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虐待で心に傷を負ったぼくと彼女が地方公立大学で出会い“ことば”と“居場所”を取り戻すまでの物語  作者: 喜多里夫


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第2話 居場所のない場所で②

 202X年4月某日、穏やかな春の日差しの中でT文科大学の入学式は始まった。


 校名を間違えてはいけない。「文化」ではなく、「文科」。「文系」という意味だ。その名の通り、文学部と教養学部のみの文系の大学だ。みんなは通称「T文」と呼んでいた。


 会場となったホールに集まった新入生たちの顔には、緊張と興奮が入り混じった表情が浮かんでいた。


 式が始まると、最初に学長が挨拶した。


 学長はぼくたち新入生に対して、これからの大学生活への期待と挑戦することの重要さを述べ、学びの場としてのT文科大学の特色を紹介した。特に、少人数制の授業や充実した学生サポート体制を強調し、学生一人一人が自分のペースで学び、成長できる環境が整っていることを伝えた。


 学長の話を聞きながら、ぼくは以前読んだ大学案内のパンフレットの内容を思い出していた。


 パンフレットには「市民の声でつくられた大学」なんて書いてあった。「そんなの本当にあるんだな」と少し驚いた記憶がある。


 この市は大学で成り立ってるようなもんで、人口構成も学生がやたら多いらしい――しかも、学部生の9割は他の都道府県――北海道から沖縄県まで――から集まる全国区型の大学だという。大学には寮がないため、学生の多くはオレのように大学周辺に下宿(ワンルームマンションを含む)をしている。


 さらに「国立大学と別日程の試験日」と「地方試験会場の設置」が、この大学を地方の教員志望者にとって地元の国立大学教育学部と併願しやすい大学にしている。


 現在、学部入試は大きく分けて推薦入試と一般入試が行われており、一般入試は国立大学と同じ「前期日程」とT文科大学独自の「中期日程」の分離・分割方式で行われている。


 ――ぼくにしても、この「中期日程」があったおかげで、ここを受験できたんだからな。


 続いて、新入生代表が誓いの言葉を述べる場面では、


「T文科大学での学びを通じて、社会に貢献できる人材に成長したい」


と、新入生代表の女子が力強く宣言した。


 式の後半には在学生代表から歓迎の言葉もあった。彼は大学生活の楽しさと困難に立ち向かう力強さを語り、ぼくたち新入生に励ましの言葉を贈ってくれた。


 ぼくはその間、首を左右にゆっくりと回して、さっきの彼女――盛本美佐さん――を探していたのだが、座席には新入生しかいないようで見つけることはできなかった。


 最後に、全員で校歌を斉唱し、式が終了した。もっともオレたちは校歌なんてもちろん覚えてない。合唱サークルらしき先輩たちの歌声を、ただ聞いていた。


 さて、午前中に入学式は終わり、午後からは学科別にそれぞれの教室に分かれてのオリエンテーションになった。


 国文学科オリエンテーションは、落ち着いた雰囲気の中で始まった。


 まず、学科の担当教授が登壇し、国文学科で学ぶ意義や、今後の学びに対する期待を語った。ある教授は、


「文学を通じて、歴史や文化、そして人間の心の動きに深く触れることができます」


という学問の魅力を語り、新入生たちに向けて、


「これから皆さんたちが、私たちと一緒に古典や現代文学を深く掘り下げていくことを楽しみにしています」


と話をされた。


 続いて、国文学科ならではの学びの特徴が紹介された。そこでは「文学作品を単に読むだけでなく、その背景にある歴史や社会的文脈、言葉の持つ力を多角的に学ぶこと」が強調された。


 その後、カリキュラム――必修科目や選択科目の履修――についての説明があった。


 あまり期待していなかったぼくだが、いつの間にか熱心な他の新入生たちと同じように、自分の学びたい分野や興味に合わせてどの科目を選択するかを考え、メモを取りながら聞いていた。


 カリキュラムの説明の後には、国文学科の在学生たちと直接交流する時間も設けられていた。


 上級生との、称して「グループ交流タイム」。新入生たちは、先輩たちがそれぞれ指導する小さなグループに分かれて、お互いに自己紹介や簡単なアイスブレイクの活動を行った。上級生たちは自分がどのゼミに属しているのかを簡単に紹介し、また、学生生活におけるアドバイスも交えて話してくれた。


 ぼくたち新入生が緊張しながらも期待を抱いて耳を傾ける中、上級生たちは温かく、親しみやすい雰囲気で話をするように心がけてくれている様子だった。


 例えば、ある4年生は、


「私は『源氏物語』の研究をしています。最初は難解に思えるかもしれませんが、少しずつその魅力に気づいていく過程が面白いんですよ」


と語り、また別の4年生は、


「ゼミ活動では、みんなで古典文学を読み解きながら意見を交換することが多いんです。その中で他の人の視点を聞くことが、学びを深めるコツですよ」


と、ゼミの具体的な進め方について説明してくれた。


 また、ある3年生は、毎年行われる国文学科の「文学散歩」の紹介をしてくれた。このイベントでは、古典文学にゆかりのある場所を訪れ、実際にその地で学んだことを感じながらディスカッションを行うというものだそうだ。ある先輩は、


「この散歩は、教科書だけでは得られない新たな発見があるんです。実際に行ってみると、文学がもっと身近に感じられますよ」


と、楽しげに話してくれた。


 また、学生たちがもっと日常的に交流できる「国文学科ランチ会」や、「図書館での読書会」など、様々なイベントや集まりの紹介もあった。新入生たちは、ただ授業を受けるだけではなく、こうした活動を通しての交流もできることに、興味津々で聞き入っていた。


 最後には、グループごとにそれぞれ意見交換を行い、上級生たちは口々に、


「もしわからないことがあったら、気軽に訊いてね。みんなで一緒に学んでいくんだから」


と、温かい言葉をかけてくれた。


 ぼくは今まで勉強についてこんな優しい言葉をかけてもらった記憶が無かった――いや、学校どころか、家でさえも。というか、「みんなで一緒に学ぶ」というフレーズが妙に新鮮に聞こえた。勉強は一人でするもの、と思っていたから。


 その「グループ交流タイム」が終わって、今日の日程がすべて終了した直後のことだった。

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