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美術の時間

 授業中とは違ってどこか弛緩した空気が流れる昼休みの教室にて、弁当片手に織間の席へ赴いた俺はものすごく嫌そうな視線によって出迎えられた。


「織間、一緒に弁当──」

「嫌」

 

 こちらへ向けられた視線から既に予想できていたことではあるけれど。

 織間は誘いの言葉を最後まで言い切ることすら許さずに提案を拒否すると、さっさと俺から視線を外し鞄の中に入っている弁当箱を取り出し始めた。


 シチュエーションとしては昨日の朝に声をかけたときと似ているけれど。

 織間の態度はあのときよりも自然体というか、返事がシンプルな分却ってこれが彼女の本心なのではないかという気がする。


「ふむ。姉さんじゃないけどこれは流石に調子乗り過ぎだったか?」


 学校で会話する許可を得たからといっていきなり馴れ馴れしかっただろうかと俺が自省していると、織間は再び俺の方へ視線を向け怪訝そうに口を開いた。


「あんたのお姉さんに何の関係があるのかは知らないけど。私が断ったのは昨日の今日でいきなり馴れ馴れしいなと思ったからでも、二人で弁当を食べてると周りに私が白藤如きと親密な関係だって誤解されかねないからでもないわよ」

「そうか。それはよかったけど、お前実は俺のこと見下してたりする?」


 後半の台詞に対する俺の疑問が当然の如く無視されたのは、言うまでもなく勘違いだからだと思うことにして。

 改めて織間が続きの台詞を口にするのを待つ。


「相手が白藤だからどうこうって話じゃなくて。なんというか、食事中にどうでもいいことで話しかけられると鬱陶しいと思わない?」

「あー、まあ、わからなくはない」


 俺はそれほど気にならないけれど。

 食事に限らず、何かしら別のことをしているときに大したことない用件で話しかけられると煩わしく感じることはあるだろう。

 他にも静かなのが好きとか、食べ物を口に含んだ状態で喋りたくないとか人によって嫌がる理由は無数に思いつくし、これに関しては織間が嫌だというなら俺に否はない。


 まあ、こういうところを見ると良くも悪くも織間は素でぼっち気質というか、ある程度一人の時間が必要なタイプだよなとは思うけども。


「そういうわけだから、話があるなら後にして」

「ん、了解」


 俺が大人しく弁当を持ったまま回れ右をして自分の席へ帰ると、いつの間にか俺の机に自分の昼食であるカツサンドを乗せていた清太が胡乱げな視線を向けてきた。


「なあ、月久」

「何だ?」

「お前って本当は織間さんと仲良かったりすんの?」

「そう見えるか?」

「いやー、あんまり」

「じゃあなぜ聞く」


 俺の当然の指摘に対し清太は暫し俺と織間の間で視線を行ったり来たりさせてから、自信なさそうに口を開いた。


「寧ろ友達にも恋人にも見えないからこそっつーか。関係性の割に距離の詰め方エグくないか?」

「エグくない……と思うんだが」


 俺には必要以上に織間と距離を詰めようとする意図は毛頭ない。

 ないのだが、魔法という非日常に心惹かれている部分があるの自体は否定できないし、思考がそっち方面に引きずられて多少言動が浮ついているんじゃないかと言われたら怪しいところもあるというか。


 姉さんだけじゃなく清太にまでこんなことを言われると、流石に少しばかり気になってくる。


「やっぱ調子乗ってるのか? でも、本人が気にしてなさげだったし……うーん、わからん」


 いろいろと考えた結果、考えてもわからないという結論に達した俺は問題を一旦棚上げして昼食をとることにした。



 ◇



 繰上高校では選択授業として美術、音楽、書道の中から一つを選ぶことになっており、俺は去年も今年も美術の授業を選んだ。

 なので、選択科目である五限目の授業ではこうして美術室までやってきたのだけれど。

 体育と同じく四組と三組の合同で行われるこの授業において、残念なことに俺の知り合いは誰一人美術を選んでおらず、話し相手と呼べる人間は一人もいない。


 とはいえ、普段ならばそれも大した問題ではない。

 敢えていうなら、美術教師がくるまでの待ち時間が多少暇なくらいだろう。


 だが、今日この日に限り俺は美術室に話し相手がいないことの弊害をこれ以上ないくらいに実感していた。


「今日の課題は似顔絵なので、二人組を作ってお互いの顔をスケッチしてください」


 そんな教師の宣言により現在進行形で俺を苦しめている課題こそ似顔絵……ではなく、その前段階の二人組作ってだ。

 体育のキャッチボールとかだと何人か当てがあるのでそれほど困った記憶はないのだけれど。

 知り合いが全員別の科目を選んだ選択授業においては、二人組作っての宣言は俺を苦しめる呪いの言葉そのものだ。


 というか、マジでどうしようか。


 一応、去年同じクラスで少しだけ話したことのある男子がいたので最初はそいつと組もうと思ったのだけど、どうにも向こうは友達と一緒に受けていたようで早々にペアを決めてしまったし。

 てきとうに俺と同じようにペアを組めてないやつ探して余りもの同士で組むか?


