第11話 森の小路の先に
森に突如として出現した小路を、俺達はもう長いこと歩いている。とは言っても俺が負傷しているから歩調はゆっくりだ。木漏れ日が心地よく、体の痛みがなければ、いい雰囲気の散歩と言えそうだ。
……でも女の子に肩を支えられて歩くのはちょっと情けない光景か。
テスは小柄なわりに相変わらずの力持ちで、まるで大男に支えられているみたいに安定して歩けている。
「アイテテ……しっかしこの道、不思議なもんだな……これも魔力の力なのか?」
俺は周りをキョロキョロと見回しながら、テスに話しかける。
「幻覚魔法で道があるように見せているみたいですね。私達は今真っ直ぐ歩いているつもりですが、実際は気付かない程度に作られた轍を進んでいるのだと思います。
なんにせよ、もの凄く高度な技術です。私も魔力操作には自信がありましたが、上には上がいるものです」
テスが饒舌に語る。彼女とは会ったばかりな上に、彼女の表情の変化はわかりにくい。だけど俺はわかってしまった。
「テス、もしかして嫉妬してる?」
「……一人で歩きますか?」
ああ、これは本気の目だ。謝罪を入れろと本能が警告している。だけど俺が口を開く前に、急にテスが足を止めた。
「テスさん、ごめんなさい、調子に乗りました」
「それはもういいです。今、結界のようなものを超えました。そして……あれを見てください」
淡々と言うテスが前方を指差している。そしてその指先を視線で辿る途中で、周囲の景色が一変した。
俺達はいつの間にか、開けた芝生地帯に立っていた。視界は広いのに、光は木漏れ日程度しか差し込まない。その木漏れ日もいつの間にか夕暮れ色になっている。そして傘のように一帯を覆う枝葉を辿ると、中央にそびえ立つ大樹へと辿り着く。
その大樹の麓に木造の平屋が見える。テスが指差しているのはアレのことだろう。
振り返ると背後は鬱蒼とした森。最早、自分達が通って来た道すらわからない。
「わざわざ幻覚魔法を使うのには、道順を隠す意味があるわけか」
俺の呟きにテスが声を落として言う。
「あるいは逃げ道を分からなくする、かもしれませんよ」
その言葉で、痛みとは違う汗が頬を伝う。目を凝らして家の様子を観察していると、窓辺を蝋燭の灯りが移動するのが見えた。
「誰か来るぞ。魔力を扱ってるって事は……きっと魔族だよな?」
「ですがここは聖族の領地ですよ。どちらにせよ、味方だと……いいのですが」
そう言いながらテスはフードを被ろうとしたが、手を止めた。
「角、いいのか?」
「……道が拓ける前に、既に私に向けて魔力が放たれていました。だから無駄な気がして」
「……なるほど」
既にテスが魔族だと知っているわけだ。
程なくして玄関扉がゆっくりと開いた。扉の奥には燭台を手に持つ人物がいる。
暗くてよく見えないが、スカートと本人のシルエットからして女のようだ。気になる頭部は帽子を被っていてわからない。
その女はよく通る声で、まだ距離のある俺達へと叫んだ。
「そんな所に立ってないで早くおいでなさいな」
柔らかな口調で、敵意は感じられない。それでも得体が知れないことには変わりないし、緊張を解くわけにもいかない。
しかし俺達が動かないのを見て、女は木の枝サイズの杖を取り出して軽く振る。
次の瞬間、まるで間の空間が圧縮されたかのように歪んだ。そして景色が跳ねるようにして戻ったかと思ったら、俺達は玄関前に立っていた。女は呆気に取られている俺達をしげしげと眺めながら「あら、なかなか酷い怪我ね」と軽く言った。
そして再び杖を振るおうとした時、テスがそれを制止した。
「待ってください。この怪我は……私が治したい、です」
「変な事はしないわよ?」
女は敵意は無いと主張するような柔和な笑みでテスの意図を読み取ろうとしている。実際俺にもテスの意図はわからない。痛いから早く治してほしいんだが。
