ借りられるかい?」
男はさらに眉を潜めて言った。
「失礼だが、この町に来た目的を聞かせてもらえるか?」
「はぁ!? なんでだよ!」
俺は意図のわからない質問に焦り、思わず語気が荒くなる。
「まさか観光とか言わないよな? あんたらと同年代の子ども達は戦争の為に従事してるってのに」
うわっ、コイツこういうタイプか。面倒くせぇ……。
俺らの世代に難癖みたいに戦争がどうたらと、価値観を押しつけてくる。
いつもなら無視すりゃいいだけだが、今は大きな問題だ。
火の粉が掛からぬようにテスを下がらせて、俺が熊オヤジの視線を一身に受ける。
――さてどう切り抜ける。
「言えねぇんなら泊まらせられねぇなぁ。しかも女連れと来てやがる。せっかく神聖なる騎士の方々の威光を浴びられたってのに、アンタらみたいな遊び人が来たらご利益が――」
「何も戦線に出るのが、戦争の全てではないさ」
捲し立ててきた熊オヤジの言葉を、俺の背後から投げられた投げナイフのような言葉がピタリと止めた。
オヤジの視線が俺の後方へと移り、俺も釣られて肩越しに確認した。
外套を纏ったスラリと背の高い男がカウンターへと向かって歩いてくる。体躯や歩き方から伝わる鍛え上げられた肉体と運動能力。紳士的でありながらも発する威圧感。昨夜の混成部隊の群れの殺気に勝るとも劣らない、圧倒的な個としての存在感が発散されている。
心の中でウィンドウに問いかける。
――敵か、味方か、
浮かび上がったウィンドウには、一文字だけ書かれていた。
【?】




