プロローグ
窓から吹き込んできた風によって綺麗な銀色の髪が揺れ、机の上に置かれたスマホが硬質な音を響かせた。
「ねえ、白藤。自分で言うのもなんだけど、私の育った環境って普通とは言い難いものがあるじゃない?」
「まあ、そうだな」
暇潰しのためにいじっていたスマホを置き俺の名を呼んだ銀髪の少女へ肯定の返事をすると、彼女は満足そうに頷いてから再び口を開いた。
「だからさ、例え私が普通の輪の外にいるとしても、それは私のコミュ力や性格の問題じゃなく、環境が悪いと思うの」
「まあ、そうかもな」
青い目で窓の外を見やる少女、織間燐火の顔には憂いを帯びた表情が浮かび、先ほどまでスマホを持っていた手は何かを堪えるように握りしめられている。
話している内容に関する是非はさておき、こうして放課後の教室で座っているだけでも絵になる少女だとは思う。
大人びた美貌を湛え物憂げに窓の外を見やる織間の姿は思わず見惚れてしまいそうな程に美しく、着ているのがセーラー服ではなく豪奢なドレスだったならどこぞのお姫様と言われても信じたことだろう。
「つまり、私がその気になれば友達の一人二人簡単に作れるけど、今までは周囲との環境の違いに配慮して敢えて作らなかったのよ」
「……そうか?」
「そうなの!」
流石に素直に頷くのが躊躇われるようになってきたので控え目に疑問を返してみたけれど、織間はそんな俺の態度が気に障ったようで食い気味に詰め寄って来た。
「第一、考えてもみなさい。仮に私に友達がいたとして、休みの日に一緒に遊んでたとしても、急なお役目が入ったら遊んでる途中で相手を放り出していかなきゃならないのよ。そんなの、お互いに不幸なだけでしょ。だからこそ、私は相手のことも考え敢えて友達を作らないで生きてきたの」
「じゃあもう、友達とかいいんじゃないか。こう言っちゃなんだけど、別に友達がいなくたって死にはしないわけだし」
一応、織間の主張に沿った意見ではあるはずだけど。
彼女は目を細めると首を横に振って否定の意志を示した。
「白藤の言いたいことはわかるわ。確かに、私は友達なんかいなくても全然全く困らないし、事実として今までは周囲と距離を取ってきた。でも、今はこうも思うの。白藤がどうしても私の友達作りを手伝いたいと言うのなら、それを無下にするのはいかにも狭量じゃないかって」
「つまり?」
「つまり、協力させてあげるから、早く私に友達を作るための案を出しなさい」
「……何で偉そうなんだ、このぼっち」
妙な上から目線で俺に命令する織間には幾らか思うところもあるけれど。
わざわざ放課後に二人で顔を突き合わせこんな与太話を聞いている時点で、俺も大概織間に毒されているのだろう。
教室ではいつも自分の席で一人静かに過ごし誰かと話すことなんて事務的な会話以外ではほとんどない孤高のクラスメイト。
つい最近まではそれが俺の知る織間燐火の全てだった。
幸か不幸か、その織間とこんな風に話すことになったのには彼女の家の事情や俺の体質など様々な要素が関わっているのだけれど。
もしも、一つだけ理由を挙げろと言われれば、それはやっぱりあの日あの場所で彼女の魔法を見たことに尽きるだろう。