テスの懇願するような視線と女の探る視線がぶつかり合うこと数秒。
「なるほど、うふふ、余計なお世話でごめんなさいね。彼を取ったりしないから安心して」
女がテスにウィンクを送り、テスが恥ずかしげに目を伏せた。
2人の間では話が通じ合ったみたいだけど……。
「あの、とりあえず治してくれません?」
「あら、ごめんなさい。まずはお入りなさいな、アップルパイを焼いたのよ」
家の中から漂う甘く香ばしい匂いに気づき、俺の腹が情けなく鳴いたのだった。
※※※
「さて、落ち着いたかしら? 改めてようこそ、誘いに乗ってくれてうれしい限りよ」
結局テスに治癒して貰った俺は、アップルパイと紅茶を頂きながら目の前の女をまじまじと観察する。
黒いつば広のトンガリハットを被り、起伏のある胸元が露出した暗めの赤いローブを着ている。さながら童謡に出てくる魔女だ。しかし肌にはハリも艶もあり、少し年上のお姉さんといった感じである。顔も整っていて、特に艷やかな唇が蝋燭の火を妖しく反射している。
「こちらこそ、ありがとうございます。私はデスティニア、こちらはリングスさんです。聞きたいことは山程ありますが……。っとその前に、リングスさん、胸、見すぎです」
突然の指摘に紅茶が鼻へと逆流する。
「ゲホッゲホッ、いや俺はただ警戒して観察をだな」
「あはは、警戒されているのは重々承知よ。私はマァル・サークレット、隠遁している賢者といったところよ」
彼女の言葉に今度はパイ生地でむせ返る。
「ゲフッ……け、賢者!? 本当に!!?」
マァルはニッコリと微笑み、それを肯定した。
一方でテスは首を傾げて疑問を口にする。
「あの……賢者とは?」
「聖族ではある分野で突出した学者、あるいは研究者をそう呼ぶんだが……。ということはアンタは聖族……?」
マァルは帽子を取り、頭を見せながら「そうよ」と微笑んだ。
「私はね、魔力の研究者だったの」
俺は聞き慣れない言葉にオウム返しで聞いてしまう。
「魔力の……研究?」
「えぇ、敵の主要なエネルギー源よ? 当然研究だってするでしょ」
言われてみればそうなのだが、あまり大っぴらにされていないのは何か理由があるんだろうか。
俺の疑問を他所にマァルは続けた。
「肉体強化、魔法行使、抗老化性、……魔力研究に取り憑かれない理由がなかったわ。国や教団、ましてや戦争のためじゃなく、私自身のために研究に没頭していたわ」
テスの魔力の行使を間近で見ていたから、その理由には納得できる部分がある。それと同時に研究が隠されている理由にも察しがついた。
魔力の制御、その行き着く先は聖族と魔族の境界をあやふやなものにしてしまうのではないか。逆に言えば、聖族と魔族の違いはその程度とも言えるのかもしれない。
無意識に見つめていたテスが口を開いた事で、意識が会話へと戻る。
「だから魔力をそれ程までに上手に扱えるのですね」
「……ん? でも、そんな凄い人がなんでこんな所にいるんだ? 教団が放っておかないだろ?」
俺の問いに、マァルは哀しげに微笑む。
「私はね――」
マァルはカップを包み込むように両手で持ち上げ、思い詰めた表情で水面を見つめた。
「――探究の果てに間違いを犯した。教団の下で研究している以上、結局行き着く所は魔族の殲滅になってしまう。
……それでもいいと思っていた。だけど、出来上がったものは私を満たすどころか、深い後悔へと陥れた。だから私は研究成果全てを持ち去って、ここに逃げてきたのよ」
「いったい……何をしたんだよ」
カップがソーサーに置かれ、カチャリと音を立てる。マァルの言葉を待つ俺には、その音がやけに大きく聞こえた。
「……私はあの都市を魔獣の住処にして廃墟にした張本人よ」




