第29話 ことばの波打ち際①
7月下旬、大学構内でも蝉が暴れるように鳴いていた。
夏休み前の講義の最終日を終えたぼくは、冷房の効きの悪い学部棟の階段を重たい鞄を肩に引っかけながら、だらだらと下りていた。盆地の夏は暑い。湿気の多い夏の空気の中で、ぼくはすでにバテ気味だった。
昇降口の前で待っていたのは、美佐さんだった。
「お疲れ。今日、暑かったね」
「うん……でも、もう夏休みだね」
小説の執筆は順調だった。
合作の恋愛小説も、美佐さんには内緒の「美佐さんの物語」も。
「この間の続き、書いたよ。読んでみる?」
ぼくは部室で美佐さんに「合作」の途中を見せた。
「……うん、ありがとう」
部室でぼくたちは、いつものようにノートパソコンを開いた。並んで座り、共同で綴っている小説の続きを読み合わせる。これはぼくたち二人の「私小説」であり、どこか架空の「逃げ場所」でもあった。
美佐さんの視線は、途中で止まり、また動き、そして止まった。
「はははは、なに、これ?」
美佐が明るく笑った。そこはいまいち冴えない主人公の男が女の子とデートをした時、チンピラに絡まれたが、その女の子がチンピラをやっつけるシーンだった。
「これって、莉子ちゃんの話じゃない?」
その時。
「誰の話だって?」
「うわっ!」
いきなり部室に入ってきた莉子を見て、美佐さんよりもオレがビックリした。
「いやぁ、暑い、暑い……ねぇえ、夏休みなんだし、たまにはみんなで遊びに行こうよぉ!」
両手を広げて騒ぐ莉子に、美佐さんが笑う。
「遊びって、どこへ?」
「海! 湘南! 水着! 夏といえば、これでしょ!」
「いきなりだな……」
ぼくが呆れ気味に返すと、莉子に続いて部室に入ってきた鈴木さんがいきなり話を続けた。
「海か? 悪くないな。僕が車出してやろうか?」
「ほんとですか、部長!? て、車持ってるんですかぁ?」
「ああ、『軽』だけどね」
「十分ですよぉっ!」
莉子が跳ねるように喜ぶと、いつのまにか田中さんも顔を出していた。
「鈴木の運転で事故らなければ、いい旅になりそうだな」
「おい」
部室が笑いに包まれた。かくして、文芸サークル『言の葉』メンバーによる日帰りの湘南海水浴旅行が決まった。
夏休みに入ったばかりの日曜日、朝6時。
大学の正門前には部員たちが続々と集まっていた。
蝉がすでにけたたましく鳴いている中、部室でいつも見慣れた顔ぶれが、今日はTシャツに帽子、サングラスにサンダルと、ちょっとだけ非日常の装いで集っていた。
「おっはよぉぉっ! みんな早起きできて偉い、偉い!」
莉子が元気に両手を振っている。美佐さんは麦わら帽子に白いブラウスを合わせ、ひときわ夏らしい装いで立っていた。
「おはよう。今日は楽しみだね」
「うん。ちょっと緊張もしてるけど……ね」
美佐さんの言葉にうなずきかけたところで、低く響くエンジン音が近づいてきた。
「おおっ、来た、来た。田中先輩だ」
莉子が大声を上げると目の前に止まったのは、まるでキャンプでも始まりそうな黒のト〇タの大型ワゴン車だった。ピカピカに磨かれた車体は、明らかに「学生の車」ではない。
「おまたせぇ!」
運転席から手を振った田中さんは、涼しげなアロハシャツにサングラスという、なんだか休日の芸能人みたいな格好で現れた。
「うわっ、何だか金持ちオーラすごいですねぇ……」
「うちの親父が使ってるやつ、借りてきた! 10人乗れるって、最強でしょ!」
「先輩、かっこよすぎです!」
莉子が真顔で言った。
数分遅れて、もう一台の軽自動車が到着した。運転していたのは、鈴木さんだった。部員で唯一、自分の車を所有しているのだ。
「おぉぉっす、みんなそろってるかぁ?」
「すみません、軽に4人って、さすがに詰め込みすぎじゃないですか?」
「大丈夫、大丈夫。参加者は全部で14人いるんだから、そうするしかないだろ」
「誰がどっちに乗る?」
部員たちの間にざわめきが走る中、莉子が即座に反応した。
「じゃあ私、田中先輩の車に乗る! 美佐先輩もでしょ?」
「う、うん……」
結局、田中さんの車には、美佐さんと莉子を含めた女子部員6人とぼくを含めた男子3人。残りの男子1人と女子2人が鈴木さんの軽に乗り込むことになった。
ワゴン車は大きいのだが、人数が多いので車内はギュウギュウ詰めである。で、みんな朝からテンション高め。
「荷物が多すぎぃ」
「足元にクーラーボックスとスイカを……」
「えっ、後ろの席って酔いやすいよね?」
「わたし、助手席がいいぃぃっ」
女子の声がキンキン響く。
「で、どうするの?」
「そっち、ちゃんとシートベルトしてるかぁ?」
いつも小声の田中さんが大声で確認する。
「してまぁす。てか、ギュウギュウすぎて、逆に安心かもぉぉ」
気がつくと、ぼくは2列目で、美佐さんと莉子に左右から挟まれていた。
ツンとした匂いが鼻を衝く。
ぼくは思わず右側を向いて莉子に尋ねた。
「莉子、それ、日焼け止めの匂い? すごいな。なんか、夏って感じ」
「ははっ、女子は準備に時間かかるんだよ。美佐先輩もそうでしょ?」
「うっ、うん」
今度は、ぼくは左側を向いて言った。
「……似合ってると思うよ」
莉子はニヤリと笑って、
「おおぉぉっ! それってさりげなく告ってない?」
後ろの席に乗っていた3年生が声を掛けてきた。
「そうそう、佐藤くん、彼女いるの?」
「えっ? いや……あの、まだ……」
「『まだ』って!? それ、もうほぼ『いる』いるってことでしょぉぉっ!」
「え、美佐ちゃんじゃないの?」
莉子がすかさず、
「え、それ言っちゃう!? 空気読んでぇぇっ!」
と、突っ込む。
美佐さんは真っ赤になって、
「そっ、そういうのやめてっ!」
田中さんは小声だが楽しそうに、
「ははは、早くも恋バナモード突入だな」
とつぶやくと、車を発進させた。
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