 俺が同類を探して教室を見回していると、三人ほどで固まっていた女子の集団から一人が離れ俺の方へ歩み寄ってくるのが見えた。


「白藤君、まだ相手が決まっていないなら私と組まない?」


 ボブカットの黒髪を揺らし無表情というわけではないものの些か感情の読みにくい事務的な態度で声をかけてきたのは去年同じクラスだった女子で、名前を加賀谷雪奈という。


 加賀谷と俺は一年のときに行われた神聖なる委員会決めの儀式、もといじゃんけんに負けた結果それぞれ男女の図書委員をやるはめになった同志ではあるけれど。

 凛々しいという形容が似合いテニス部でも活躍している加賀谷は女子の中で人気があり、教室でも大抵はグループの中心にいた。

 当然、俺とはあまり接点がなかったし、まともに話すのなんて委員会で一緒になったときくらいだったけど。


 もしかして、二人組を作れずにいる俺を見かねて声をかけてくれたのだろうか。

 

 加賀谷ってそんなに面倒見のいいタイプだったかという疑問がないではないものの、この際大過なくこの課題を乗り越えられるならば細かいことはどうでもいいし彼女の提案は渡りに船だ。


「そうしてくれると助かる。ちょうど、相手がいなくて困ってたところだ」


 俺が提案を快諾すると、加賀谷はキャンバスを移動させて正面に座り鉛筆で下書きを始めた。


「ところで、今日の体育で白藤君は私たちの方を見て先生に怒られていたわね」


 加賀谷が鉛筆を走らせつつ何でもない風に発した台詞を聞いて、俺は手から鉛筆を取りこぼしそのまま固まってしまった。


「ああ、誤解しているようだから言っておくけど、別に責めてるわけじゃないのよ。ただ、あのとき白藤君が何を見ていたのか気になって」


 普通に考えれば公開処刑の前振りとしか思えないけれど。

 台詞を聞き硬直してしまった俺に向かって言葉を重ねる加賀谷の様子は嘘をついているようには見えてなくて。

 辛うじて冷静さを取り戻した俺は鉛筆を拾ってから改めて加賀谷の方へ視線を向けた。


「何、と言われても。俺はただ漠然と女子はテニスやってるんだなーと見てただけというか」

「そう。私はてっきり織間さんを見ているんだと思ったけど」

「いや、それは、織間がやたらと派手に動いてたからちょっと気になって。あいつ、スペックは高いけどその活かし方はアレだし、テニス上手いといっても加賀谷とは大違いだよな、ほんと」


 てきとうにごまかしながら様子を見てみると、加賀谷は僅かに目を細めてからそれまで淀みなく動かしていた手を止め真っすぐにこちらを見据えてきた。


「確かに、私と織間さんでは大違いね」

「加賀谷?」


 加賀谷の声に僅かな不機嫌さが混じっていた気がして、思わず意味もないのに彼女の名前を呼んでしまう。


「ごめんなさい。何でもないわ」


 俺の声音に混じった疑問の色を感じ取ったのか、加賀谷は短く謝罪の言葉を口にするとすぐにいつもの調子に戻って絵の続きを描き始めた。


「そういえば、前に白藤君が勧めてくれた夏夜の奇跡という小説があったでしょう。私はつい最近知ったんだけど、あれ映画化してるらしいわね」


 『夏夜の奇跡』は加賀谷と共に図書委員の当番をしていたときの雑談で彼女から好きな本を聞かれたときに答えた青春小説のタイトルで、現在は全国各地の劇場で実写化映画が公開されている。


 俺があのとき『夏夜の奇跡』の名前を出したのは異能バトルとかハーレムラブコメとか異世界転生ファンタジーとかそういういかにもラノベっぽいやつよりキャラ文芸寄りではあるものの一応一般のレーベルから出てる『夏夜の奇跡』の名前出した方が無難だよなーという計算からではあるのだけど。

 どうやら加賀谷は自分でも『夏夜の奇跡』を読んだうえで面白いと思ってくれたらしく、次の当番のときには互いに感想を言い合って少しばかり盛り上がった。


 幸い、『夏夜の奇跡』の実写映画については既に映画館で履修済みなので、この話題に関しては自信を持って答えられる。


「確かに映画化はしてるけど、あれ原作からいろいろと展開が変わってるうえにやたらと出番の多いオリキャラが幼馴染と別れた後の主人公とくっつく感じで終わるから原作の読後感台無しなんだよな。まあ、役者の演技自体は一部除いて悪くないから見れなくはないんだけど、原作好きだからこそあんまおすすめできないぞ」


 共に映画館へ行った清太とこんなの原作無視したクソ映画だろと三十分以上に渡って愚痴り続けたのを思い出しつつ、加賀谷相手なので幾らかトーンを抑えて感想を口にする。

 すると、映画の出来に期待していたのか加賀谷は少しだけ残念そうに視線を落とした。


「そう。面白いのなら観に行こうと思ってたんだけど、その様子だといい映画とは言えないみたいね」

「ああ。正直、事前情報で知らないキャラが生えてた時点でダメそうな予感はしてたけど、実際に見ると想像以上に残念な出来だったな」


 俺が一人の『夏夜の奇跡』ファンをクソ映画の魔の手から救った達成感から大きく伸びをしていると、目の前のキャンバスそっちのけでこちらを睨んでいる二人の女子と目が合った。

 あいつらは確か二人組を作るまで加賀谷と一緒にいた三組の女子だったと思うのだけど。

 これ、何で俺が睨まれてんの?

 流石に意味わからないんだけど。


 

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