第15話 お邪魔虫
翌日、俺とテスはお使いのために朝のうちに出立した。
最寄りの村までほとんど一日かかるとのことなので、俺は道中で烙印の話をテスにしておいた。
「なるほど……追放は言葉だけのものではなかったのですね。そして何故か烙印を押されても使える『聖櫃の因憶』。謎がまた深まりましたね」
「そうだなぁ……はぁ……」
【ΑΦΗςφΙ】
マァルの庭を出た途端、元気に表示されるようになったウィンドウを見ながらため息をつく。若干の赤みがかった表示は何かを警告しているようだが、相変わらずサッパリだ。最初こそ警戒していたが、さすがに数時間この調子じゃ疲れちまう。
最低限の警戒心だけ残して、俺達は歩みを進めた。
やがて寂れた街道は三叉路に合流した。マァルから教わった通りに右の道へと進む。苔やら雑草にまみれていない街道はそれだけで快適だった。さらにウィンドウの警告が止まったことで快適さは増した。
テスの足取りは軽く、ソワソワとしながらも、楽しげな様子だった。
何故かと聞くと、
「だって私、今、聖族の領地を歩いているんですよ」
とのことだった。
途中すれ違う人もいたが、テスは堂々と挨拶を交わしていた。まあ、フードを被って歩いていようが、俺と歩いている事と聖語を話している事が疑う余地も与えないんだろう。
そして太陽が下り始めた頃、ようやくその村は見えてきた。ハーラ村というらしい。
もし三叉路を左に曲がった場合、そこそこ大きな街に出るらしく、さらにハーラ村の先にも大きな街がある。その街と街を繋ぐ役目のあるこの村は、規模こそ村であるものの、農産物で栄えているらしい。
つまり買い出しにうってつけというわけだ。
流石のテスも人里に入るのは緊張するらしく、フードを深く被り直し、間違ってめくれないように細糸を首に巻いて締めた。
「よしっ、行きましょう!」
「お、おう。さっさと買って帰ろうぜ」
テスの目利きに頼りながら、頼まれていた小麦粉の他、野菜やら果物を買い込んだ。リストの最後であるチーズを買って支払っているところで、芋煮の匂いが俺達の鼻腔をくすぐってきた。
「いい匂いですねぇ〜」
「どこから漂ってきてんだ?」
チーズを包みながら、店先のオバさんが教えてくれた。
「お二人さん、ハーラ村は初めてかい? 広場で御者さんや旅人さん向けに芋煮を作るのが恒例でね、ちょっとした名物なんだよぉ。ただで食べられるから言っといでな」
俺は横目でテスを見ながら聞く。
「行く?」
「当たり前です!」と、テスは意気揚々と答えた。
広場は村の端にあったが、焚き火の灯りと賑わいですぐにわかった。
広場の中心に大きな焚き火が組まれ、その上に大きな鍋が置かれている。なかなかに盛況で、商人風の人達が多く、慣れた手つきで自ら器によそって用意されていたベンチに座っていく。そして商人同士、親しげに話している。
一方、あまり交流を持たずに端のほうで食べている人達も目につく。恐らく旅人なのだろう。
装いもバラバラで、立派な軽装具を着けている男に、ボロボロの麻の服を着て大きな鞄を大事そうに傍らに置いている男、踊り子のような過激な服装の女の三人だ。
俺らもその一員となって、端のほうで芋煮を頂いた。
「ほいひいですね」
「あぁ、アツアツだなぁ」
焚き火を眺めながら、二人でホクホクしながら芋煮を食べていると、テスがしみじみと言った。
「私、リングスさんを信じてよかったと思ってます。あらためて私を助け出してくれて、ありがとうございます」
「な、なんだよ急に」
俺は照れて無駄に芋煮へ息を吹きかける。
「『ここにいるよりマシだと思わせてやる』でしたっけ? ふふっ、その通りになってますね。……こういう何気ない時間がある事で、より強くそう感じる事ができます」
言い終わり、「暑くなっちゃいました」とローブをパタパタと煽るテス。俺にはそれが照れ隠しに見えた。きっと本心から零れ出た言葉なんだろう。
