第17話 再戦
「はぁ……はぁ……、キツイなこりゃ……」
ハーラ村での出来事から一週間が経とうとしていた。日中はマァルから与えられた課題をこなし、夜は交代でゴースト退治の日々だ。
マァルは俺の要望に応え、賢者らしく色々な事を教えてくれた。戦闘技法からスキルの系統ごとの弱点、魔族を相手する時の心得などなど。
ただし、そういった情報を得るには条件が与えられた。
いつの間にか報酬と呼ばれるようになった情報を得るには、マァルが出した課題をクリアしなければならないのだ。
そして俺は二日前からマァルが用意した、操り人形みたいに動く2体の甲冑を相手に戦闘訓練を繰り広げていた。
相変わらずマァルのいる所だとウィンドウは現れない。だけどそれはそれで良い訓練になっている。
騎士見習いとの戦いで被弾した悔しさを胸に、ウィンドウに頼り切りにならない強さを身につけるんだ。
神経を研ぎ澄ませて2体の動きを見切る。そして――。
――ゴンッ! と鈍い音と衝撃が頭に響いた。
背後から棍棒でぶっ叩かれた……。
「いってぇ! おい、マァル、コイツら手加減できねぇのかよ!? ……うおっ、あぶねぇ!」
棍棒を避けながら、少し離れた所にいるマァルに向かって叫ぶ。
「手加減してなかったら今頃頭が割れてるわよ。さぁ、デスティニア、集中を切らさないで」
テスはマァルの足元で座り、座禅を組んで何かをしている。魔力制御の訓練らしいけど、俺にはサッパリだ。
「……ぷはぁ!」
水中から顔を出したみたいに息を吐き出したテスから強い波動を感じた。覚えがある、廃墟都市でテスが魔力を使った時のアレだ。
「ん、ここに来た時よりはだいぶ持つようになったわね。休憩にしましょうか」
カクン、と甲冑が動きを止めて立ち尽くす。
「だはぁ……、俺、強くなってんのかなぁ」
芝生に寝転び、あまり実感の沸かない焦りから、独り疑問を投げる。
しかしその言葉は近づいてきていたマァルに拾われた。
「大丈夫よ、だってゴースト相手には遅れを取らなくなったじゃない。
聖族の弱点はスキルに依存しすぎている所にあると言われているわ。スキルは確かに強力よ、だけど私達自身のポテンシャルはもっと高められるし、そうじゃなきゃスキルも持ち腐れになってしまう」
マァルの言うこともわかるが、それは王国の考えとは逆を行く発想だ。
聖王国ではスキルが目覚めれば、そのスキルを磨くことに集中した訓練が施される。そして実戦訓練になると、連携を意識した戦い方を覚え込まされるらしい。
個人のポテンシャルを上げたところで、魔力パワーの前ではたかが知れてるって考えだ。実際、あの騎士見習いはテスを前にして、手も足もでなかった。
ただ俺の場合、ウィンドウが警告してくれても、それを実行できなければ意味がないからマァルの言葉が深く刺さる。
「言いたい事はわかるけど……、ならよ、テスとの共鳴訓練をしたいところだぜ」
少し遅れて歩いてきたテスが冷たく言った。
「共鳴訓練って一体何をするつもりなんですか……」
「それはこうして共同生活してるだけでも育まれていくものでしょ? あぁ、でもちょうどいいか……」
マァルは森の外へと目をやり、何やらほくそ笑む。そして杖を一振りすると空中にウィンドウに似た物が現れた。
「なっ! それってウィンドウじゃねぇか! いやそれより……」
ウィンドウもどきに映し出されているのは森の中にいる二頭の狼だった。
テスが腕を組み、冷静に分析する。
「私達を追ってきたのですかね……。それにしたって、ここに来てそれなりに時間が経っていますよ」
「この間外に出た時に追跡されたのかもな」
森から離れるまでウィンドウが警告していた事を思い出した。きっとコイツらに見られている事を警告していたんだ。やっぱり文字を解読できないとウィンドウの本領は発揮できない。
「実は森の中に潜伏していたのは分かっていたの。ただ廃墟都市の騒動から逃げ出してきただけかと思っていたのだけど、どうやら因縁があるみたいね」
マァルはウィンドウもどきを消して、俺達に向けて挑戦的な視線を送る。
「どうする? この様子だと今夜辺り襲撃に来そうだけど?」
