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思ったよりは格好悪い

 織間の手の内にある炎を纏った刀を見て俺が最初に抱いたのは常識を超えた存在に対する恐怖や疑問ではなく憧憬にも似た感情で、故にその言葉は自然と口をついて出た。


「これ、俺にもできるのか?」


 半ば無意識に口にした疑問に対し、織間は一瞬だけ虚を突かれたような表情を浮かべてから小さく首を横に振った。


「この刀は代々家に伝わってる宝剣だから、全く同じことをするのは無理ね。とはいえ、白藤には魔法使いとしての素養があるみたいだし、似たようなことはできるんじゃないかしら」


 そこで言葉を区切ってから、織間は俺に水揚げされた深海魚を見るような物珍し気な視線を向け炎を纏う刀から手を離した。

 主の手から離れた刀はまるで最初からそこに何もなかったかの如く一瞬で空気に溶け消え去ってしまい、後には煤一つ残っていない。


「というか、白藤は魔法が使いたいわけ?」

「それは、まあ、こんなものがあると知ったら誰でも使ってみたいと思うだろ」


 織間を見て胸の内に湧いてきた感情を素直に口に出すのも癪だったので、やや一般論に逃げた答えを返してみたけれど。

 織間にはいま一つぴんとこなかったらしく、彼女の顔に浮かぶ表情はどことなく怪訝そうだ。


「織間は、魔法が使えて嬉しくないのか?」


 織間の反応が気になったので尋ねてみると、彼女はなぜそんなことを聞くのかわからないとでも言いたげな表情を浮かべつまらなそうに口を開いた。


「どうかしら。元々、魔法は人を襲う化け物、魔獣を倒すために一部の特別な力を持った人間が編み出した技術らしいから。魔獣の被害が今とは比べ物にならなかった大昔、魔法使いがまだ陰陽師と呼ばれてた時代ならみんな文字通り命がけで魔法の研究をしてたんでしょうけど。そうやって魔法が進化し続けたおかげで、今じゃ魔獣の討伐なんて高校生の片手間でできちゃうし。誰かがやらなきゃいけないことで、素養のある人間にしかできないから織間家の人間として魔法を使ってるだけだもの。嬉しいとか嬉しくないとか、そんなの考えたこともないわ」


 淡々とした織間の語り口は普段の彼女よりも幾らかトーンの低いもので、だからこそ飾りのない本音なのだろうと大して付き合いがあるわけでもない俺にも自然と理解できた。


 一言でまとめるなら、義務感なのだろう。

 赤信号を前にして立ち止まるのと同じ、それが当たり前でやるべきことだからそうしている。

 きっと、織間にとって魔法を使うとはそういうことなのだ。


 なんだか、もったいないような気もするけれど。

 今日初めて魔法の存在を知った俺に彼女の胸の内を推し量れるはずもなし、それこそ気にしても仕方のないことだ。


「そういうもんか」

「ええ。だから正直、白藤が自分から魔法を使いたがるなんて思わなかったけど。まあ、それならそれで都合がいいわ。魔法使いの素養がある人間は魔法の存在を認識した瞬間から急激に自分の中にある力を引き出しやすくなるから。パニックになったりして精神の均衡が崩れると力を暴走させるリスクもあるし、大して時間はかからないから力の抑制だけは今日中に覚えてもらうわよ」


 力を引き出しやすくなるとか言われても、俺は未だに魔力的な不思議パワーなんて感じていないのだけれど。

 こういうの、練習すればわかるようになるものなのだろうか。


「心配しなくても大丈夫よ。そんなに難しいことじゃないし、何かあっても私と燐火が横についてるから」


 織間の母親、楓さんは落ち着いた声音で俺に語りかけてから立ち上がり部屋の隅に置かれていたお香を俺の前まで運んできた。


「あの、それは?」

「これは覚醒の香といってね。これの匂いを嗅ぐとトランス状態に入りやすくなって、魔法との親和性が向上するの。魔法使いになるための修行で使う初心者向けの道具よ」

「……一応聞きますけど、それ法に触れるタイプのお薬が使われてるとかじゃないですよね?」

「もちろん。使われてるのは体に害のない安心安全な香料よ」


 正直、説明だけだとだいぶ胡散臭いけれど。

 楓さんは俺の納得を待つことなく香を焚き始め、辺りには甘い香りが漂い始めた。


「それじゃあ、まずは目を瞑って深呼吸をしてみて」


 些か気になる部分はあるものの、ひとまずは言われた通り目を瞑って深呼吸をする。

 すると、目を瞑っているはずなのに俺の脳裏には自分の傍にいる二つの人影が浮かび上がり、その人影から立ち昇る不定形でゆらゆらと揺れる炎のようなものがわかるようになった。


