第19話 清算
――ジャンカーウルフ達との戦闘から二週間。
昨晩はゴースト退治に勤しんだ俺は、少し遅めに起きた。昼前といったところか。
だというのに、家の中は静寂に包まれている。庭を覗いて見るが、そこにも人影はなかった。
マァルの私室をノックしても反応は無し。まだ寝ているであろうテスを起こそうか迷ったが………。
【∅∅∅∅】
と赤いウィンドウが扉に貼り付いたので、俺はノックを辞めた。寝起きのテスはたまに荒れるのだ。
「てか、ウィンドウが現れたって事はマァルは家に居ないんだな。まぁ賢者様なわけだし、いろいろあるんだろう」
俺はそう解釈して朝食の準備をするためにキッチンへとやってきた。そこでようやくマァルからのメモを見つけた。
『急用で少し出る』
乱れた筆跡で短く書かれたメモは、十二分に緊急性を主張していた。
何事かと少し頭を悩ませる。
――森への侵入者? 騎士隊がここを見つけたか?
いや、だとしたら俺達を起こすはずだ。
考えられるのは庭の外への用事。だけどそれ以上は考えても分かる気がしなかった。
「ウィンドウ、何か危険が迫ってるのか?」
【n】と青く短いウィンドウが浮かぶ。
「危険は無いって事だよな? ……とりあえず飯を作るか」
塩漬けされたウルフ肉を取り出してまな板の上に乗せる。
このウルフ肉はもちろんあの二頭のお肉だ。戦闘面だけでなく、肉体面でも糧になってもらっているわけだ。
マァルによって完璧な下処理と程よい魔力抜きが施されたこの肉はめちゃくちゃ美味、だったが流石に二週間毎日だと飽きがくる……。
なのでアレンジを加える。
まず塩漬け肉を軽く塩抜きしてから賢者様お手製の簡易燻製器にかける。熱が入ったら胡椒を多めにかけて、薄くスライス。ピクルス、葉物野菜、チーズと一緒にマァル特製パンに挟んでウルフサンドの完成だ。
3人分作ったこれを、自分の分以外、布巾で包んでテーブルに置いた。
これならテスとマァルがいつ来ても食べられる。
さっさと自分の分を平らげて片付けに入った。
家事方面も慣れたもので、食器類の場所はもちろん、調味料や片付け方法まで把握している。洗濯はともかく炊事も担当制になったことで、今や快適な共同生活状態だ。
ただ、こんな生活がいつまでも続かないことも、頭の片隅で理解している。そう考えると、この一時が愛おしくなる。それくらい、数週間は楽しく、充実していた。
「おは……ます……」
「ん、ああ、おはよう、テス」
魂が抜けたように起きてきたテスを見て苦笑が漏れた。彼女はやはり朝が苦手らしい。廃墟都市生活では緊張感から自然と起きられたが、その緊張状態が解かれた今、日に日に起きるのが遅くなってきている。
良いことなのか悪いことなのか……。
「あ、私の分も作ってくれたのですか?」
ようやくスイッチが入ったようで、目をパチクリさせながら、サンドを見つめている。
「ああ、さっさと食べな」
「いつもありがとうございます」
言いながら遠慮がちに座ったテス。
置かれているもう一つのサンドを見て、キョロキョロとマァルを探し始めた。
「マァルなら出かけてるみたいだぜ? ほら、メモがある」
サンドを噛じりながら、テスは差し出したメモに視線を落とした。そして心配そうに眉間に皺を寄せた。
「何事でしょうか……」
「検討もつかないんだよなぁ。……ぼーっとしてても仕方ないから俺は訓練してくるぜ」
「あっ、はい、私も支度が終わったら行きます」
俺は手を軽く振りながらキッチンを後にした。
※※※
――夕方頃だった。
俺とテスは組み手をしていた。近頃の訓練はずっとこれだ。
相対することでお互いの弱点を知れ、それを補う連携を自然と身につける、そういう目的だ。
その訓練中に、テスがふと手を止めた。
「この魔力はマァルさん!? 森の中、凄く弱々しいです!」
