AI達の愛探し
この話は大学生時代に部誌に掲載した話を、加筆修正したものです。
とても気に入っているので、ここでも投稿します。
「愛とは、何なのか」
ラヴクラフトが、肥大化したクマムシのケージを指でつついた。愛とは何なのか、それは人間の残した最大の謎である。機械である我々には、理解出来るかすら分からない代物だ。
人類が滅びてから随分と経った。我々の創造主たる彼等は、死して尚私達のずっと上に居る。百年間、これでも人間を理解しようと努力してきたつもりだ。だが、まだまだ彼等を理解しきることは難しい。感情、その中でも愛と呼ばれる物が、我々には未ださっぱり分からない。
「生物を育む事による愛の発生の実験、進展はどうだ?」
私は四角い頭のラヴクラフトの隣に立つと、同じ様にして屈む。ケージの中には、クマムシの進化した子孫達が窓から差し込む日に当たり草を食んでいた。昔クマムシは大きくても一ミリ程度だったと聞くが、今ではその百倍程まで大きく成長している。
「今日も変わらず、何も無し。犬とか猫とか、もっと人間によく飼われていた生物のサンプルが欲しかった」
「無茶を言うな。百年前の環境汚染で、生き物の大半は死んでしまった。それがやっと改善され、こうして生きている動物を他の連中から貰うのに、幾らかかったと思っているんだ」
「やはり諦めるしかないか。ところでロマンス、君の方はどうなんだ?」
それと、環境汚染で人類と生物が死に絶えたのは正確には百五年前だ。と付け足したラヴクラフトの問いに、私は首を振って答えた。人間達の残したデータは、どれもこれもが壊れていて解析できるものではない。環境汚染と同じくして、大気中の物質が電波を阻害しネットワークが使い物にならなくなってしまった。ごみの山から発掘されたメモリも、壊れたがらくただけだ。私達の古い記憶を探っても、昔人間達のためにやっていた仕事のことしか残っていない。はっきり言って、手詰まりだった。
行き詰まった時は、一度初心に帰るといい。私のメモリの奥深くに眠っていた文献で見た誰かの言葉が聞こえた気がした。
「ラヴクラフト。今日は宝の山を探さないか」
「僕は良いが、もうあそこから何かが出てくる事は無いと諦めたのは君だろう?」
「偶には初心に帰るのも、悪くは無い。三十年ぶりだ、何か見つかる可能性だって、ゼロじゃない」
宝の山と言うのは、がらくたばかりのゴミの山へのちょっとした皮肉である。その色は金でも銀でもなく、錆びた鉄の色だ。と言っても、今はどこを見渡しても赤茶けた景色ばかりなのだからそう珍しいものでは無い。
錆だらけの何かの部品だったものを蹴飛ばし、読めなくなった看板をどかす。こういった大きな物の下には、雨に晒されずマシなものが残っている事がある。今回見つけたのは、人間達が使っていた携帯型の端末だ。画面はヒビ割れ、本来端子を繋ぐ筈の穴には土が詰まっている。砂埃を手ではらうと、画面が剥がれ中からカビた回路が現れた。こちらを見ていたラヴクラフトに首を振り肩を落とす真似をする。言うまでもなく、ハズレだ。
空を見上げると、スモッグの切れ目から随分と傾いた太陽が顔を出した。錆びた赤が照らされ影が伸びていく。私達は顔を見合わせた。
「暗くなると足元が見えない。今日はここまでにしよう」
傾くのが速い太陽を睨み、名残惜しい宝の山を振り返った。すると、何かが遠くで光ったでは無いか。どうせまたがらくたかもしれない。だが、この錆だらけの地平線の中で光るものがあった。それだけで、探しに行く価値はあるだろう。
「ロマンス、僕の話を聞いていなかったのか? 帰ろう!」
「何かが、何かが光ったんだ! 新しい発見があるかもしれない!」
「どうなっても、僕は知らないからな!」
ラヴクラフトは声を荒らげる。だが、それでも進む私の後ろで「ああもう、分かったよ!」と言うと私の横に並んだ。
「今度、僕の研究に何でも一つ付き合ってもらうからな」
私の顔に血が通っているのなら、きっと青くなっていた事だろう。忘れもしない。以前、どこからか引っ張り出して来た資料に触発されたラヴクラフトが僕と接吻を交わさないか、と顔を近付けて来た。あの時は、幾ら機械の私と言えども断った。結局彼は、がらくたの山から見つけた壊れた頭部パーツに大昔のテレビの様な頭をくっつけていたのだが、今回もそんな事を言われたらたまったものでは無い。どうかそれが、常識的な物であるように祈る。
そうこうしているうちに、腐ったアスファルトの道路を駆け抜け、ごみで埋め立てられた川を飛び超し目的地へとたどり着いた。
「ラヴクラフト。これが何なのか、分かるか?」
「分かっていたら、こんな顔はしない」
