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18:書籍化への一歩と人生の転機

いつも通り、深夜午前1時を回った頃。


拓也は、液晶画面に映る数字を見つめていた。

モニターの青白い光が、疲れ切った顔を照らす。

瞳の奥に、乾いた熱が灯る。


ジャンル別日間ランキング:19位


「ついに……あと一歩」


連載開始から二ヶ月。彼は、ついにトップテン圏内に手が届くところまで来た。新規のアクセスは流入を続け、ブックマーク数は間もなく500に達しようとしている。彼の作品は、今や「ノベリストになろう」の中で、確固たる存在感を放ち始めていた。


拓也は、第六十一章を投稿したばかりだった。王都での騒動を収束させ、アレスが「面倒だから」という理由で、王国の政権交代にまで影響を与えてしまう、という展開を描いた。読者からの反応は、依然として熱狂的だ。


彼は、疲れ果てた体を引きずりながらも、その数字の輝きに、抗いがたい魅力を感じていた。このランキングこそが、彼のこれまでの努力と、工場での過酷な現実を耐え抜いた証なのだ。


その時、彼のスマホが、静かに光った。拓也は、何気なく画面を開いた。


差出人は、見慣れないアドレスだった。タイトルには、「【ノベリストになろう】貴作『勇者アレスの怠惰な日々』について」とある。


拓也の心臓が、一瞬、止まった。


「これは……」


拓也は、マウスを持つ手が震えるのを感じながら、メールを開いた。本文は、丁寧な言葉遣いで綴られていた。



山田 拓也 様


突然のご連絡失礼いたします。

株式会社小栄館、編集部所属の加瀬と申します。


普段より、ウェブ上で公開されている小説を拝読しており、この度、山田様の貴作『勇者アレスの怠惰な日々』を拝読させていただきました。

主人公アレスの「怠惰」と「最強」のギャップが、物語の核となり、読者に強烈なカタルシスを与えている点、大変魅力的であると感じ、この作品をぜひ多くの方に、「書籍」という形でお届けしたいと強く感じました。


つきましては、貴作の書籍化について、一度詳しいご相談をさせていただけませんでしょうか。


ご多忙の折とは存じますが、もし書籍化にご興味をお持ちいただけましたら、ご都合の良い日時をいくつかお教えいただけますでしょうか。 まずはオンライン(または電話)にて、企画の概要をご説明させていただければ幸いです。


作品への熱意ゆえの突然のご連絡、何卒ご容赦ください。 心よりご連絡をお待ちしております。



拓也は、メールの文章を三度、四度と読み返した。文字の一つ一つが、彼の頭の中で、歓喜の火花となって弾けた。


「書籍化……」


それは、彼がこの連載を始めた、最も大きな夢だった。ランキングを上げること、読者に読まれること。その全てが、この「書籍化」という現実の成就に繋がっていたのだ。


彼は、椅子から立ち上がり、部屋の中を、意味もなく歩き回った。興奮で息が荒くなり、全身の血が逆流しているようだ。


(やった……! 俺の小説が、本になる。本屋に並ぶんだ!)


胸の奥から、何かが込み上げてきて、言葉にならない笑いが漏れた。

息が荒く、視界が滲む。


このメールは、拓也にとって、単なるビジネスのオファーではない。それは、工場のライン作業員としての自分の人生に、終止符を打つ「権利」を与えられた瞬間だった。


彼は深呼吸をひとつして、震える手で返信を書いた。

文字を打つたび、心臓の鼓動が追いかける。

興奮を抑え、しかし誠実に――

面談希望の旨と、感謝の言葉を、丁寧に添えた。


「送信」ボタンを押した指先が、わずかに汗ばんでいた。

送信完了の小さな音が、静まり返った部屋に響く。

それが、まるで運命の鐘のように聞こえた。


拓也は、パソコンを閉じ、部屋の隅の暗闇に目を向けた。彼の視線の先には、壁に立てかけられた、工場の作業服が掛かっている。


彼は、意を決したように、立ち上がり、クローゼットの奥から、数年前に購入したまま使っていなかった、真っ白な封筒と便箋を取り出した。


机に戻り、椅子に腰を下ろす。

手はまだ震えている。

だが、迷いはなかった。


便箋の上にペンを置き、一文字ずつ、ゆっくりと綴っていく。


「辞表」


黒いインクが、紙の上に滲む。

それは、彼にとって現実からの離脱を示す署名。


日付と自分の名前、そして「一身上の都合により」という理由を書き込んだ。


書き終えた辞表を手に取り、拓也は窓の外を見た。夜空は、まだ深い闇に包まれているが、彼の心の中は、すでに夜明けの光が満ちていた。


彼は、辞表を封筒に入れ、その重さを、両手で確かめた。この一枚の紙切れが、彼のこれまでの人生の全てと、これからの人生の全てを、分断する境界線となる。


(この辞表を、班長に渡す。そして、俺は、小説家として、次の戦場へ向かう)


拓也は、辞表を机の最も目立つ場所に置いた。その辞表は、まるで彼が創造した物語の最終章のように、力強く、そして清々しく見えた。


彼は、そのままベッドに入り、目を閉じた。今夜の眠りは、これまでとは違う、夢に満ちた、穏やかなものになるだろう。彼の物語は、もう工場という現実の喧騒に邪魔されることはない。


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