第24話 子どもと向き合って、自分と出会った②
この日の帰り道。夕暮れの空は淡いオレンジ色で、子供たちの声が少しずつ遠のいていく。
ぼくと美佐さんは、学童の前から並んで歩いていた。
「今日はありがとう。来てくれて、嬉しかった」
「いや、こちらこそ。なんか……いろいろ新鮮だった……なんでだろ。今日、少しだけ、子供時代に戻れた気がした」
「それって、悪いこと?」
「ううん。たぶん……よかった」
美佐さんが、安心したように笑った。
その笑顔を見て、ぼくも少しだけ、肩の力を抜いた気がした。
ぼくは言葉を選びながら、ふと本音を漏らした。
「でも……正直、小さい子供って、苦手なんだ」
「えっ?」
美佐さんが少し意外そうな顔をする。
「なんで?」
「想定外の言動ばっかりするから。なに考えてるのかわからないし、ペースも読めないし」
そう、予定通りに進まない。理屈が通じない。効率も悪い。
そういうのが、昔からずっと苦手だった。
だけど、それを口にしてから、どこか胸の奥がざらつくのを感じた。
美佐さんは、少し笑った。
「でも、それが面白いんじゃないの? 想定外だからこそ、気づけることもあるよ」
「……気づけること?」
「うん。大人が忘れてたことを、子供って、すっと言葉にしちゃったりするの。考え方が真っ直ぐで、こっちが学ばされる感じ」
――真っ直ぐ、か。
ぼくの中で、何かが静かに引っ掛かった。
「……たぶん、ぼく、父の影響を受けてるんだと思う」
「お父さん?」
「『子供っぽいものに意味なんてない』って、昔から言われてきた。遊びも、絵本も、粘土も。時間のムダだって」
言ってから、少しだけ唇を噛んだ。
こんなこと、人に話すのは初めてだった。
でも、美佐さんは驚いた顔もしない。ただ、真っ直ぐに聞いてくれていた。
「だから……今日、子供と遊んでて、楽しいって思った自分に、ちょっと戸惑ってる。こんなの、間違いなんじゃないかって……」
美佐さんは立ち止まった。そして、ぼくの目を見て言った。
「間違いなんかじゃないよ」
その声は、優しくて、力強かった。
「誰かにそう言われてきたとしても、悠真くん自身がどう感じたかが、一番大事だよ」
ぼくは、うまく返事ができなかった。けれど、胸の中にあった何かが、少しだけほどけた気がした。
こども 盛本美佐
ねえ
いつからだろう
転ばないように歩くことばかり
上手にできることが
大人だと
思ってた
でも今日
手をつないだちいさな手が
にじんだ絵を
これ、ママって
笑って見せてくれた
ヘタだっていいんだ
って、
まるごとの気持ちが
そこにあった
泣いたあとでも笑えるし
言いすぎたらごめんって言える
ほんとうは
子供の方が
ずっと人間らしいのかもしれない
この詩の添え書き。
今日の悠真くん、ちょっと不器用だったけど
子供たちといる姿、優しかった
また来てくれるといいな
実は、美佐さんはもう一つ、バイトをしている。
毎週土曜日の午後に市立図書館で行わている子供対象の「読み聞かせ会」で絵本の読み聞かせをやっているのだ。
ある土曜日の午後、市立図書館の入り口をくぐったとき、冷房のひんやりした空気が肌にまとわりついてきた。
すでに夏の日差しはジリジリと照りつけていたけれど、館内は別世界のように静かで落ち着いている。
オレは「こどもコーナー」まで、一人でこっそり歩いていく。
「別に……『見に来て』って言われたわけじゃないけどさ」
小さくつぶやきながら、ぼくは柱の陰に身を潜めた。
――いた。
ちょうど絵本のページをめくる、美佐さんの横顔が見えた。
子供たちを前に座り、声のトーンを変えながら登場人物を演じ分けている。その声は柔らかくて、でも芯があって、まるでお話の中の世界が本当にそこに広がっているみたいだった。
子供たちは目をキラキラさせて、身を乗り出すようにして聞いている。
美佐さんは、それを見て微笑む。あの、ふわぁっと花が開くような笑顔。
ぼくは思わず息を呑んだ。
美佐さんの声、表情、仕草……全部が絵本と一つになっていた。いつもは控えめな彼女が、ここでは主役だった。
やがて、読み聞かせは終わり、子供たちが「ありがとう!」と元気よく手を振って帰っていく。
美佐は「またね」と笑って、その後、絵本を静かに片づけ始めた。
そして――ふと顔を上げた。
まっすぐこちらを見て、目をパチパチと瞬かせる。
「あれ……悠真くん?」
見つかった、と胸の奥が跳ねた。ぼくは気まずさをごまかすように、髪の毛を指でいじりながら一歩、柱の陰から出る。
「……いや、『見に来て』って言われたわけじゃないけどさ……」
「でも、『来る』とも言ってなかったよね?」
「まあ……」
美佐さんが、クスっと笑った。
「ありがと。来てくれて嬉しい」
「なんかさ……美佐さんって、『言葉を渡すのが上手い』んだなって思った」
「えっ?」
「読み聞かせって、ただ読むだけじゃないんだな。子供たちに、ちゃんと届いてた……ぼくにも」
美佐さんは、ほんの少しだけ頬を染めた。
「そう言ってもらえると、やっててよかったって思えるな」
図書館の外へと向かう廊下、窓から差し込む夕方の光が、ぼくたちの影を長く引き伸ばしていた。
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