 織間と楓さんがいる場所と人影の位置は完全に被っているので、たぶんこの二つの人影は織間親子を表しているのだろうけど。

 そこから立ち昇る炎に関しては織間の位置にあるそれが楓さんのものより三倍は大きく、それに意識を集中していると俺の中にも織間より一回り小さな炎が燃えているのを感じ始めた。


 炎から熱は感じない。

 痛みもない。

 ただ、漠然とそこにあることだけがわかって、試しにその炎へ触れようとしてみれば、それは俺が手を動かすよりも早く心臓の辺りから火種を飛ばし右の手のひらでも小さく燃え始めた。


 不思議な気分だ。

 炎を動かすのは少しだけ疲れるけれど、なんだか世界が自分の思い通りに動いているような気がして奇妙な心地よさを感じる。


 手のひらだけじゃなく、もっと他の場所でもこの炎は燃えるのだろうか。


 胸の内から湧いてきた疑問に突き動かされるまま再び炎に集中しようとしたタイミングで、織間の炎が一瞬だけ大きく揺らぎ俺の額に鋭い痛みが走った。


「いった!?」


 予想外の痛みに声をあげてからたまらず瞼を上げると、目の前にはまるでデコピンを放った直後のような体勢になっている織間がいて、右手の辺りにはじんわりと熱を感じる。


「まったく。最初は瞑想を繰り返してちょっとでも魔力を感じられるようになれば御の字くらいの予定だったのに。いきなりそれとか、良くも悪くもあんたって魔法使うのに向いてるみたいね」


 呆れと感心がないまぜになった織間の視線を追って自分の右手へ視線を向けると、そこにはライターもないのに手のひらの上で燃えている小さな火がある。


「うわ、なんだこれ! 俺の手が、燃えて!?」

 

 反射的に手を振って消そうとしても手のひらで燃える火は僅かに揺らぐだけで消えることはなく、変わらず小さな光を振りまき続けている。


「白藤君、大丈夫だから落ち着いて。その火、熱くはないでしょ」


 火を消そうと必死に振り続けていた俺の手を掴み強引に動きを止めた楓さんに言われ改めて右手へ意識を向けてみれば、確かにじんわりとした熱こそ感じるもののそれはやけどするような高温とは程遠い。


 よく見れば火は手のひらから数センチ離れたところで燃えているので俺の皮膚が燃えているというわけでもないし、見た目ほど危険な状態というわけではないのかもしれない。


「落ち着いたなら、もう一回目を瞑って今度は手のひらの火を消すイメージをしてみなさい。そうすれば、イメージに沿って現実の火も消えるわ」


 織間に言われるがまま目を瞑り、先ほどは別の場所へ広げようとした手のひらの炎を今度は吹き消すようにイメージする。

 すると、炎は俺が実際に息を吹きかけるまでもなく大きく揺らいでから消え去り、再び俺の体で燃える炎は心臓辺りにあるものだけになった。


 これで、大丈夫なのだろうか。

 目を開けて確認してみれば、手のひらの火は確かに跡形もなく消え去っておりもう僅かな熱さえ感じない。


「今のを何度か繰り返して魔力を動かす感覚を掴めばそうそう暴走することもないだろうし、合格ってことにしてあげるけど。どう? 初めて魔法を使ってみた感想は」


 今の火は俺が使った魔法により生み出された。

 暗にそう告げている織間の台詞を疑おうとは思わないけれど。


 先程の火は織間が見せた炎を纏う刀とは程遠い地味で小さなものだったにも関わらず、どこか現実味がなくて。

 正直、未だに自分が生み出したという実感はない。


「なんというか、魔法を使うときはもっと格好いい感じになると思ってたな」


 俺の返答を聞いた織間は息を吐き出してから、小さく笑みを浮かべた。


「いいのよ、そんなの。魔法で格好つけたって、どうせ誰にも見えないんだから」


 織間の口調は軽いもので特にそのことを気に病んでいる風でもなかったけれど。 

 俺には彼女の顔に浮かぶ表情が何かを諦めているように見えて、何となくこれ以上声をかけることは躊躇われた。


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