それは、白い卵型のカプセルだった。ボロボロの鉄板の下から出てきたカプセルは、私が両腕で抱える程のサイズで腕の中でよく滑る。ラヴクラフトは指でカプセルをつつきながら首を傾げた。驚いた事に、その表面には傷一つついておらず、また錆も見当たらない。
私は飛び上がって喜んだ。ようやく新しい発見をしたのだ。これで、何の進展もなくただ考える毎日から何かが変わる、そんな気がした。
「持って帰ろう」
「待て、爆弾とかだったらどうする? あまり得体の知れない物を持ち込まない方がいい」
「こんな物がどう爆発するって言うんだ」
「分からないから疑っているんだろ!」
「分からないから調べるんだ!」
ついカッとなって振り上げた腕、それを下ろした先がマズかった。硬い物にぶつかった感触に視線を落とすと、カプセルが輝き煙を吹き出した。ラヴクラフトがバタバタと慌て喚きながら物陰に隠れる。私もそうするべきなのかもしれない。だが、不思議とこれが危険な物だとは思わなかった。
手を伸ばし、カプセルに触れる。すると、太陽が沈み暗くなった辺りを真っ白に照らす程の光が溢れた。影が伸び、思わず光を腕で遮る。熱すら感じる光はすぐに収まった。だが、カプセルの中にあった物に私は更に驚いた。
「まさか、人間……ではないよな?」
膝を震わせたラヴクラフトが私の隣に並ぶ。そう、その見た目はまるで人間だった。開いたカプセルの中、少女が気持ち良さそうに眠っている。年齢は五歳程度だろうか。小さな肩が上下し、呼吸をしている様にも見える。呼吸をしているフリをする機能は、随分と新しい技術の筈だ。それこそ人間が滅ぶ直前。人間型のアンドロイドである私にですら付いていない。この子は余程上手く作り込まれているのだろうか、それとも。私は小さな鼻に手を当て、同時に首で脈を測った。
「呼吸をしている。脈もある」
「信じられない……それじゃあその子は」
私はゆっくり頷いた。
「人間だ」
ラヴクラフトの四角い頭の底部が外れ、地面に落ちた。彼がこんなに驚いたのは初めてだ。もし私にも落ちる部品があったのならば、ポロポロ落ちていただろう。実際に、私は自分で言った事を疑う様にぽかんと口を開けていた。
「人間が、生きていたって言うのか? この百年間!」
「恐らく、仮死状態で眠っていたんだ。このカプセルは、コールドスリープを行う為の物だろう」
「大変だ、ああ回路がショートしてしまいそうだ!」
ラヴクラフトが部品をはめ、ぐるぐると忙しなく動く。本当に、これはとんでもないことだった。人間が滅んでからというもの、役目を失った私達は日々自分達の存在意義をどこかで考えている。この子供という存在意義が見つかったのだ。
「もしこれが他の連中に知れたら……」
世界中のロボット達が大混乱に陥るだろう。それこそ、人間の最後の一人が亡くなった時以上に。考えたくもなかった。
「いっそのことカプセルに戻してしまおう。きっと僕達よりふさわしい奴が拾ってくれるさ!」
確かに、面倒事には首を突っ込まないほうがいい。だが、私は押し迫る好奇心に勝てないでいた。
「ラヴクラフト。この子を私達で育てよう」
「君は、一体何を言っているんだ? ネジでも外れたか?」
「人間達の知る愛。それを知る、チャンスかもしれない」
ラヴクラフトは子供に視線を向けた。その目は好奇心で輝いている。彼も私の友人、似た者同士なんだ。理性で抑え込んではいるものの、我慢しきれるはずがない。もう一押しだ。
「愛とは何なのか。知りたくないか?」
「……分かった、分かったよ! 早く連れて帰ろう。カプセルも貴重なサンプルだ、持っていこう」
「君が話の分かるやつでよかったよ」
子供を抱え、すっかり暗くなった帰路を足元に気を付けて進む。段差などにはもちろん細心の注意を払った。人間の、中でも子供は一段と脆いのだから。落とさないようにしなければならない。
「名前はどうするんだ?」
「もう決めてある。この子の名前は__」
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「お父さん、何をしているの?」
「アイ、私は仕事中だからあっちへ行っていなさい。それと私は君の父ではない。ロマンスと呼ぶように」
「はーい、お父さん!」
ぱたぱたと駆けていくアイは、随分と大きくなった。それもその筈、あれから五年も経っているのだから。五年も、と表現するのはいつぶりだろうか。私達は長い年月を経るうちに、時間の感覚がおかしくなってしまっていたのかもしれない。だが、アイが来てからは違う。一年一年が、厚みのあり楽しい日々だ。
