表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虐待で心に傷を負ったぼくと彼女が地方公立大学で出会い“ことば”と“居場所”を取り戻すまでの物語  作者: 喜多里夫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/42

エピローグ 聖なる夜の灯

 年の瀬が近づき、この小さな町でも空気が少しずつきらびやかに、そして(せわ)しなくなっていく中――。


「今日で最後なの? えぇぇっ、やだぁぁっ!」


 学童保育の教室のざわめきの中で、小さな手がそっと美佐の袖をつかんだ。


 元気いっぱいのマホは、その瞳をうるませながら、必死に見上げていた。


「冬休みに入るから、しばらく会えないだけよ。三学期になったら、また遊ぼうね」


 美佐さんの声にはほんのり寂しさが滲み、教室の空気が少しだけ静かになった気がした。


 美佐さんはマホの頭を優しく撫でながら、美佐さんは少しだけ笑った。


 夏休み前、緊張した面持ちで初めて子供たちと接した時のことを思い出す。今も時々、顔を出している。たいして力になってないと思うけど、子供たちと過ごすうちに、自分自身の笑顔や言葉が、誰かの力になることを知った。




 土曜日の図書館。美佐さんの読み聞かせボランティアも今年の最終日になっていた。


「今日はね、『てぶくろをかいに』を読みます」


 冬の名作を、美佐さんは丁寧に、語るように読み進める。子供たちはじっと聞き入っていた。読み終えた瞬間、ひときわ大きな拍手が起こる。


「せんせい、また読んでね!」


 子供たちの声に、美佐さんは嬉しそうに手を振った。それを見たぼくも、「言葉には力がある」と信じられるようになった。




 そして、塾の教室――。


「先生、これ、どうしてもわからない……」


 中学生の男子が問題集を突き出す。ぼくは一瞬詰まるが、苦笑いしながら答える。


「よし、一緒にやってみよう。ぼくも最初はこれ、間違えたから」


 今ではすっかり、生徒たちに頼られる存在になっていた。自分の知識だけでなく、伝え方に悩み、試行錯誤しながらも、ようやく少しずつ「教える」ということがわかってきた。


 冬休みを前に、ぼくたちはそれぞれの場所で、小さな成長を重ねていた。




 もちろん、学生の本分は勉強である。


 大学図書館は、冬の冷たい空気を跳ね返すような熱気に包まれていた。年が明けたらすぐ後期試験である。自習席はほとんど埋まり、静かな空間にページをめくる音やノートにペンを走らせる音が心地よく響く。


「うーん、ここ、どうやって書いたものかなぁ……」


 オレは課題レポートの文章が途中で行き詰っていた。


 大学の勉強は高校までとは違うのだ。自分の頭で考えていかなければならない。隣の席では、美佐が真剣な眼差しでテキストに目を走らせている。


 その姿を見ていると、ぼくは自然に笑みがこぼれてきた。


 ――あれだけバイトして、ちゃんと勉強もしてる。すごいな、美佐さんは。


 彼女の指先は蛍光ペンで単語にマークをつけ、時折小さく首を傾げながらも、着実に読み進めていた。図書館の読み聞かせでも見せた、あの集中力。日々の積み重ねが、今の彼女を支えているのだと改めて思う。


 「……あのさ、悠真くん。これ、ちょっとだけ教えてくれない?」


 「うん、いいよ。どこがわからないの?」


 まるで小さな共犯者のように、ぼくたちはノートを寄せ合い、問題を解き進めていく。言葉を交わすたびに、肩越しに感じるぬくもりと、冬の午後の柔らかな光が、ぼくたちの距離を静かに縮めていった。


 気晴らしに部室に顔を出すと、莉子が数名の部員たちに囲まれていた。


 いつものように明るく、でもどこか、ほんの少しだけ照れたような笑みを浮かべている。


「えっ、ウソでしょ!? 莉子ちゃん、ホントなのっ!?」


「だってさぁ、田中先輩って、めっちゃ無口じゃん……!」


 部員たちの驚きの声を、莉子は片手を上げて制した。


「いやぁぁっ、そろそろ言っとこうかなって思ってさぁ!」


 ぼくも話の輪に割り込んだ。


 「莉子、何の話……?」


 莉子はぼくを見ると、嬉しそうに叫んだ。


「うふふっ、実はね……私、田中先輩と、つきあってるの!」


「……ええっ?」


 オレと美佐さんは思わず驚きの声を重ねた。田中さんと? あの、無口で、真面目で、無表情がデフォルトのような人と、莉子が?


