第12話 賢者の思惑
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
蝋燭の炎が揺れる音だけが、やけに大きく耳に残る。
都市を廃墟にした張本人。
その言葉の意味を頭では理解しているはずなのに、感情が追いつかない。
俺は紅茶に視線を落とし、ゆっくりと息を吐いた。
「……たくさん、殺したのか?」
俺の吐息で炎が揺れた。その揺れが静まった頃にマァルはゆっくりと口を開いた。
「ええ。私の作ったエーテルクリアは一度生物を滅して、魔族の住めない土地にするのが目的だった。そしてその威力は想定以上だったわ」
マァルの言葉は淡々としていた。
その声には、言い訳も自己正当化も含まれていなかった。ただ起こった事実を口にしているだけだ。その無機質さが廃墟都市の光景を思い出させ、鳥肌が立った。
「生物だけを魔力の蒼炎で焼き尽くし、魔獣を誘う、そういう想定の兵器だった。実際その通りの働きをしたわ。打ち出されたアレが都市上空で爆発した瞬間、魔族も兵士も市民も、全員蒼炎に包まれた。その様子を私は震えながら遠くで観測していたわ」
遠くを見つめながらマァルは抑揚なく説明した。
隣を見ると、テスは黙ったままカップを両手で包み込んでいる。そしてカップに口をつけ、少しの間を開けて言った。
「……その兵器が今後使用される可能性は?」
「無い、とは言い切れないわ。まだ研究施設自体は残っているもの」
再び沈黙。
正直に言えば、怖かった。
魔獣の咆哮よりも、血の匂いよりも、この沈黙の方が。
テスは今何を考えているのか。
同族を護るために無茶をするんじゃないか、下手したら淡々と言いのけたマァルを殺すんじゃないかと、心配で堪らなかった。
テスに、そんな事をして欲しくない。
「……それでも、彼女が俺たちを助けたのは事実だ」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
マァルがわずかに目を見開き、テスがこちらを見る。
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「大丈夫ですよ、リングスさん。私は彼女を恨んだりなんかしていません。だってこれは……戦争なんですから」
「ありがとう、二人とも。でもたとえ戦争でも超えてはならない境界線はある。私はそれを踏み越えてしまったけれど、後に続く者が出ないようにするのが、私の役目だと思っているわ」
マァルはそう言って立ち上がり、窓の外を見た。
外はすっかりと暗くなっている。芝生の庭を囲む森の姿も確認できない。
マァルはカーテンを閉めながら、呟く。
「……もう少し時間があるわね」
そして俺達へと微笑みを向けて言った。
「さて、今度はあなた達の話を聞かせてくれないかしら?」
室内には未だ重苦しい空気が残っていた。俺はそれを消し去りたくて言った。
「いいぜ。その代わり、アップルパイのお変わりを頼む」
「……ふふっ、まったく」
テスが苦笑しながら呟き、マァルも「喜んで」と言ってキッチンへと向かった。
※※※
「なるほど。私達が出会ったのは、まるで運命ね……」
一通りそれぞれの境遇を話して一段落ついた所で、マァルは椅子の背もたれにもたれて言った。俺はその言葉が少し引っ掛かった。
「俺とテスはともかく、アンタも運命的……か?」
「まあ、酷いわね。私も仲間に入れて頂戴よ」
マァルが頬を膨らませて拗ねたように言う。芝居だとは分かってても、反応に困る。そんな俺を今度は誂うように笑ってからマァルは真剣な口調で言った。
「それで、あなた達はこれからどうする?」
「これから、ですか……」
テスがハッとしたように顔を上げた。
「確かになぁ」
俺も天井を見上げて考える。あの都市を出られたのは良いとして、これからどうするのか。
テスの前で啖呵を切ったあの言葉が蘇り、口をついて出た。
「魔王も光王もぶっ倒す……か」
「あら、凄い目標ね」
「あっ、いや、違っ――」
俺は恥ずかしさを感じて勢いで否定しようとした。だけどマァルの真剣な顔を見てそれを止めた。テスも思い詰めた顔で考え込んでいる。
「デスティニアはどうしたい?」
「私は……」
そこで言葉を溜めたテスは、大きく息を吸い込んで勢いよく続けた。
「私はっ、この戦争を終わらせたい!」
俺はその勢いに押されて言葉を失う。マァルは表情を変えずに、蝋燭の火の揺らめきを瞳に映しながらテスに問うた。
「何故、そう思うの?」
「廃墟都市の惨状を間近で知る者として、あれを私達の国で起こしたくありません。かと言って――」
テスの視線が俺へと向いた。
「――こうして敵だったはずのリングスさんとマァルさんと出会って、仲良くなれる事を知った今、聖族を滅ぼすだなんて思想も持てません」
だから戦争を終わらせたい。そう強い意思を秘めた表情でテスは口を閉じた。俺は自分が恥ずかしくなった。だから大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「俺はっ!魔王も光王もぶっ倒して戦争を終わらせる!!それが、俺が目指すカッコいい英雄ってやつだ!!」
「良い宣誓ね、煩いのは困るけども」
マァルは耳を塞ぎながら、でも満足気に立ち上がり、カーテンを捲った。
「でも、それにはまだまだ力が足りないわ。……見て、外を」
真っ暗闇の中、何かが揺れている。目を凝らすと、黄色く光る花が庭に見えた。そしてそれに群がる蒼白い光。
「あれは……ゴースト、ですか!?」
テスが驚きながら言う。
ゴースト、魔獣とは別種の魔物と呼ばれる魔力由来の化物だ。実物を見るのは初めてだ。
「この子達の退治も私の責務なの。この子達は都市で命を落とした者達の成れの果てよ」
「ですが、私はあそこでゴーストに遭遇したことはありませんでしたよ?」
ニ年間あそこで暮らしていたテスが言うのだから真実なんだろう。
「魔獣がゴーストを喰らい、ゴーストが魔獣を喰らう。そうした魔力の循環が確認されたからここで誘き寄せて弔っているの」
マァルの目は哀しみと憐れみ、そして罪悪感を含んでいた。
「で、話をもとに戻すと、あなた達は素晴らしい素質を持っていながらそれを伸ばす環境が無かった。だから私がしばらくここで鍛えるわ」
賢者からの願ってもいない申し出に俺は震えた。
「へっ、それでゴースト狩りもその一環ってわけか!」
賢者は頷いて、挑戦的に聞いてきた。
「その元気はあるかしら?」
俺とテスは目線で意思を確認し、応えた。
「もちろん!」「もちろんです!」




