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織間家

 加賀谷に対する織間の見立ては間違っていなかったようで特に大きな問題が起きることもなく迎えた土曜日。

 魔法を教わるため織間家を訪れた俺は玄関へ続く砂利道へ足を踏み入れて早々に見覚えのない男性と出くわした。


 こざっぱりとした黒髪やこちらを見やるブラウンの瞳は俺の知っている織間家の住人たちとは似ていないし、庭木の手入れのためなのか足元に置かれた電動ノコギリには妙な生活感がある。

 良くも悪くも浮世離れした雰囲気の織間とは違って、随分と地に足のついた感じがする人物だけれど。


 ここが織間家であるという事実を踏まえると、四十歳くらいに見えるこの男性は織間家の関係者、というか織間の父親だろうか。


「すみません。今日、こちらに伺う約束をしていた白藤月久ですけど、織間燐火さんはいらっしゃいますか?」


 一応、男性が魔法のことなど何も知らない一般人である可能性も考慮して無難な言い回しをしてみたけれど。

 彼は心当たりがあったのか俺の台詞を聞いてすぐに柔和な表情を浮かべこちらへ歩み寄って来た。


「ああ、君が白藤君か。燐火から話は聞いてるよ。いらっしゃい」


 口ぶりからして男性はやはり織間の父親だったらしく、俺のことも既に知っているらしい。


「そうだ。白藤君、ケーキは好きかい?」

「ええ、まあ。姉さんも甘いもの好きなので、たまに近所のケーキ屋へ買いに行ったりしますけど」

「それはよかった。なら、冷蔵庫に買ってきたケーキがあるから後で燐火と一緒に食べるといい」


 どうやら織間の父親は娘と違って常識的な人物らしく、話し方は気さくな近所のおじさんといった感じだ。

 織間程じゃないにせよ母親の楓さんも何だかんだちょっと変わっていたせいか、こういう普通の対応をされると一瞬ここが織間家なのを忘れそうになる。


「わざわざ、ありがとうございます」

「はは、気にしなくていいよ。燐火が家に友達を連れてくるのなんて初めてだから、年甲斐もなくはしゃいじゃってね」

「いや、俺は友達というか、こう……」


 友達という単語が聞こえたので反射的に否定してしまったけれど。

 改めて俺と織間の関係を言語化しようとすると上手い言葉が見つからず、どうにも要領を得ない話し方になってしまった。


 織間の父親だって流れで何となく言っただけだろうし、別に拘ることじゃないような気もするけれど。

 ぼっちを拗らせ気味なせいか、織間は友達という言葉を良くも悪くも特別視している。

 だから、と言うと織間に責任転嫁してるみたいでなんだが、てきとうに話を合わせるため彼女を友達と呼ぶのは何か違う気がした。


「白藤君?」

「ああ、いや、何でもないです。それより、魔法使いでも庭の手入れは普通に電ノコとか使うんですね。こういうの、魔法でどうにかしてるんだと思ってました」


 何となく気まずくなったのをごまかすため咄嗟に目に入った電動ノコギリについて言及すると、織間の父親は一瞬だけぽかんとした表情を浮かべてからすぐに得心いった様子で声を漏らした。


「ああ、うん。別にそこまで厳格に運用してるわけじゃないけど、一応魔法はお役目のために使うものらしいから。その気になればやれなくはないんだろうけど、二人ともこういうことに魔法は使わないよ」

