第27話 声にならない想いも、読めば届く②
そこで鈴木さんが発言した。
「で、だからというか……今月のもう一冊の課題図書は内田樹の『下流志向』って評論なんだけど」
また莉子が、「我慢できない」といったように口を開いた。
「その本の最初に『努力したくない人が、努力してる人を笑う』って話があってね……それ、私の通ってた高校の空気そのまんまだったかも。勉強してると『意識高い』って茶化される。でも本当は、みんな『落ちていく』のが怖いんだと思う。自分が置いてかれることが、怖くてたまらないから、引きずる」
「うちも同じ。九州の田舎町だったんだけど、『女の子が大学行ってどうするの?』って雰囲気。そのうえ、私の親は教育費がかかることを嫌がった。私が『先生になる』って言ったら『ふうん、いくらかかるの?』って言われただけ」
美佐さんがそう言うと、誰かが驚きのため息を漏らした。
無理もない。
そもそもこのT文科大学は、教員養成に定評のある大学で、学生の多くは地方の進学校出身の教員志望者が多い。
つまり学生は「真面目」な上、家庭は「教育に理解がある」ところが多いのだ。そういう人たちにとって、莉子や美佐さんの境遇は想定外といったところだろう。
ぼくはぼくで、
「うちは逆で、親父が『東大理Ⅲしかない』って決めつけてた。学ぶことが『義務』で、『競争』だった。内田樹の『人は好きなものから学ぶ』っていうの、読んだ時、ちょっとショックでした……ぼく、今まで何かを『好き』で勉強したこと、無かったかもって」
莉子がうなづきながら、
「内田さんって、『落ちこぼれる自由』をちゃんと語ってくれるでしょ。それって、教育の話なんだけど、同時に『どう生きるか』っていう問題なんだよね」
田中さんが口を開いた。
「『負け組』にならないために頑張るんじゃなくて、『他人と違っても大丈夫』って安心があれば、人は本当に学び出す。そういう場所が、大学とか、サークルとか……あってほしいよね」
莉子が、空になったペットボトルのキャップを指先でクルクルと回しながら、ポツリと言った。
「うちは母子家庭で、母親、水商売やってんです。あたしが子供の頃から夜いないこと多くて、家帰っても真っ暗で、夕飯もカップ麺とかだった……まあ、別に不幸ってわけじゃないけど」
誰も遮らなかった。
「中学の時、一時ちょっとグレてて。学校サボって先輩とつるんだり、喧嘩もした。でも、ある時ふと、『これで一生終わるの?』って思ったの。で、高校入ってから、自分でもびっくりするくらい勉強した。そしたらさ、先生に『お前みたいなのが国公立とか笑わせるな』って言われて、またカチンと来た」
田中さんが、目線を逸らさずに言った。
「……それ、今初めて聞いた。小林さん、普段はそんなの微塵も見せないから」
「うん、見せない。見せたってどうにもならないし。お涙頂戴、嫌いだから。自分の人生、誰にも預ける気ないから」
その言葉に、ぼくはゾクッとした。莉子の明るさは、ポーズじゃない。彼女は本当に、一人で立ってきた人間なんだ。
美佐さんが、口を開く。
「うちもね……おそらく『学校』という所にみんなの家ほど価値を置いてなかったと思うの。『女子』ってだけで生きてくの不利って思ったし」
みんなが静かに彼女を見つめた。
「私はそんな故郷を出たくて、どうしても教員になりたくて、奨学金貰って、バイトもして、ここに来たの。正直、大学生活を『楽しむ』余裕なんて、最初は無かったよ」
「そうだったんだ」
と、誰かが小さくつぶやいた。
鈴木さんが、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。
「……僕は、島根県の山の中で育った。両親は兼業農家で、塾なんて近くに無かった。でも、新聞の読書欄読むのが好きで、そこから活字にハマって……本屋が車で一時間のところにあったから、月に一度だけ、父さんが連れてってくれたんだ。ぼくにとって、本を読むことは、世界への窓だった」
誰も笑わなかった。
ただ、それぞれの来た道の風景が、その場にじんわりと広がっていた。
そして、ぼくも言う。
「……うちの親父は、逆に『過干渉』だった。勉強しろ、医者になれ、それ以外に価値は無いって。たぶん、父なりの愛情だったんだと思う。でも、息苦しかった。ずっと、期待に応えなきゃって思ってた。だから、ぼく……『好き』っていう感情を、どっかに置いてきちゃったのかもしれない」
田中さんが、言った。
「いやぁ、県内で生まれてT文科大に通ってるって、この中でぼくくらいじゃない? わざわざ遠いところからいろいろな思いを持ってここに来てる人に囲まれてると、なんだか自分がのほほんと生きてるみたいで恐縮するよ」
それを聞いて莉子が笑いながら言う。
「えぇぇっ、逆にレアキャラじゃないですか。なんか生きる『地元愛』って感じ」
「ぼくたち、バラバラな道を歩いてきたけど、でも今ここにいて、同じ本を読んで、話してる。それって、すごく意味があることだと思うんだ」
静かに、雨音が部室の窓を打っていた。
まるで、それぞれの痛みを、そっと撫でるように。
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