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2:仕事場の喧騒とタイトルの呪縛

山積みになったアルミ製品が、コンベアの上を規則正しく流れていく。単調な機械の稼働音と、時折響く作業員たちの怒号まじりの会話が、工場の広大な空間に反響していた。昼休みが終わり、午後の作業が始まったばかりだ。


山田拓也は、安全靴の先で床のオイル染みを無意識に蹴りながら、黙々と部品をプレス機にセットし、ボタンを押す作業を繰り返していた。

その彼の肉体は、いつものように工場の時間に支配されているが、精神は遥か遠い異世界を彷徨っていた。


(アレスは、王城を出た後、まずどこへ向かうべきか……。宿屋で呑んだくれさせるのは、ちょっとベタすぎる。あえて、最初の街では何もしない、というのもありか)


昨夜書き上げたばかりの「勇者アレス」の第一章が、彼の頭の中で何度も再生される。

会話文のリズム、情景描写の足りなさ。

そして、最も重要な「読者の引き込み」ができているのか、という不安。


「おい、山田! 何突っ立ってんだ! 手を動かせ!」


背後から、中年で体格の良い班長の低い声が飛んできた。拓也は、はっと我に返り、慌てて次の部品に手を伸ばす。


「す、すみません!」


「すみませんじゃねぇ! ぼーっとしてっと、指詰めるぞ。昨日も寝てねぇんだろ、お前。夜遊びも程々にしろよ。体壊して休まれたら、他の奴らが迷惑するんだからな!」


班長の言葉は、拓也の生活サイクルを正確に言い当てていた。いつも通りの小言だったが、今日の拓也の胸には、いつもより深く突き刺さった。


(わかってるよ。でも寝てないのは小説を書いてたからだ。決して遊んでるわけなんかじゃない)


心の中で反論しても、口に出すことはできない。彼は、無言で作業を再開した。冷たいアルミの感触が、夢と現実の境界線を明確にする。

ここが、彼の現実だ。小説は、この現実から逃れるための、唯一の出口だった。


昼休み、彼はいつも通り食堂の隅の席で、静かに弁当を広げた。スマホで「ノベリストになろう」のサイトを開き、ランキング上位作品の「タイトル」をスクロールして見て回る。



『異世界でチート能力を手に入れた俺は、無敵のハーレムを築き上げ、この腐った世界を征服します』


『追放された聖女ですが、実は伝説の勇者でした。魔王と倒せる唯一の存在ですが、今更戻れと言われても遅いです』



長い。とにかく、タイトルが長い。しかし、その長いタイトルの中に、読者が求める要素がすべて詰まっている。


(タイトルが全て、か。新着欄に埋もれないためには、内容を詰め込む必要がある)


彼の「勇者アレスの怠惰な日々」というタイトルは、あまりにもシンプルすぎた。ランキング上位作品と比べると、個性が薄い。

彼は、メモ帳に新しいタイトル案を書き出し始めた。



案1:『怠惰で引きこもりのSランク勇者は、仕方なく魔王討伐の旅に出る』


案2:『俺が魔王を倒したくて? ふざけるな。毎日昼寝をしたいだけの俺に、王国が土下座して頼み込んできた件』



「案2は、ちょっと長すぎるし、ふざけすぎか。でも、このくらいの情報量が必要なのかも……」


拓也の周りでは、同僚たちが、昨日のテレビ番組の話や、パチンコの話で盛り上がっている。その喧騒の中で、彼は一人、全く別の闘いを繰り広げていた。

彼の心の中は、熱いタイトルの言葉たちが渦を巻いていた。


「なぁ、山田。何書いてんだ?」


隣の席の、顔見知りの作業員、佐藤が、覗き込んできた。拓也は慌ててメモ帳を閉じる。


「い、いや、なんでもないです。ただのメモで……」


「へえ? そうかよ。なんか最近、お前暗い顔してんな。夜遊びで寝不足か? まあ、独身だし好きにやれや」


佐藤は、そう言って笑い、自身の弁当に視線を戻した。拓也は、佐藤の悪意のない言葉に、内心でほっとしつつ、同時に、自分の世界を誰にも理解されない孤独を感じた。


(「夜遊び」なんかじゃない。これは、俺の全てを懸けた戦いだ。でもここでは、こんなものはただの「遊び」にしか見えないか……)


