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三人集合

 授業時間でありながら教師の声が響くことのない空き教室にて、てきとうに拝借した椅子に座り俺と向かい合っている加賀谷は落ち着かない様子で辺りを見回していた。


「ねえ、保健室に行くんじゃなかったの?」

「ん? ああ、それはあの場を抜け出すための嘘だ。さっき加賀谷の見たものが普通じゃないのはわかるだろ。そんなものについて話してるのを人に聞かれたら俺たちの頭がおかしくなったと思われかねないし、他に誰もいないここの方が話をするのには向いてる」


 この前織間が俺を引きずり込んだこの空き教室は彼女の手によって結界が張られているらしく、現在は魔法使いの素養がある人間以外は無意識に避ける陸の孤島と化している。

 なので、学校内で魔法の話をするならここが一番安全なのだけれど。

 当然ながらそんな事情が加賀谷に理解してもらえるはずもなく、彼女は俺の方へ疑問と不安がない混ぜになった表情を向けている。


「さっきって……私の話、信じているの?」

「もちろん。というか、あれは俺にも見えてたしな」

「そう、なの? その割には驚いていないように見えたけど」


 俺は俺で、急に織間の姿を見つけたときには結構驚いていたのだけれど。

 魔法の存在など知らない加賀谷の驚きは俺の比ではないだろうし、彼女から見ればそんな俺でも落ち着いているように見えたらしい。

 こんなときに考えることではないが、そのことが魔法に慣れてきたことの証のように思えて少しだけ嬉しいと感じてしまう。


「まあ、その辺はいろいろあってな。というか、どっちかというと俺が気になるのは加賀谷が途中で織間を見失ってたことなんだが」

「織間さんを見失った? ……言われてみれば、似ていた気がするけど。あれが、織間さんだって言うの?」

「ああ。後ろ姿ではあったけど、あんなに目立つやつ他にいないだろ」

「それは、そうね」


 心情的にはいろいろ飲み込めていない部分もありそうだけど、あの特徴的な姿を見た後では否定もしづらいのか加賀谷は歯切れの悪い口調で肯定の返事を口にした。


「正直、かなり混乱しているんだけど。口ぶりからして白藤君と織間さんには普通とは違う何か特別な秘密がある、ということでいいのかしら?」

「まあ、だいたいそんな感じだな」


 俺の返事を聞いた加賀谷は頭痛を堪えるかのように額へ手を当ててから、ゆっくりと息を吐き疲れた様子を隠さずに天井を仰いだ。


「私がしたかったのはこういう話じゃないのに、どうしてこんな訳のわからないことに巻き込まれているのかしら。本当に、勘弁して欲しいわ」


 加賀谷が天井を仰いだまま漏らした独り言は切実な響きを帯びており、彼女の混乱ぶりがよくわかるけれど。

 残念ながら織間の姿を見た彼女をこのまま放置するわけにはいかないし、ひとまず帰ってきた織間に判断を仰ぐまでは付き合ってもらうしかないだろう。



 ◇



 加賀谷と二人で待つこと十分程度、魔獣の対処から帰還した織間は俺がスマホで送ったメッセージに気づいたらしくげんなりした表情を浮かべながら空き教室へと現れた。


「白藤以外でさっき私が出ていくところを見た人間がいるって話、本当なの? あんたは自覚ないかもしれないけど、魔法使いの素養がある人間なんてそうぽんぽん見つかるものじゃないはずなんだけど」

「こんなすぐバレる嘘ついて何の意味があるんだよ。疑うなら試してみればいいだろ」


 一仕事終えた直後に別の問題が発生したからなのか若干機嫌の悪そうな織間へ加賀谷の方を見るよう促すと、彼女は加賀谷の頭から爪先まで軽く眺めてから右手を前に突き出した。


「剣よ」


 以前見たときと同じように、織間が紡いだ言葉は現実へと影響を及ぼし彼女の手の内には虚空より一本の刀が現れる。

 炎こそ纏っていないけれど、明らかに普通とは違う現象だ。

 