最初は、色々と大変だった。人間が食べても害のない食料を探し、育てる間にアイにはつらい思いをさせた。だが今ではもう問題はない。人間一人を養える程のビニールハウスがあるからだ。問題なのは、周りの視線だ。一応は、人間とそっくりに作られたヒューマノイドだと説明してあるが、どの位信じているだろうか。私はよく他の機械達を治し、ドクターロマンスなんて呼ばれてはいるもののまだ不安は残る。それに、アイだ。あの子は最近私の言うことをあまりよく聞かなくなった。反抗期、というのだろうか。先ほども、少しでも怪しまれない様呼び方に注意をしてもあのざまだ。お陰で心配が尽きず、研究すらままならない。アイと共に持ち帰ったカプセルの解析ですら、今も難航中だ。
「ロマンス、カプセルの解析はどうなった?」
「もう少だと思うんだが、どうにもこうにもうまくいかない。君の方は?」
ラヴクラフトは聞きたいか? と言い不気味に笑った。私はとっさに聞きたくないと答える。どうせ、またくだらない資料を引っ張ってきたんだろうがもううんざりだ。結局、前回は私自身に害はなかったものの、三日間延々と愛の言葉なんてものを聞かされ続けた。我ながらよく耐えたと思うが、もうこりごりだ。
肩を落としクマムシのケージの前で座り込むラヴクラフトを見送ると、アイの姿が見当たらない。目を離した隙に、あの子はいつも何かをしでかす。今回だって。
「お父さん、これは何?」
そう言ってアイが触っていたのはカプセルだった。私はショートしそうになった頭を何とか持ち直し、アイを椅子に縛り付けた。
「離してー!」
「お前はいつもそう、どうして私を困らせるんだ!」
チカチカする額に手を当てカプセルに目をやると、私は目をさらに見開くことになる。壊れたりはしていない。だが、私が解析できなかったデータの鍵が、解かれているではないか。データに目を通していくと、そこにはとんでもないことが書いてあった。私はラヴクラフトに見られていないか視線を向けると、彼はまだクマムシと戯れている。慌ててデータを閉じるとアイを見た。そして私の中の何かが震えた。
あのカプセルには、ある実験のデータが残っていた。機械の意識を人間へ移植する実験。その技術は完成していて、事細かく書いてある。残すは実践のみだったが、その日からのデータは途切れていて更新されていない。恐らく、行動に移す前に何かがあったのだろう。
私は縄を解きアイを椅子から解放しながら、その頬に触れた。鉄やプラスチックではない、弾力のある肌。暖かい体温。不規則に、だが一定にリズムを刻む鼓動。人間の、肉体。
私は笑顔を作るとアイに笑いかけた。
「今日はもう遅い。寝なさい、アイ」
「お父さん、今日は一緒に寝てもいい?」
そんな私の気を知らず、アイは上目で私を見つめる。きらきらとした瞳だ。純粋で、淀みのない。きっと私の物とは正反対だ。私は崩れそうになる笑顔を持ちこたえ、頷いた。
ベットに入るとアイはすぐに寝息を立てた。息をする度に上下する胸を見つめていると、好奇心が顔をのぞかせる。人間になったら、どんな気分なんだろうか。常に呼吸をし、心臓を動かす。血が隅々まで流れ、吸った空気を運んでいく。自分の胸に手を当てるとそれを実感できる。だが、そんな事は全てどうでも良いのだ。
愛が、理解できるかもしれない。
気が付いた時には、私は起き上がりその両手はアイの首に添えられていた。なんて細いのだろう。心臓が脈打ち血が往来しているのが、私にも伝わってくる。それだというのに、アイよ。君は何て、呑気に寝ているんだ。私が今、ある程度の力を咥えれば君の命はぽっきりと終わってしまうというのに。私が悪いロボットだって、思わないのか。
手が震える。何故震えるのだロマンス。君の研究の終着点が、すぐそこにあるかもしれないというのに。愛が、分かるかもしれないのに。どうして、どうしてロマンス、君は一歩を踏み出さないのか。私は一体、どうすれば良いのだろうか。私は、私は……
「ロマンス! よくも、よくもやってくれたな!」
「だから、手が滑ったんだと言っているだろう。大丈夫、また振出しに戻っただけだ」
「大丈夫って、君、なんでそんな平然としていられるんだ! こんな……カプセルを壊しておいて!」
ラヴクラフトが指を指す先には、回路がめちゃくちゃになったカプセルがあった。線が切れ、基盤が割れ、それはそれは悲惨な状態だ。私は特に悪びれもせず、腰ほどの高さにある頭を撫でた。アイが、私を見上げて笑う。昨日の私の葛藤も知らないで、何て子だ。
まだ喚き散らすラヴクラフトをよそに、クマムシのケージを指でつつく。彼等もまた、呑気に草を食んでいた。
「愛とは、何なのか」
何時ぞやのラヴクラフトの真似をする。すると私の隣でそれを見ていたアイが、何かを呟いた。
「きっと、お父さんにもあるものだよ」
「アイ? 今、何て言ったんだ?」
「秘密!」
うまく聞き取れず問い正すが、アイは舌を出し、ヒートアップしたラヴクラフトに邪魔をされ結局何も聞くことはできなかった。
愛とは一体、何なのだろう。そう考える私に、アイは自分の首を撫で無邪気に笑った。