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21:プロとしての再構築と故郷への別れ

書籍化のオファーを受けた後、拓也の生活は一変した。工場での引き継ぎ作業をこなしながら、彼は連日、加瀬編集者とのオンラインミーティングに時間を費やした。

彼の頭の中はこれまで以上に、アレスの過去、リリィの未来、そして物語全体の壮大なプロットの再構成で埋め尽くされていた。


「アレスが怠惰になった理由……過去に、何か極度に『面倒な作業』を強いられたトラウマがある、というのはどうでしょうか」


拓也は、自宅の狭い部屋で、コーヒーを飲みながら加瀬に提案した。


「良いですね。例えば、過去に勇者として召喚された際、無駄な会議や儀式、そして膨大な書類仕事に追われて精神を病んだとか。その結果、『最強の力』を持つ彼は、『最大の怠惰』を求めるようになった、という対比が際立ちます」


加瀬は、拓也のアイデアを、さらにプロの視点で肉付けしていく。拓也は、かつて自分が苦しんだ「現実の仕事の面倒くささ」を、物語の根幹に組み込むことで、アレスというキャラクターに、より深いリアリティを与えることができた。


リリィの掘り下げについても、拓也は決着をつけた。彼女は、滅ぼされた故郷の村を再興するために、その唯一の希望である「最強の勇者」を連れ戻すという、明確な目的を持っている。

しかし、その勇者アレスが、世界を救うことよりも昼寝を優先する姿に、彼女は常に葛藤を抱える、という設定だ。


そして、最大の課題であった「完結までのプロット」も、加瀬と練り上げた。魔王討伐は物語の中盤に据え、真の敵は「魔王が去った後の、平和という名の新たな『労働』を求める人々」となる。

アレスは、究極の安寧を求め、その「労働至上主義」の社会と戦う、という異色の結末を目指すことになった。


(物語が、深くなった……。俺一人で書いていたら、たどり着けなかった場所だ)


拓也は、プロの視点が入ることで、自分の作品が、単なる「なろう小説」の枠を超え、現実の労働に押し潰されかけた一人の人間が、文字を武器に社会へ抗う、ひとつの“文学”へと変わり始めていた。


そして、二月の末日。拓也の工場での最終出勤日を迎えた。


引き継ぎは、昨日までに全て終えていた。彼が担当していたラインの作業は、別の同僚が引き継ぐことになっている。


拓也は、最後に工場のラインを歩いた。轟音を立ててアルミ製品が流れていく光景は、もう彼の日々の現実ではない。それは、彼の過去であり、小説のインスピレーションを与えてくれた「戦場」だ。


班長の事務室へ挨拶に行くと、班長は無言で立ち上がり、拓也の手に、白い封筒を握らせた。給料と、退職金だ。


「山田。大した額じゃないが、色を付けといた。せめてものはなむけだ」


その声はいつになく柔らかかった。


「ありがとうございます。班長には、ご迷惑ばかりおかけしました」


班長は少しだけ視線を逸らして言った。


「いいや。お前は、この中で、一番夢に正直だった。……夢を叶えたら、たまには本を送ってこい。読んでやるから」


拓也は、胸が熱くなり、深く頭を下げた。

思わず、目頭がじわりと滲む。


「必ず、送ります。ありがとうございました!」


彼は、工場の正門をくぐり抜けた。門を出た瞬間、工場の騒音が、一気に遠のいた。


(さよならだ、俺の過去)


拓也は、そのまま、故郷であるこの街の駅へと向かった。彼は、書籍化の準備のため、そして、より集中できる執筆環境を求めて、上京することを決めていた。


駅のホーム。拓也は、田舎の寂れた駅舎を背に、東京行きの新幹線を待った。手には、小さなスーツケースと、一冊の文庫本。それは、昔からの愛読書のSF小説だ。


それは、彼の創作の「原点」として、これからも彼を支え続けるだろう。


やがて、新幹線が轟音と共にホームに滑り込んできた。拓也は、深呼吸し、スーツケースを手に、列車に乗り込んだ。


窓際の席に座り、動き出した列車から、故郷の街並みを見下ろす。工場の煙突、住宅街、遠ざかる山並み――それら全てが、まるで「書き終えた一章」のように見えた。

彼の目には、もう、ライン作業の疲弊した日々はない。あるのは、自分が創り出す、広大で自由な、物語の世界だ。


拓也は、スーツケースから、新しいノートパソコンを取り出した。そして、その画面に、既に連載を終えた『勇者アレスの怠惰な日々』のプロローグを、書籍化のために、書き直す作業に取り掛かった。


「プロローグ:彼は、なぜ最強で、なぜ昼寝を愛するのか」


拓也の物語は、現実の世界で、そして彼が創造した異世界で、同時に加速を始めた。


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