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虐待で心に傷を負ったぼくと彼女が地方公立大学で出会い“ことば”と“居場所”を取り戻すまでの物語  作者: 喜多里夫


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第31話 ことばの波打ち際③

 遊び疲れて、ちょうどお腹が空いたころ、ぼくたちは近くの海の家に集まって、昼ごはんにすることにした。


「焼きそば3つと、しらす丼2つ、あと……かき氷、全部の味ください!」


 莉子の声が、店員さんの手元を狂わせそうな勢いで飛ぶ。


「全部って……味6種類くらいあるぞ?」


「そう! 食べ比べぇぇっ♪」


「ぼくは普通にラーメンで……あと、冷たいお茶も……」


 日差しの中、木のテーブルを囲んで食べる海の家の昼ご飯は、何でも美味く感じる。焼きそばのソースの匂いが、なんとも夏らしくて食欲をそそった。


「……このしらす丼、うま……」


 黙々と箸を動かしていた鈴木さんが、ふと箸を止めて、遠くの海を見つめながらつぶやいた。


「海としらす。青と白。ああ、これはまさに……」


 手元のノートにささっと俳句を書き始める鈴木さん。それを見て、田中さんがボソッとつぶやく。


「いや、今は黙って味わったほうが……」


「じゃあ午後はさぁ、やっぱりスイカ割りじゃない!?」


 浜に戻ると、莉子がスイカを抱えて叫んだ。


「目隠しして、三回回ってー……さあ行け! 悠真くん!」


「えっ、ぼく? 急に?」


 タオルで目隠しされて、グルグルと回された。方向感覚が完全に狂ったまま、みんなの声を頼りにスイカへ向かう。


「右、右、右っ! あっ、違う左、左っ! ちょっと、真っ直ぐ行きすぎ!」


「どっちだよ!?」


「そこぉぉっ! 今だぁぁっ!」


 振り下ろした棒は──空を切った。


 ザッブゥゥゥゥンッ!


 直後、バランスを崩してぼくは波に足を取られ、波打ち際に転がった。


「わはははっ! 何してんの、悠真くん!」


「笑いすぎ、莉子……っ、うわ、冷た……!」


 結局、スイカは美佐さんが一発で割って大歓声。小さく得意げに笑う彼女の横顔が、妙に印象に残った。


 午後三時をすぎた頃。遊び疲れて、みんな海の家でぐったりと座り込んでいた。


 ぼくは一人、ペットボトルの水を手に、波打ち際へと歩いていった。


 さっきまでの喧騒が嘘のように、寄せては返す波の音が静かに耳に届く。濡れた砂が足の裏にひんやりとして、心地よかった。


「悠真くん……」


 名前を呼ばれて振り返ると、美佐さんがいた。手には、さっき割ったスイカの残りを小さなタッパーに詰めたもの。


「みんな、向こうで座り込んでるよ」


「そっか……遊びすぎたかもね」


 ぼくたちは浜辺に並んで座った。午後の陽射しが傾いて、水平線の向こうに、うっすらと明日の匂いが混じる。


「ねぇ……今日のこと、また、小説に書くの?」


 不意に美佐さんが訊いてきた。


「もちろん。合作の方にも、自分のノートにも。全部、残しておきたいから」


「そっか……じゃあ、私も書こうかな。今日のこと」


 そう言いながら、美佐さんは小さく笑った。


 その笑顔が、どこかいつもより近くて、ぼくは何も言えなかった。


 言葉にできない感情が、波と一緒にさらわれていく。


 そして帰りの車に乗り込んだのは、午後5時を少し回った頃だった。


 砂と汗と潮風にまみれたぼくたちは、心地よい疲労感に包まれていた。


「出発しまぁぁす。全員、シートベルト確認してね」


 ハンドルを握る田中さんが、ミラー越しにちらっとこっちを見た。


「運転、大丈夫ですか? 疲れてません?」


 ぼくがそう声をかけると、田中さんはほんの少しだけ笑った。


「平気、平気。こっからは僕のターンだから」


 その瞬間、ワゴン車がスッと発進した。アクセルの踏み込みは無駄がなく、スムーズで、それでいて……どこか、スピード感のある「本気」の運転だった。


「……なんか、田中さん、ハンドル握ると別人みたいですね」


「よく言われる。普段おとなしいってさ。でもな、車だけは昔から好きなんだよ。実家が整備工場やってるからな」


「へぇ!」


 いつもの無口で小声のおっとりした田中さんとは違って、少し饒舌になっているのが新鮮だった。


 でも、それ以上話す余裕はなかった。


 三列目に座っていた女子部員たちは、すぐに寝息を立て始める。


 ぼくは行きと同じく、美佐さんと莉子に挟まれるようにして座っていたのだが、莉子がさっきまで、


「かき氷もう一杯いっとけばよかったぁぁっ!」


とか騒いでいたくせに、今はぼくの肩に頭を預けて完全に落ちている。


「……くっくっく……悠真くん……そんなとこダメぇ……うふふ……」


 寝言なのか、また脳内ラブコメの演出なのか判断がつかない。しかも、ぼくは半分以上美佐さんの方にもたれてしまっている。


「ご、ごめ──」


 慌てて身体を起こそうとすると、美佐さんが小さく首を振った。


「いいよ、大丈夫……」


 美佐さんはすでに目を閉じていた。まつ毛が長くて、静かな寝顔だった。あれだけはしゃいでたのに、やっぱり疲れたんだろう。


 日焼け止めの甘い匂いがかすかにして、どこか胸がざわつく。


 こんなふうに、隣で眠る彼女を見ているだけで、なんだか不思議な気持ちになる。


 ぼくは、少しだけ視線をそらして、夕焼け色に染まるフロントガラスの外を眺めた。


 車は、やがて山梨へ向かって、朝来た道をひた走る。


 楽しかった一日が、静かに、ゆっくりと、夜に溶けていくようだった。




     ことばの貝殻   盛本美佐


すくった波の音の中に


君の笑い声がまじっていた



触れられなかったあの一言が


砂の上で きらめいて消えた



見つけたはずの想いは


いつも 潮風にさらわれて


また 拾いにゆく



この夏の終わりが


終わりじゃありませんように

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