 これで、織間と加賀谷は互いに相手が普通でないことを理解しただろう。

 刀が出現した直後は何を疑うこともなくそう思ったのだけれど。


 いつまで経っても加賀谷が刀について言及することはなく、彼女はただ怪訝そうな表情で織間の右手を見つめている。


「その、これは何なのかしら。お芝居の練習、というわけじゃないのよね?」

「いや、何って、いきなり刀が出てきたんだし、もうちょいリアクションあってもいいと思うんだが」

「刀? そんなものどこにもないけど。一体、何の話?」

「は? 刀なら、すぐそこに」


 俺が織間の手の内にある刀を指差しても加賀谷の反応は鈍く、とても俺と同じものを見ているとは思えない。


 どういうことだ?

 加賀谷には刀が見えてない? 

 でも、何で。

 さっきは途中で見失いこそしたものの俺と同じように窓の外にいる織間を認識していたはずなのに、刀だけ見えないなんてことあるのか?


「なるほど。そういうことね」


 俺が予想外の事態を前に混乱していると、織間は何かしら心当たりがあるのか小さく独り言を漏らしてから加賀谷との距離を詰め始めた。


「あんた、今私が何を握っているのかわかる?」

「いいえ。そもそもの話、織間さんは何も持っていないでしょう」


 織間からの問いかけに対する加賀谷の答えはやはり刀が見えているとは思えないもので、余計に訳がわからなくなる。


「どうでしょうね。目に見えるものが全てとは限らないし、私と握手してくれれば何か見えてくるかもしれないわよ」


 俺にも意図が読めぬまま、織間は加賀谷に向かって刀を握っているのとは逆の左手を差し出した。


 当然、加賀谷は差し出された手を見て怪訝そうにしているけれど。

 織間が何も言わず左手を更に近づけると、観念した様子で握手に応じてみせた。

 加賀谷の両目が驚愕によって見開かれたのは、その直後のことだ。

 

「な!? 嘘」


 言葉こそ少ないけれど、信じられないと言わんばかりに織間の右手を凝視しているその視線が加賀谷の目に刀が映っていることを何よりも雄弁に物語っている。


 さっきまでは確かに見えていない様子だったけれど。

 これは、織間が何かしたのだろうか。


 俺が加賀谷と織間の間で視線をさまよわせていると、織間は右手の刀を消してからこちらへ顔を向けた。


「白藤、さっき私が外に出てたときって、あんたたち二人が何かしらの形で接触してたんじゃないの?」

「え、ああ。確か、俺が転びそうになったのを加賀谷が助けてくれたけど」

「やっぱりね。彼女、えっと加賀谷でいいのかしら? とにかく、さっきは私の姿を認識してたのに今は握手するまで刀を見ることができなかった。そうよね?」

「そうだけど。お前、加賀谷に何かしたのか?」

「別に、大したことはしてないわ。私がしたのは白藤と同じ。ただ、加賀谷に足りていない魔力を身体の接触によって一時的に補った。それだけよ」


 それだけ、とか言われても俺にはいまいち何のことかわからないのだけれど。

 思い返してみれば、俺と加賀谷が接触したときほんの一瞬ではあるが俺たちの間には魔力の流れが発生していた。


 あれが、織間の言っていることと何か関係あるのだろうか。


「あの、さっきから二人だけで話を進めないで欲しいんだけど。織間さんが持っているそれ、刀よね? 一体、何がどうなっているのかきちんと説明してくれないかしら」


 絶句した状態からようやく立ち直った様子の加賀谷が当たり前といえば当たり前の要求を口にしているけれど。

 正直なところ俺も何がどうなっているのか把握しれきていないし、彼女の疑問や不安を完全に払拭することはできそうにない。

 というか、それができる人間がいるとすればそれはこの場にただ一人だけ。 


 自然と俺と加賀谷の視線は目の前で一人訳知り顔をしている織間へ向かい、それを受け止めた彼女はこちらの気持ちを知ってか知らずか億劫そうに欠伸を漏らした。

 



 

 

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