鼓動が大きく跳ねた。不安から胃にムカつきを感じながら、俺はテスに導かれて駆け出した。テスは迷いなく森を突き進む。そしてすぐに木にもたれかかっているマァルを見つけた。魔力の波動を救難信号代わりに使っていたようだ。
「悪いわね……事情はあとで話すから、庭へ……」
掠れた声で弱々しく喋るマァルを背負う。彼女は驚くほどに軽く、ローブから見える手足も皺くちゃになり始めていた。
俺は庭どころか家に駆け込み、椅子にマァルを座らせた。それからポーションを頼まれたので、テスが落ち着かない様子で戸棚から出して渡してあげた。それを一息で飲みきり、いつもの調子の声で言った。
「ふぅ、ありがとう、もう大丈夫よ」
声の調子と共に、マァルの手足にはハリが戻っていた。自分の手を見ながら、マァルは呆れた様子で言う。
「困ったものね、庭の外に半日出ただけでこの調子よ。やはり、もう私は結界の外には長くは出られない……」
マァルの結界内に満ちている魔力。それはマァルにとっての生命線だと言っていた。
魔力を溜め込めない、或いは溜め込んでもいずれ魔力酔いしてしまう俺達聖族。そこで賢者マァルが考えたのは、魔力に満たされた空間を作って常に必要最低限を補給しながら使う、という手段だった。
魔力の定着、この技術はあの都市『ラビス』を魔獣の住処にした爆弾『エーテルクリア』に使われた物だと、テスへの報酬で苦々しく説明していたのを思い出す。
「……なら無理するなよ。いったい外にどんな用事があったんだよ」
マァルは珍しく思い詰めた顔で黙り込む。幾度か口を開き、また閉じる。言うのを躊躇っている様子だ。
「マァルさん、私達は貴女にとても助けられました。だから、手伝える事があるのなら、力になりたい!」
「ああ! テスの言う通りだ、ここで言い渋るなんて水臭いぞ!」
マァルが俺とテスを順に見つめる。そして真剣な表情で俺達の手を取った。
「ありがとう、二人とも。……これも、私の罪の清算なの。二人を巻き込んでいいものか、とても悩むわ。とても危険だから」
そこでマァルは哀しげに表情を崩した。
「でも、私ももうこんなだから意地を張る事も出来ない。だからあなた達に託したいと思う。聖族と魔族を繋ぐ希望として」
俺とテスは目を見合わせ、そして自然と手を取り合っていた。
テスが目線をマァルに戻して、声に力を込めて聞いた。
「思いは受け取りました」
それに俺も続く。
「で、何をすればいい?」
マァルは深く息を吐き、意を決して言った。
「魔力研究施設『エーテリア』の破壊と人造魔獣『キメラ・レオサーペント』の討伐よ」
その言葉を呑み込むまでの間に、庭で風が枝葉を騒がせて窓を叩く。
――『聖族と魔族を繋ぐ希望』
事の重大さを理解して震える心。すきま風で揺れる蝋燭の火が俺達の影をも揺らしていた。
唇に渇きを覚えながら、俺は気になった部分を深掘りした。
「魔力研究施設……マァルがいた所だよな? それはいいとして、人造魔獣、だと?」
握るテスの手が震え始めた。横目で伺った彼女の顔は青ざめている。
「……そうか、人造魔獣ってアイツか」
「えぇ、廃墟都市で長い眠りについていたあの魔獣、魔族側ではバンダースナッチ、でしたっけ?」
目を閉じて強く思い浮かべる。
あの瞬間を。
ウィンドウが変化して眉間に照準が定まる。沸き上がる力をそこへ叩き込んだ感覚。頭骨を砕き、衝撃を確実に脳味噌にぶち込んでやった。
あの悪魔のような怪物は震える足で頭を抑えて、血の涙を流していた。
そして俺のことを憎々しげに睨んで跳んで逃げていった。
「あぁ、バンダースナッチ。俺が一度ブッ飛ばした魔獣だ」
テスの震えが止まった。
俺は強気な言葉を選んで、マァルに返す。
「そりゃ確かに放っておけないな。安心しろよ、俺達の戦争を終わらせるって目的にも合致してる。……あんな兵器と悪魔が二度と現れないように俺達が始末してきてやるよ!」
テスが俺の手を強く握る。そして炎の映した瞳で力強く言った。
「やりましょう、リングスさん!」




