第13話 幽霊狩り
ランタンを手に外に出た俺とテスは息を呑んだ。
外の光景は不気味でもあり、幻想的で美しくもあった。
当てにならない月明かりの中、ポツポツと淡い黄光を放つ花。その周りを浮遊する蒼白い影。その影の正体を知っているからこそ、鳥肌が立つ。
「今日はちょっと数が多いわね。騒がしかったものね。まずは私が見本ついでに少し減らすわね」
マァルはそう言うと、杖を取り出して軽く振るった。
空気の振動。と同時に庭の一部の空間が歪む。歪みは拡大していき、やがて暗闇の中にあっても黒と分かる穴へと成長した。そこへゴースト達が誘われるように集まり、そして吸い込まれていく。
穴周辺のゴーストを吸い尽くしたところで、マァルが締めるように枝を鋭く振る。すると穴が消え去り、蒼白い光が固まって天に昇っていく。
「とまぁ、ゴーストは魔力を帯びた攻撃が有効よ」
「いやいや待て、何もわかんなかったぞ!」
「驚きました。リングスさん、あれは重力魔法ですよ」
テスが呆然と説明する。
「うん、魔法の種類とかじゃなくて、俺はどうすりゃいいんだ?」
魔物なんて滅多に現れるものじゃない。だから戦い方すら俺は知らない。
「リングス、あなたのスキルはあの『聖櫃の因憶』なのよね」
「そう……だけど。知ってんのか?」
――そう言えばここに来てからウィンドウを見ていないな。
「ええ、私もそのスキルの研究に少しだけ関わったわ。そうね、この手の相手は不得手と言えるわね」
「本当か!? このスキルの事知って――」
「リングスさん! 来てます!」
テスの警告で近づいていたゴーストに気づく。しかしその怪奇な見た目に一瞬意識を奪われる。
ふわふわと浮遊する半透明の人型の上半身。心臓にあたる部分に蒼白い光が宿っていて、俺はこれを見ていたのだとわかった。そして顔には苦しみ藻掻く表情が仮面のように張り付いている。
――『あの都市で命を落とした者達の成れの果てよ』
「冷たっ! ……うぁぁっ!」
右腕に痛みとも冷たさとも解らない感覚が走り、反射的に腕を引いた。
腕にはクッキリと握られたような手形がついていた。思考が恐怖で染め上げられた。足がすくむ。――何も考えられない。
ゴーストの手が俺の顔へと伸びてくる。触られたら……どうなっちまうんだ。
「【アイシクル・スピア】!」
俺の後方から飛んできた小さな氷槍がゴーストの顔面を貫いた。顔が弾け、その傷口から胸に宿る光が溢れ出して天へと昇っていく。
「あらあら、危なかったわね、リングス。デスティニアは良い魔法の腕をしてるわね」
俺は荒い呼吸を落ち着けて周囲を警戒する。
「クソッ! なんでウィンドウが警告してくれなかったんだ!」
恐怖で震える心を誤魔化すために愚痴を溢す。
「ウィンドウ? 『聖櫃の因憶』にそんな……」
そこでマァルは言葉を止めた。
「今は今夜を切り抜ける事だけを考えましょうか。でもただ切り抜けるだけじゃつまらないわ。デスティニア、あなたは魔法禁止、それと魔力の発露を最小限に」
「なるほど、廃墟都市のような状況を想定すればいいのですね」
「ふふっ、そこまでじゃなくていいわよ」
テスは短く了承を告げ、ローブをはためかせてゴーストへと短剣で斬り掛かる。その軌跡には魔力性の発光が伴っている。つまり魔力による攻撃だ。
それを見届けたマァルは俺に向けて言った。
「俺は攻撃手段が無いのにどうすりゃいいんだ!」
「あなたは生き延びなさい。朝が来ればゴーストは退散するわ、デスティニアに縋るも、ただ逃げ回るも良し。死にそうになったら私が助けるわよ」
悔しい。
結局俺は自分の力じゃ何も出来ないと言われているみたいだった。そしてこの悔しさがベベルとの一週間を思い出させた。無力感と焦燥感が混ぜこぜになって襲いかかってくる。
だけどそのおかげで恐怖は抜けた。
「わかった……。その変わり、生き延びられたらこのスキルについての情報を寄越せ」
「あら、それ、面白いわね」
マァルは面白そうに笑い、それが開始の合図となった。
四方から迫るゴースト。縋るように伸ばした手をくぐり抜け、その包囲を抜け出す。その際に太い枝が足に当たった。それを拾いダメ元で殴りかかる。だけどやはり枝はゴーストの体をすり抜けた。
「なら回避に集中――!」
背後から迫る冷気。
俺は振り向きざまに無駄だと理解したはずの枝を振るった。その枝は靄を散らすように、ゴーストの腕を掻き消した。しかしすぐに元に戻ってしまう。時間にして2秒にも満たないかもしれない。だけどこの数から逃げ回るならば十分に有用な時間だ。
その後も迫る手を掻き消しながら、安全に攻撃を掻い潜っていく。
その攻防の中の一回だった。コツンッと手応えがあった。木の枝が胸の光に引っ掛かったのだ。俺は枝の持ち手に左手を足して振り抜いた。
ブワッと砂塵のようにゴーストが霧散した。
「なるほど、魔力だけが有効ってわけじゃないのか……意地が悪いな、賢者様は」
それはつまり魔力が弱点なだけで、物理無効というわけではない。
物理的な弱点は胸の光。そうと分かればトロいコイツらは数が多いだけの亡者だ。
「へへっ、魔王と光王を倒す俺がこんな奴らに苦戦してられねぇよな」
俺は群がるゴーストの胸の光を蹴散らしながら朝が来るのを待った。
※※※
無限にいるかのように思われたゴーストは朝日が差し込んだタイミングで煙のように姿を消した。
「お疲れ様、二人とも」
朝日の木漏れ日を背に、マァルがにこやかに言う。
「ぜぇ……ぜぇ……いい運動に……なった……ぜ」
「はぁはぁ、そうですね」
テスと俺は肩で息をしながらマァルの足元に座り込んだ。肺が破裂しそうだ。
「まず課した試練の結果よ。まずはリングス、合格よ。早々に弱点を見抜いて攻勢に反転、まさかそのまま朝まで戦い続けるとは思わなかったわ。大した根性ね。意外にも分析力があるみたいだから、その辺りを伸ばせば良い戦士になれるわよ」
「意外って……でもまあ、そりゃ……どうも……」
賢者マァルからの称賛は素直に嬉しかった。誰かに認められる、それだけで疲労感が少し和らいだ気がした。
「次にデスティニア、あなたは残念ながら不合格ね。出だしは良かったけど、後半バテてたわね。それに伴い魔力操作も大きく乱れていた。課題は持久力ね」
テスは項垂れて悔しそうに芝生を握った。マァルは声のトーンを上げて明るく言った。
「初日で達成できるとは思ってなかったから上出来なのよ? リングスには次の試練を考えなきゃね。でもその前に、朝ごはんの準備をしてくるわ」
そう言って家へと戻っていったマァル。
俯いて悔しさを滲ませるテスと二人きりになり、気まずさを覚えた。しかしテスは勢い良く立ち上がって宣言した。
「リングスさん、負けませんからね」
「えっ、えぇ……」
こうして対抗心を燃やされながら賢者のもとでの修行の日々が始まったのだった。




