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もう一人

 美術の時間になぜだか課題の似顔絵そっちのけで俺の方を睨んでいる女子二人が何を考えているのかは知らないけれど。

 流石にこれを気にせず絵を描き続ける胆力はないので、彼女らの友人であろう加賀谷へ事情を尋ねてみる。


「なあ、加賀谷。俺、お前の友達に何かしたっけ?」

「何の話? ……って、ごめんなさい。少し、待ってもらえるかしら」


 俺の視線を追って友人たちの方を振り返った加賀谷はどこか慌てた様子で鉛筆を置くと、早足に二人の方へ近づいていった。


「私のことは気にしないでと言ったでしょう」

「雪奈、でもさあ。あれは流石になくない?」

「そうそう。断るにしたって、せめて誘い終わるまで待つくらいはさあ」

「だから、そうやって聞き耳を立てるのをやめてとお願いしたはずだけど。私は私で勝手にやるから、あなたたちは自分の課題に集中しなさい」


 揉めて険悪になっているという感じでもなさそうだけど。


 加賀谷は暫し友人と何事かを言い合ってから、渋々といった様子で頷いた二人を置いてキャンバスの前に戻ってきた。


「何かあったのか?」

「いえ、何でもないわ」


 耳の先が微かに赤く染まり、どこか気まずそうに視線をさまよわせている今の加賀谷が何でもないようには見えないけれど。

 彼女が何かしら説得してくれたのかこちらを睨む視線は消えているし、本人が何でもないと言っている以上はこれ以上追及しても仕方ないだろう。


 俺が先ほどの視線を忘れて絵の続きを描こうとしたしたところで視界の隅、美術室の窓から見える空に本来ならあり得ないものが浮いているのが見えた。


「織間?」


 風を受けて靡く長い銀色の髪に、目の前にいる加賀谷と同じ繰上高校の制服。

 俺の目に映っているのはどう見ても織間の後ろ姿で、それが足場などないはずの空に浮いている光景は明らかに異常だ。


 正直、この場で飛び上がらなかっただけでも自分を褒めてやりたいくらいには衝撃的な光景だけれど。

 そういえば、織間のやつ魔獣が出現したとき楓さんの手が空いてなければ神社で見かけたときのように自分が対処してるとか言ってたな。


 織間曰く、繰上高校は地脈が通ってるとかなんとかで魔法が使いやすいらしい。

 なので、一般人相手に魔法で干渉するのは本来望ましくないとはいえ、多少無理をすれば授業を抜け出しても暗示でごまかせるようだけれど。

 俺は魔法の存在を認識したことで暗示から外れたため、今は織間が授業を抜け出したりこうして空に浮いていれば気づいてしまうとのことだ。


 もちろん、織間が魔獣を退治しにいくのを邪魔する気は毛頭ないし、周りに彼女のことを話して魔法の存在を露見させるのも論外だけれど。

 いきなりこういうのを見せられると、少々心臓に悪い。


「白藤君? 織間さんがどうかしたの?」

「え、いや、何でもないぞ? ないけど、ちょっと、眩しいしカーテン閉めとくか」


 自分でも若干挙動不審気味な気はするけれど。

 何とか加賀谷に返事をした俺は窓の外の落ち着かない景色を見なくて済むようにするため立ち上がりカーテンを閉めようとして、慌てていたせいか足をもつれさせ転びそうになってしまった。


「白藤君!?」


 驚いたような声と共に加賀谷が手を伸ばしてきて、それが転びそうだった俺の体を支えてくれた瞬間に彼女の手が触れた箇所で火花が散ったような錯覚があった。


「っ……今のは」


 織間の家で魔法の練習をしたとき自分の中に感じた炎のような、普通とは違う感覚だ。


 織間ほど自信を持っては言えないし、なぜそれが急に湧いてきたのかもわからないけれど。

 今、俺と加賀谷の間で弾けたあれは魔力、というやつだと思う。


 俺が唐突に感じた魔力らしきものについて考えていると、横から制服の袖が力なく引かれ始めた。

 袖を引かれるのに任せて体の向きを変えてみれば、そこには青ざめた顔で窓の外に視線を向けている加賀谷の姿がある。


「し、白藤君、その、信じられないかもしれないけど。今、窓の外で人が浮いて」


 いつもとは違うたどたどしい喋り方で話す加賀谷の視線が向かう先には間違いなく織間がいて、台詞の内容も俺の目に映る光景と一致している。


「……マジか」


 にわかには信じがたいけれど。

 状況的にはほぼ間違いないだろう。


 加賀谷は俺と同じく今の織間を認識し、それに違和感を抱いている。


 織間の話では魔法使いの素養がある人間なんてめったにいるものではないということだったけど。


 運がいいのか悪いのか、この学校にはもう一人、そのめったにいない人間がいたらしい。


「あー、加賀谷。わかったから、とりあえず服掴むのやめてくれ」

「え、あ、ごめんなさい」


 自分の手が俺の袖を掴んでいるのを見た加賀谷は我に返った様子で手を放すと、恐る恐るといった様子で再び窓の外へ視線を向けた。


「けど、聞いて欲しいの。我ながら荒唐無稽なことを言っている自覚はあるけど、本当に人が空に浮いて……いない?」


 織間の方を見た加賀谷は途中で言い淀むと、小声で呟きを漏らしてから見間違いがないか確かめるように瞬きを繰り返し始めた。


 妙だ。

 織間はまだ窓の外に浮かんでいる。

 それなのに、今の加賀谷はまるで彼女の姿を見失っているように見える。


 これは、どういうことなのだろう。

 いっそ今から織間に聞いてみようか。

 俺がそんなことを考えている間に織間は体勢を前に傾けたかと思うと、いつぞや見たのと同じように一瞬で俺の視界から消えてしまった。


 これで、織間が魔獣を倒して帰ってくるまでは彼女の助力も期待できないけれど。


 どうすればいいかなんてわからないし、ひとまず話を聞いてみないことには何も始まらないか。


「先生、加賀谷さんが気分悪いみたいなので保健室に連れて行ってきます」


 ここでは突っ込んだ話はできないので美術教師に向かって抜け出すための言い訳をしてから、未だ混乱が抜けきらない様子の加賀谷の手を取って歩き出す。


「ちょっと、白藤君! 私は気分が悪くなんか──」

「いやいや、顔色悪いし無理しない方がいいって」


 強引に話を遮られた加賀谷は物言いたげにしているし、美術教師の方も急な展開についていけず俺を呼び止めるべきか逡巡している様子だけれど。

 二人に冷静になられると抜け出すのが難しくなるので、そういうのは全て見なかったことにして俺は加賀谷を伴い美術室を後にした。


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