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16/32

16:数字の下降と厳しい現実

午前の仕事は何事もなく進み、昼休み。

拓也は、いつものようにスマホを手に取り、アクセス解析の画面を開いた。連日、王都編の執筆とライン作業の疲労で、体は軋んでいるが、ランキングの確認だけは欠かせなかった。


昨夜、第三十五章を投稿し、物語は王都の貴族たちの陰謀に片足を突っ込んだところだ。


閲覧数(24時間):2050

ブックマーク:65(新規3)

評価ポイント:105(新規6)

ジャンル別日間ランキング:68位


「……下がった」


拓也は、微かな落胆を覚えた。一時は49位まで上がっていた順位は、緩やかに下がっていき、68位にまで落ちていた。新規のブクマも、あの時の勢いからは明らかに減速している。


(王都編は、読者の評価が割れたか……。爽快感を優先して、貴族の陰謀という『深み』の部分が、まだ読者に届いていないのかもしれない)


彼は、スマホの画面をスワイプしながら、感想欄を開いた。



読者名:テンプレ大好き


「王都で御者をぶっ飛ばすところは最高でした! やっぱアレスはこうでなくちゃ! 貴族の陰謀とかは正直どうでもいいから、もっとアレスの暴れっぷりを描いてほしい!」


読者名:世界観ガチ勢


「王都の貴族たちが、アレスの行動をどのように見ているのか、その描写がまだ浅い気がします。アレスの『怠惰』を、王国の秩序を揺るがす思想として、もっと掘り下げてほしい。次回に期待します」



やはり、読者の求めているものは二極化したままだ。拓也は、どちらの期待も裏切りたくないという気持ちと、自分の文章が、そのどちらにも完全には届いていないという現実の狭間で、焦燥感を募らせた。


「中途半端になっているのかもしれない……」


彼は、ぐっと拳を握りしめた。このままでは、せっかく上がったランキングから、また静かに埋もれていってしまう。


その時、拓也の目の前に、田中の影が差した。田中は、無言で拓也の向かいに座り、古びた文庫本をテーブルに置いた。拓也の作品を初めて知るきっかけとなった、あのSF小説だ。


「田中さん……」


田中は、煙草に火をつけ、深く息を吸い込んだ。工場の食堂では禁煙だが、田中はいつも誰も気づかない隅で、こっそり吸っている。その煙が、拓也の目には、彼の後悔の念のように見えた。


「山田。お前、最近、顔がまた酷くなったな。夜、書いてるんだろ?」


「はい……。ちょっと、ランキングが気になって」


田中は、フッと鼻で笑った。その笑みには、諦念と、どこか優しさのようなものが混じっていた。


「ランキング、ね。そうやって数字に追われると、書くことが、だんだん『作業』になっていくんだよ。自分が何のために書いてたのか、わからなくなる」


「でも!俺は、小説を書くことは止めません!読者の事を考えて……」


拓也は、思わず、反論するように言った。その言葉には、田中に自分の道を肯定してほしい、という切実な願いが込められていた。


煙草の先が静かに赤く灯り、灰が落ちる音が微かに聞こえる。


「俺はな、小説を書くのを止めたんじゃない。正確には、夢を捨てたんだよ」


田中の声には、後悔とも自嘲ともつかぬ重みがあった。


「誰からも読まれない文章を、毎日書き続ける体力も、精神力も、俺にはなかった。

夢を追い続ける『資格』なんて、もう自分にはないと思ったんだ」


その一言一言が、鉛のように胸に沈んでいく。

田中の目は、遠くのどこか、過去の自分を見ているようだった。

拓也は、胸の奥で何かがきしむのを感じた。

田中の姿に、「自分が書くことをやめた未来」が、重なって見えたのだ。


「……山田。お前は、まだ戦ってる。あの時、諦めた俺とは違う。ランキングの順位がどうだろうが、お前には『待ってる読者』がいる。それは、夢を追い続けてるお前にとって、とても大切な宝なのは確かだ」


田中は、煙草の火を指先でねじ消し、吸い殻を灰皿に押しつけた。そして立ち上がると、拓也の肩をぽんと軽く叩いた。


「ただな、無理はすんな。身体が一番の資本だからな。お前は、俺みたいになるなよ」


そう言い残し、田中は席を立った。拓也は、田中の背中が、いつもよりも小さく見えた。彼は、もう小説を書かない。彼の夢は、完全にこの工場で無くしてしまったのだ。


「……夢を捨てた、か」


拓也は、自分のスマホの画面を見つめた。58位。この数字は、田中のように夢を諦めず、戦い続けている証だ。


彼は、ふと、田中が置いていったSF小説の文庫本に目をやった。本の奥付を見ると、作者の経歴が書いてある。


『作者:高校卒業後、工場勤務を経て、29歳で作家デビュー』


拓也は、その記述を見て、全身に電流が走ったような感覚を覚えた。


(工場勤務……29歳……)


拓也は、今25歳。まだ時間はある。そして、何よりも、彼は今、物語を書き続けている。このSF作家も、かつては自分と同じように、工場のライン作業員として、昼夜逆転の生活の中で、孤独に夢を追いかけていたのだ。


田中は、夢を捨てた。しかし、拓也はまだ現役だ。


彼は、スマホを握りしめ、強い決意を込めた眼差しを、工場の出口に向けた。


「俺は、絶対に、諦めたりしない。この工場から、この小説で、抜け出すんだ」


拓也は、昼食の残りのかき揚げを、冷たいまま一気に胃に流し込んだ。そして、午後からの作業に、いつも以上の集中力で臨んだ。疲労と眠気を、創作へのエネルギーに変えるために。


夜の執筆。拓也は、第三十六章のプロットを練る。




【第三十六章:アレスの「怠惰な戦争」】

アレスは、貴族の陰謀に直接巻き込まれる。

陰謀の「面倒くささ」に耐えかね、陰謀そのものを短期間で終わらせるため、貴族たちを巻き込んだ、大規模で派手な「怠惰な戦争」を仕掛ける。

一気にカタルシスを得たい読者に「爽快感」を提供しつつ、王国の構造を破壊することで「深み」を追求する。



彼の頭の中では、アレスが豪奢な城壁を見上げ、剣を抜く音が響いていた。

それは「戦い」ではなく、「怠惰のための戦争」。

だが、その怠惰は、誰よりも痛烈に世界を動かしていく。


「王都に夜が降りる。陰謀は静かに膨らむ。しかし、怠惰な男がそれを一息で吹き飛ばす」


彼は、もはや読者の要求に振り回されることを止め、自分の信じる「怠惰な最強主人公」の物語を、最も強い形で表現することに集中した。


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