第18話 自らの力で掴み取る
メスウルフの猛攻は執念を感じさせた。疲れを知らないかのように、連撃を叩き込んでくる。それを俺はなんとか致命傷にならないように躱している。
――だが、それも限界が来た。
爪を避けた俺の腹部にウルフの頭部がめり込む。そのまま首の力で弾き飛ばされ、芝生を転がる。
「ガハッ……!」
「大丈夫ですか!? 少しの間ですが私が二頭を引きつけます。その間に立て直してください!」
オスウルフを相手していたテスが叫び、クナイを二頭に投擲して注意をひく。テスが必死に二頭の猛攻を捌いているのを、俺は口の中に広がる土の苦味を噛み締めながら、眺めていた。
立て直す? どうやって?
俺は攻撃を避けるので精一杯。反撃の隙なんて無かった。
たまたま現れてたウィンドウを自分の力のように錯覚していた。……ただ調子に乗っていただけなんじゃないか?
バサッとローブが風に舞う音が、意識を外側へと戻す。
見るとテスがボロボロになったローブをメスの個体へと投げつけていた。テスは既に傷だらけだ。
救いたい。助けたい。思いはあるのに力が足りない。そもそも素の状態で俺より動けて力もあるテスがあんな状態じゃ……。
――『俺が現魔王を倒す、それとそうだな、現光王も倒す』
ハッ、俺に何ができる? 大英雄ヴァルシバルのスキルに目覚めて調子に乗って追放されて、また調子に乗ってる。
――『俺はカッコいい英雄になりたいんだ』
……本当、馬鹿みたいだ。だけど、あの言葉でテスの表情から絶望が遠退いた。あの瞬間、凄く……満たされた。
「きゃ!」
テスが足をもつれさせて転倒した。そのテスの周りを二頭が唸りながらゆっくりと歩き始めた。魔法を警戒しているのかもしれない。
そうだ、報酬なんていらない! テス、魔法を使え――喉まで出かかった言葉を飲み込み、マァルの言葉を思い出した。
――『自分で勝ち取る事で、自信をつけて大人になっていくのよ』
テスに希望を与えられた満足感は、がむしゃらだったけども勝ち取った証なんじゃないのか。
そうだ、俺はまだアレしか勝ち取れていない。
俺はショートソードを力強く握り締めて駆け出した。それにメスウルフが反応する。
爪の連撃を躱し、突きの構えで次の攻撃を予測して待った。何度も掻い潜った攻撃だ、ウィンドウが出なくても目が、そして体が反応できていた。
爪がダメなら……。
「頭突きか牙だよなぁ!」
大口を開けて牙を突き立てんとするジャンカーウルフ。その口内深くまでショートソードを突き刺した。
ウルフは反射的に身を引いてソードが引き抜かれたが、逆に血が喉へと流れ込み、ゴボッと喉奥で苦しそうな音を立てている。
「ウォォォン!!」
オスがまた遠吠えをした。するとメスの体を光が包み込み、ゆっくりとだが傷が癒え始めた。
「回復なんてさせるかよ!」
俺は回復しきる前に仕留めようと、ソードを振りかざす。しかしオスが吠えるのをやめて、足に力を溜め始めたのが視界に映る。
だけど俺にはわかっていた。そのあと何が起こるのか。
テスを信じる事で、思考を共有できたような感覚があったからだ。
その横面へとテスが飛び掛かり、クナイを右目へと突き立てた。
「リングスさん! そのまま決めてください!」
その言葉が終わる前には、既にメスのジャンカーウルフの首を掻っ切っていた。恨めしそうな瞳がじっと俺を睨む。そしてその瞳から生気が失われたのを確認した。
「……怨むなよ、こっちだって生きたいんだ」
メスのジャンカーウルフへ別れの言葉を置き、俺は残ったジャンカーウルフへと疾走する。テスは暴れるウルフに必死にしがみついている。しかしウルフが番の死を認識した瞬間、空気が一変した。
空気が赤く熱を帯びたかのような怒りに染まった。
それを感知した様子のテスが俺へ向けてわざと振り飛ばされ、それを横抱きでキャッチした。
「よっと!」
「あ、ありがとうございます。……降ろしてもらえますか?」
抱き心地が良くて手放す惜しさを感じながらも、そんな場合じゃないと気を引き締める。
オスのジャンカーウルフはメスの死体に鼻をつけて顔を舐めていた。テスに刺された左目が少しずつ再生している。
顔を上げたかと思うと、羽衣のような毛が風を纏い始めた。
「なんて魔力の消費量!! あれは風魔法の片鱗」
「それって何――」
風が駆け抜けた。遅れて本物の風が吹き抜けていく。
後ろを振り向くと、正面にいたはずのウルフが後方遠くまで移動していた。狙いを外した悔しさを、憎々しげに口の端を上げて表している。
「……左目の傷が功を奏しましたか。恐らく残る魔力を注ぎ込んだ決死の魔法」
気を抜いたら殺られる速度。だが裏を返せば、集中していればギリギリ目で追える。
狼が俺達を中心に円を描いてゆっくりと足を進める。次第に加速していき、円が段々と縮まってくる。
「考えましたね。制御できない速さだからこうして確実に追い込む」
「テス、言ってる場合か! 俺はこっちを見る」
テスと背中合わせに立って、正面と右手側を指差す。
「ということは私はこっちですね」
意図を汲み取ったテスが同じく正面と右手側を注視する。
お互いの体重を背中に預け、俺達は息を殺して待った。
ジリジリと迫りくる風の如きジャンカーウルフの圧。死を連想させ、恐怖を沸き立てる。だけど、背中に感じる体温が勇気をくれている。
「来ます!」
言葉よりも早くテスの意思を感じた。反動をつけて、お互い背中で弾き合うようにして距離を稼いだ。そして振り向きざまに、ジャンカーウルフの軌道へと剣を力一杯振るった。
テスも対面で同様にクナイを突き出している。
次の瞬間、風が衝突してきた。凄まじい衝撃に腕が持っていかれそうになる。いや腕だけじゃない、全身が引き裂かれそうだ。だが歯を食いしばり、腕の傷から血が噴き出そうが気にせずに、目がチカチカする程の全力でショートソードを振り切った。
「ぜぇ……ぜぇ……テス、無事か」
「はぁはぁ……。はい、いてて……指が折れましたが、見てください」
テスが視線で示す。
ジャンカーウルフはよたよたと芝生の上を歩き、番のもとまで辿り着いて、目覚めることのない眠りについた。
俺とテスは無言で近づき、お互いにもたれかかるように体を合わせ、膝をついた。
「助けが遅くなって、悪かったな」
「ふふっ、本当ですよ。でも……信じてました」
不意に温かな魔力に包まれる。マァルの魔力だ。彼女が俺達を褒め讃えるよう笑顔で魔法を掛けてくれたんだ。
体の疲労感が和らぎ、眠気に襲われる。
テスの寝息が耳元で聞こえ始めた。その寝息に誘われ、俺もその姿勢のまま瞼を閉じた。




