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13/32

13:再始動の週明けと一つの返信

月曜日。

拓也は、土日で、ようやく心身のバランスを取り戻していた。

まだ、胸の奥には疲労の澱が沈んでいるが、それでも以前のような鈍い倦怠感はない。

眠りによって、脳の奥にこびりついていた濁りが洗い流されたようだった。


ライン作業は、まだどこかミスを恐れる緊張感があったものの、睡眠を十分にとったおかげで、集中力は戻っていた。班長からの視線は相変わらず厳しかったが、拓也はそれを静かに受け流した。


(明日だ。約束通り、明日から連載を再開する)


仕事から帰宅した拓也は、真っ先にパソコンの前に座った。彼の連載休止は、今日が最終日。そして、彼は三日間で、失ったもの以上のものを手に入れたと感じていた。それは、読者からの信頼と、作品への確固たる熱意だった。


彼は、第二十三章の執筆に取り掛かった。辺境の村での、アレスの「怠惰な救済」がテーマだ。


***


遠くの街道から、馬車の車輪の音と、馬の嘶きが聞こえてきた。村の入口に、三台の豪華な馬車と、武装した兵士を従えた、王都の徴税官の一団が到着した。


徴税官の代表は、脂ぎった顔をした、傲慢な雰囲気の男だった。彼は、村長が差し出した帳簿を鼻で笑い、村人たちを見下ろした。


「ふん。不作? 辺境の貧乏人どもの常套句だ。王都は、貴様らの都合など聞いていない。さっさと、今年の分の金を出せ。昨年の滞納分も含めてな」


男は、傲慢に言い放ち、村人たちは、絶望の表情で顔を伏せた。


***


拓也は、王国の腐敗と、村人たちの絶望的な心理描写を、丁寧に行った。そして、そこに現れるアレス。


***


アレスは、いつものように欠伸を一つし、役人の目の前に立ちはだかった。


「……うるさいな」


ゆっくりと徴税官の前に歩み出る。

薄汚れた外套の裾が、土をかすめた。


「お前らのせいで、村の空気が悪くなった。風が通らねぇと、昼寝の邪魔なんだよ」


徴税官の取り巻きが怒声を上げるより早く、

閃光のような斬撃が走った。


音が遅れて届く。

気づけば、兵士たちの剣は粉々に砕け、膝をついていた。

空気そのものが切り裂かれたような静寂。


アレスは、ひとつ息を吐き、再び欠伸をした。


***


「怠惰」を理由にした、正義の執行。拓也は、アレスの剣技を描写する際、以前よりもさらにテンポを重視した。一瞬の閃光で、役人たちは全員戦闘不能にされる。


そして、村人たちがアレスを「勇者」として崇めようとした時、アレスは彼らの希望を静かに断ち切る。


***


「勘違いするな。俺は、お前たちを救ったんじゃない。俺自身の安寧を確保しただけだ。もし俺の昼寝の邪魔をするようなら、その時は、お前たちも容赦なく叩き潰す」


声には怒気も誇りもなく、ただ、空気のような無関心さが漂っていた。

その静けさが、かえって村人たちを圧倒する。


***


拓也は、アレスの「ヒーローでありながら、アンチヒーロー」であるという二面性を強調した。これで、読者の期待を良い意味で裏切り、物語へのフックを強める。


深夜零時。火曜日の日付に変わった瞬間。拓也は、完成した第二十三章の投稿ボタンを押した。


画面に浮かぶ一文。


『第二十三章 怠惰の救済』

投稿が完了しました。


拓也は、深く息を吐いた。身体の疲労はまだ残っているが、心は充実感で満たされていた。

すぐにアクセス解析のページを開く。


閲覧数:20(投稿直後)


そして、彼は、ある通知に気づいた。


感想:4件(新規1件)


「また、感想が……?」


連載休止の期間中、拓也が活動報告に返信したことへの反応かもしれない。彼は、すかさず感想欄を開いた。


しかし、そこに書き込まれていたのは、以前、拓也の心を深く傷つけた、あの読者からのものだった。


読者名:辛口レビュアー


「連載再開、お疲れ様です。活動報告を拝見しました。現実の仕事での失敗を正直に書いた作者さんの姿勢に、少し考えさせられました。そして、この第二十三章。アレスの『怠惰』が、村人の絶望という重いテーマと絡むことで、ただのチートから、物語の『核』として機能し始めています。 安直だと切り捨ててしまいましたが、作者さんの『書きたいもの』への意志を感じました。私も、もう少し、この物語を見届けたいと思います。読むのを切った発言は撤回します」


拓也は、信じられない思いで、そのコメントを読み返した。


「切ったのを、撤回……?」


彼の心臓が、激しく高鳴る。批判で彼の心を最も打ちのめしたはずの「辛口レビュアー」が、彼の作品を、そして彼の「作者としての姿勢」を認め、戻ってきてくれたのだ。


特に、「アレスの『怠惰』が物語の『核』として機能し始めています」という言葉は、拓也が、あの苦悩の中で必死に捻り出した第十一章以降のプロットの方向性が、正しかったことを証明していた。


拓也の瞳から、涙が溢れた。

それは、疲労や悲しみから来るものではなく、純粋な喜びと、理解者を得たことへの感動だった。


彼は、迷わずそのコメントに返信した。



「辛口レビュアー様。お戻りいただき、心より感謝申し上げます。読むのを切られた際、深く悩みましたが、あの批判があったからこそ、私は物語の核を見つめ直すことができました。心からのご指摘、ありがとうございました。そして、第二十三章へのご評価、本当に励みになります。今後も、私の『書きたいもの』と、読者の皆様の期待に応えるバランスを追求してまいります。どうぞ、最後までお付き合いください」



送信ボタンを押した後、拓也は椅子の背もたれに身体を預けた。

全身から力が抜けていく。


(ランキングや、何万というPVでもない。この、たった一人の読者の、心からの「理解」こそが、俺が小説を書く理由なんだ)


拓也は、この挫折と再起を通じて、ノベリストになろうで戦うための、最も重要な武器を手に入れた。それは、批判を恐れず、読者の声に誠実に耳を傾け、そして、自分の物語の「核」を決して曲げない、強い精神だった。


拓也の部屋を照らす光は、安物の電気スタンドの黄色い光ではなく、彼の心の中で燃え上がる、創作への情熱の光だった。彼は、第二十四章のプロットノートを手に取り、物語の続きを紡ぎ始める準備をした。

外の世界はまだ夜明け前。

けれど彼の中では、もう新しい一日が始まっていた。


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