夜はゴーストが現れる。きっとマァルは手を貸してくれないだろうから、混戦になったら俺とテスだけじゃキツイ。
となれば……。
「俺達だけで、今すぐ決着をつけるか」
「ふふっ、そうやって自分で勝ち取る事で、自信をつけて大人になっていくのよ」
マァルは満足そうに笑みを浮かべた。
※※※
「いるのは分かってる。出てこいよ、ウルフ!」
マァルの庭から森へと向かって声を張り上げる。一応マァルも見守ってくれるのだが、彼女が手を出した時点で報酬はなくなるそうだ。
他にも課題として、テスは魔力が漏れ出ないように戦う事が加えられた。今後も目立つ魔力の使用は控えなくてはならない、という理由からだった。
ただでさえ俺もマァルも追放者として追われる身だ。そこに魔族が加われば、国も血眼になって俺達を探し出すだろう。
「リングスさん、あそこ!」
テスが森の中を指差す。
揺れる濃い緑を掻き分けて灰色の体毛を持つ二頭の狼が姿を現した。
口の端から涎を垂らして、今にも飛び掛かって来そうなメス。それを僅かな顔の角度だけで抑えつけているオス。
「なんだ? 正々堂々ってか、望むところだぜ」
俺はマァルから貰ったショートソードを構える。
「それほどの理性が残っているならば、逃げれば……いえ、どのみち魔力の枯渇で苦しむのですね」
テスもマァルに貰った特徴的な武器を構えた。クナイという投擲用の短剣らしい。
「リングスさん、この二頭、十分に魔力を補給したみたいです。……万全を期すために、だから襲ってこなかったのですね」
確かに毛並みや佇まいが違う。強くなったのは俺達だけじゃないってわけだ。
「前と同じと思わないでください。……まずは私が撹乱します!」
テスが右足を下げて腰を落とした。
「了解だ。目指そうぜ、共鳴状態を」
「ふふっ、私は常に意識してますけど、ねっ!」
そう言うやいなや、テスが駆け出す。同時にオスのウルフは首を振り、復讐に飢えたメスウルフを解き放った。
ジャンカーウルフの飛び掛かりざまの爪擊。
テスは素早く前転してやり過ごす。そして背後からクナイを投げて、後ろ脚へと刺した。
足にクナイが刺さった状態で着地したウルフは踏ん張りが効かなくて、膝を折った。
「そこだ!」
すかさずショートソードで突きを繰り出す。
「ウォォォン!」
オスウルフの突然の遠吠え。それに触発されたようにメスの体が光を放った。
ウィンドウは出ていない、だけど俺は手を止めて後退。テスも血相を変えて俺の隣へと戻ってきた。
「これは予想外です。あのオスのジャンカーウルフ、魔力を自らの意思で使用しています」
「……つまるところ?」
メスのジャンカーウルフの脚からクナイが抜け落ち、飢えて牙を剥き出しにしていた表情から、鋭く獲物を睨めつける顔へと変化していく。
それと同時にオスの個体も変貌を遂げていく。たてがみの一部が延びて羽衣のように後ろ手へと流れて風になびいている。爪が地面に喰い込むほどに巨大化し、そして尻尾が……分裂して二本になった。
「つまるところ、あれは魔法……ここからが本番のようです」
「あんなの……ありかよ。おい、マァル!」
俺は振り返ってマァルを見る。だけど首を振って意思を示していた。
「クッ……、おいウィンドウ! さすがにフォロー頼むぞ!」
「リングスさん、前!」
マァルからウルフへと向き直る途中でテスに突き飛ばされた。
「くっ……!」
テスのローブがメスウルフに切り裂かれて風に舞う。
「テス! 大丈夫か!?」
「はい、掠っただけです。リングスさんこそ大丈夫ですか!?」
俺は体勢を直しながら、額に冷や汗が流れるのを感じた。
まさか……。
「おい、ウィンドウ……ッ!」
正面から迫るオスのウルフ。反射的に半身で体を反らす。しかし肥大化した爪が左の二の腕を抉り、鮮血が吹き出す。少し遅れて鋭い痛みが襲ってきた。
「リングスさん!!」
「大丈夫だ、傷は浅い!」
ウィンドウが現れる気配はない。心の中で毒づきながら、ウィンドウの意図を感じ取った。
「ああ、分かったよ! クソスキルが無くたって、やってやるよ!」