「二人とも?」


 俺が知る限りでも織間家には織間と楓さん、そして目の前にいる織間の父親の三人がいるはずだけれど。

 今の言い方だと、織間の父親だけは数に入っていないように聞こえる。

 そして、織間の父親は俺の感じたことを肯定するかのように小さく頷いてみせた。


「僕は入り婿で一般家庭の出だからね。そもそも、魔法は使えないんだ」


 織間の父親に気負った様子はなく、彼自身は取り立ててそのことを気にしているわけではなさそうだけれど。

 無意識に織間家の人間は全員魔法使いなのだろうと思っていた俺にとっては意外な事実だ。


 考えてみれば俺の両親は魔法使いでも何でもないのだし、子が魔法を使えるからといって必ずしも両親が魔法使いだとは限らないのだろうけど。

 織間が魔法の使えない人間と普通に会話しているところなんていまいち想像できないし、彼女の父親が魔法使いではないかもなんて思いつきもしなかった。


「やっぱり意外かな?」

「それは、はい。魔法使いは秘密にしなきゃいけないことが多そうですし、勝手に魔法使い同士で固まってるものだと思ってました」

「はは、だよね。実際、燐火のお爺ちゃんくらいの世代だとまだそういう意識が強かったみたいだけど。幸いなことに、今は僕みたいな一般人でもなんとかやれてるよ」


 一応は魔法を使える俺でさえ織間の相手はいろんな意味で疲れるので、クラスメイトどころか魔法使いと結婚した織間の父親の場合は俺の比ではないくらいに大変だったと思うのだけれど。

 俺に語りかける彼の顔にはそんな苦労など微塵も感じさせない柔和な笑みが浮かんでいる。


 魔法使いではない彼がどういう経緯を経て織間家へ婿入りすることになったのか。

 もう少し、聞いてみたい気持ちもあるけれど。

 

 話し声で俺が来たことに気づいたのか、玄関の扉が開かれ私服姿の織間が顔を出した。


「ごめんごめん。用があるのは燐火なのに、おじさんが話し過ぎたね」


 織間の父親も娘の存在に気づいたようで、彼は玄関の方を見てから足元の電動ノコギリを拾いそのまま歩み去っていった。



 ◇



 俺が織間に案内されてたどり着いたのは前回拉致された場所とは違う織間家の奥まったところにある部屋の前で、彼女はろくに説明もしないまま無造作に部屋の扉を開いた。


「……今さら突っ込むのもなんだけど。これ、本当に家の中なのか?」


 不意に吹いた風が頬を撫で、扉の向こうに広がる青々とした草が一斉に揺れ始めた。

 上を見ればそこには白い雲と青い空が広がっていて、さながら郊外のキャンプ場にでも来たような気分になるけれど。


 ここは織間家の中で、扉の向こうにあるのはキャンプ場なんかじゃなく織間家の一室だ。


 別に織間家が普通の家だと思っていたわけではないけれど。

 不意打ちでこういうのを見せられると、流石に数秒は目の前の光景に圧倒され戸惑ってしまう。


「本格的に修行するなら、広い方が何かと便利でしょ。それに、これは部屋の空間を歪めて疑似的に異界化させてるだけだから、別に気にしなくていいわ」


 正直、織間の言っていることは所々理解できないけれど。

 彼女がどうでもよさそうに気にするなと言っている以上は本当に気にする必要はないのだろうし、変に深く考えるよりはこういうものとして受け入れた方がよさそうだ。


「まあ、お前がそう言うなら別にいいけど。わざわざこんな広いところ連れてきて、何させるつもりだ?」

「白藤の好み的に、どうせやるなら見栄えする方がいいでしょ? だから、今日教えるのは浮遊術よ」


 俺の問に答えた織間はそのまま部屋の中へ足を踏み入れてから、まるで階段でもあるかのように何もない宙を歩き始め地面から二メートルほど高い位置でこちらを振り返った。


「とりあえず、最初の目標はこのくらいの高さまで浮けるようになることね」


 俺を見下ろしながら宣言する織間の姿はやっぱり様になっていて、確かにこれと同じことができるようになるなら魔法の練習も頑張ってみようと思えるけれど。

 魔法使いではない織間の父親が織間家の一員としてここにいるのなら、仮に彼女と同じことができないのだとしても、他にも誰か一緒に魔法の話題を共有できるやつがいてもいいんじゃないか。

 俺と織間の二人しかいない広大な草原を見ていると、ふとそんな考えが脳裏をよぎった。




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