パチンッと焚き火の爆ぜる音。もうビビらなくていいんだ。
人々の騒音が心地良い。
このまま、二人で過ごすことができたら、そんな考えが浮かんだ。
その横で「ふぅ」と食べ終わったテスが汗を拭う。……暑いのは本当みたいだ。だけど彼女はフードを取ることができない。
本当の平穏を手に入れるためには……戦わなきゃいかないんだ。だけどマァルのように隠れて過ごせれば。というかこのままマァルの家に住まわせて貰えれば……。
決意が揺らぐ。そんなタイミングでウィンドウがポンッと浮かび上がる。色はまた赤だ。
「なんだ、ウィンドウが――」
「や、やめてくれぇ!」
俺の言葉を掻き消す男の悲鳴が遠くから聞こえた。広場は静まり返り、商人達は様子を伺っている。
「リングスさん、さっきそこにいた女とボロボロの男、覚えてますか?」
テスが低い声で言う。
「ああ……」
いつの間にか居なくなっていたが、食べ終われば居なくなるのは何も不審じゃない。
「彼らは二人であちらの森の方に歩いていきました。そして、さっきの悲鳴が聞こえたのはまさにその方向です」
「……大きな荷物を持ってたからな、追い剥ぎかなんかだろう。可哀想だが、関わる理由もない」
「それはそうなのですが……」
テスが急に口をつぐんだ。それと同時に再びウィンドウが浮かび上がる。
「お二人さん、旅人さんかい?」
突然背後から声をかけられて跳び上がりそうになる。振り向くとあの踊り子風の女が立っていた。
「ああ、驚かせて悪いわね。さっきの悲鳴なんだったのかしらねぇ。実は私も怖くなっちゃって、今夜は一緒に過ごさない?」
……正直テスが事前に教えてくれてなければ危なかった。コイツは次の標的を俺達に定めたんだ。
だけど何故軽装具の男じゃなくて、二人連れの俺達? そして目的はなんだ?
「残念ですが、私達はもうここを発とうかと話していたところです」
テスがにこやかに笑いながらそう言う。
「あらそうなの? 実は私も早めに発とうと思っていたのよ」
なんとも白々しい。なんでそんな奴が一緒に過ごそうだなんて言うんだよ。きっぱりと断ろうとしたところで、テスの口からまさかの言葉が飛び出た。
「それはよかった、私達はアチラですが、貴女は?」
「奇遇ね、私もそっちよ」
※※※
俺達は街道へと戻り、村の灯りから遠ざかっていく。会話はない。三人の靴音が薄暗くなった村外れに淡々と響いている。
「さて、私達に何かご用ですか?」
不意に足を止めてテスが静かに言う。と同時にウィンドウの警告。
俺へと振り下ろされるナイフを、相手の手首を掴んで止める。すかさず脇腹へ向けて、もう一方の手でナイフを突き立てんとする女。
それをテスが横から蹴りを入れて妨害。女は大きく吹き飛ばされた。
「っ! やるじゃない、小娘!」
「何のつもりだか知りませんが、私は怒っています」
声を低くして怒りをあらわにするテス。
「せっかく楽しい気分だったのに、貴女は台無しにしました。このお邪魔虫!」
女は嘲るように返す。
「ハッ、イチャコラと目障りだったよ! そもそもアンタ、その男の正体知ってんの?」
俺はキョトンとしながら投げられた言葉を繰り返す。
「俺の……正体?」
「そうさ、ソイツはね、罪人の烙印が押された【追放者】なんだよっ! さぁ、天使様見ていて下さい! 私がこの罪人に裁きを下します!」
女はナイフを構えて、恍惚とした顔で言った。追放者の言葉に反応するように、首の後ろに軽くあの痛みが走る。
「痛っ! つまりアンタは追放者を狙ってんのか?」
となるとあの旅人もそうだったのか?
「そういう事よっ! 私の明るい未来の糧になりなさい!!」
女の姿が霧のように消えた。しかしウィンドウは警告している。
「そういうスキルか! 気をつけろ、テス!」