「でもさ、無口だけど、ちゃんと話、聞いてくれるし、すっごく優しいんだよ。何ていうか、私が全開でしゃべっても、ちょっと笑ってくれるの。あの、目だけで」


「……田中先輩が笑う?」


「笑うのぉ! 見たら驚くよ!」


 莉子は照れ笑いしながら、スマホを取り出してツーショットの写真を見せる。そこには、満面の笑み……とはいかないまでも、確かに口元を緩めた田中先輩と、屈託ない笑顔の莉子が並んでいた。


「お似合いだよ、莉子」


「うん、なんか……意外だけど、すごくいい」


 オレと美佐さんがそう言うと、莉子は照れ隠しのように両手で顔を覆った。


「いやぁぁん、そう言われると恥ずかしいっ!」


 冬の光が差し込む部室に、笑い声が響く。騒がしいけれど、どこか温かなその空間の中心で、莉子の新しい一歩が、しっかりと踏み出された瞬間だった。




 その年のクリスマス――12月24日。


 雪は降らなかったけれど、空気はすっかり冬の匂いがしていた。


 ぼくの下宿の周辺は、いつもとさして変わらない静寂だった。


 狭い部屋の中に、ささやかな灯りが灯る。


 ぼくは美佐さんと向かい合って炬燵に入っていた。


「いろいろあったわねぇ……4月から」


「うん、ぼく、入学式の日に、8ヶ月後の自分がこうなってるなんて、想像つかなかったよ」


「ホントに?」


「ありがとう。美佐さんのおかげだよ。きみが入学式前に声を掛けてくれたから――『言の葉』に入部して、みんなと仲良くなれて、バイトも始められて……」


「ははは、確かに、いろいろあったね」


「うん。でも、その全部が、書く力になった」


 手に持っていたマグカップの熱が、じんわりと指先を温める。


 そして、そのぬくもりのまま、ぼくはそっと美佐さんの手を取った。


 指が触れる。おずおずと、けれど、離れないように。


「……今夜……帰らなくてもいいよ……」


 意を決してぼくがそう言うと、美佐さんが、小さく息を呑むのがわかった。


 でも、拒まなかった。


「……お言葉に甘えて、泊まろうかな……」


 美佐さんは少しだけ間を置き、目を伏せてから、そっと言葉を紡いだ。


「でも、その前に一つお願いがあるの」


 その声には、ほんの少しの照れと覚悟が混ざっていた。


「なに?」


 ぼくは、つい勢い込んで尋ねた。


 美佐さんは、はにかみながら、


「これから私のこと、『さん』づけで呼ばなくていいよ。私も『くん』づけしないからさ」


 そう言って、フッと笑った美佐さんの頬は、普段よりも赤く見えた。


「……わかった」


 ぼくは立ち上がって部屋の灯りを静かに消す。


「美佐……」


「悠真……」


 ぼくたちの影が、重なる。


 言葉よりも、ぬくもりで伝えたくて、伝えられたくて。


 何も急がない夜が、ゆっくりと降りてきた。


 世界が静かになったような気がした。


 窓の外では、街の灯りが遠くで瞬いている。


 初めて一つになった夜は、


 雪よりも優しく、火よりも温かかった。

「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」「今後どうなるの……?」と思ったら、下にある☆☆☆☆☆欄から、作品への応援をお願いいたします。面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ、正直に感じた気持ちで大丈夫です!

ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。

何卒よろしくお願いいたします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