焦燥感が、再び彼の心を苛む。このままでは、せっかく書いた第一章も、誰にも読まれずに新着の波に飲まれてしまう。


「投稿する時間帯も重要だ。週末の夜、あるいは、平日の深夜……読者が最も活発な時間帯を狙うべきだ」


彼は気を取り直して、投稿の戦略まで細かく練り始めた。これは、単なる趣味ではない。彼の世界と人生を変えるかもしれない、唯一のチャンスなのだ。


午後の作業中も、拓也の頭の中は、タイトルとあらすじの言葉選びで一杯だった。


***


――アレスは、面倒くさがり屋の天才剣士。彼は、人類最強と謳われるが、昼寝を愛し、王国の任務を全て拒否していた。しかし、魔王軍の幹部が、彼の昼寝の邪魔をしたことから、ついに立ち上がる。


***


「よし、あらすじはこれで行こう。怠惰というフックと、最強というテンプレ、そして、昼寝を邪魔されたという、コメディタッチの動機。読者の興味を引く要素は入っているはずだ」


退勤時間。拓也は、いつものように疲労困憊でアパートに帰ってきた。しかし、今日はその疲労の中に、確かな使命感が宿っている。

風呂を済ませ、コンビニで買ったパンを頬張りながら、彼はパソコンの前に座った。時計の針は、午後十時を指している。


「まずは、第二章のプロットを練りながら、タイトルとあらすじを確定させる」


彼は、大きく息を吸い込み、キーボードに手を置いた。

まず、彼はタイトルを変更した。



『勇者アレスの怠惰な日々~昼寝を愛する怠惰な最強剣士ですが、魔王軍に昼寝を邪魔されたので、仕方なく魔王討伐の旅に出ます~』



「……長い! 長いけど、これでいい。これで、読者に最低限の情報を伝えることができる」


そして、練り上げたあらすじを作品の概要欄に貼り付けた。


白い画面に情報が埋まっていく。その行為はまるで、自分の存在をこの「なろう」という広大な世界に、刻み付けているような感覚だった。


次に、彼は第二章の執筆に取り掛かった。


「第一章で、アレスが王城を出た。第二章は、アレスと彼の世話役となるキャラクターとの会話劇を中心に、世界の深掘りをしていこう」



『第二章:侍女リリィの苦労と天才剣士の奇行』



キーボードを叩く音が、再び部屋に響き渡る。


***


「アレス様! 何故、徒歩なのですか! 馬車を、馬車をお使いください!」


「うるさい、リリィ。安い乗合馬車は揺れが酷い。揺れると眠れない。眠れないと、俺は機嫌が悪くなる。機嫌が悪いと、剣を振り回したくなる。わかったら、静かにしろ」


***


拓也は、二人の会話を通じて、アレスの性格、リリィの献身、そして、二人の間に流れる奇妙な信頼関係を表現していく。

会話文と心理描写を多用することで、物語に立体感と、独特なリズムが生まれていくのを感じた。


深夜二時。外はすっかり静まり返っている。

拓也は、画面に表示された文字数を見て静かに微笑んだ。


2889文字


「いい感じだ。明日、第三章を仕上げて、いよいよ……」


彼は、人差し指で、画面上の「投稿」ボタンに触れる。まだ、押せない。しかし、そのボタンを押す日が、着実に近づいていることを、皮膚を通して感じていた。


拓也は、冷たい画面から指を離し、再び眠気の波に身を委ねる。しかし、今日は、昨夜とは違う。

彼の心の中には、完成した物語の温もりと、読者の反応への、抑えきれない期待が燃えていた。


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