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虐待で心に傷を負ったぼくと彼女が地方公立大学で出会い“ことば”と“居場所”を取り戻すまでの物語  作者: 喜多里夫


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第23話 子どもと向き合って、自分と出会った①

「佐藤くん、そろそろバイト探したほうがいいんじゃない?」


 昼休み、学生会室の隅っこでカップ焼きそばの湯切りに失敗したぼくを見つけた鈴木さんがそう声をかけてきた。


「学食で食えばよかったって顔してるな。で、バイトは?」


「それが……一応、いくつか応募はしてるけど、なかなか決まらなくて」


「ふぅぅん。T文でバイトって言ったら、だいたいあれだろ。塾講師、家庭教師、学童、コンビニ店員。あと、地元の農家手伝いってのもあるけど」


 鈴木さんは、自分のカップ麺をズズッとすすりながら続けた。


「教員志望の子らには、学童とか図書館が人気だな。子供と関わる経験になるからって」


「でも、人気ある分、倍率高いですね。履歴書出しても音沙汰ないところばっかで」


 「だろうなぁ。ぼくも昔、それでだいぶ落ちたわ……まっ、だからってわけでもないけどさ」


 そう言って、鈴木さんはスマホをいじって、何かの連絡先が表示された画面をぼくに見せてきた。


「キミ、もともと理系だろ? しかも、東大理Ⅲ目指してたんだろ?」


「……まあ、一応」


「だったら、うちの塾で教えてみねえ? 個別指導だし、小学校から高校までいろんなコースがある。きみならできると思うぞ」


「塾……ですか?」


「いきなり集団授業じゃなくて、1対1から始められる。教えるのに慣れてきたら、クラスも持てるようになる。どうよ?」


 鈴木さんの声は軽いけれど、どこか本気だった。


 ぼくは少しだけ考えてから、そっと問い返した。


「……ぼくなんかでも、ちゃんと教えられますかね?」


「最初は誰でも下手くそだよ。僕だって、最初の授業で生徒に『何言ってるかわかんない』って言われたし」


 鈴木さんは、笑って言った。


「でもまあ、慣れるって。あと、子供と向き合ってると、自分の頭ん中も整理されてくる。おすすめだよ」


 そう言われて、ぼくはその画面をもう一度見た。


 「塾講師募集」の文字が、妙に現実味を持って胸に残った。


 バイトの話は以前、美佐さんからも聞いたことがある。


 彼女は、平日は週三日ほど市内の小学生相手の放課後学童クラブで、小学生の宿題を見たり、遊んだりするバイトをしているという。


 さすがは学校教育学科というべきか。


 その日の夕方、ぼくは何気にその学童の前を通りがかった。


 たまたま、小学生らしい兄妹が外で取っ組み合いのケンカをしている。


 すると。


 美佐さんが飛び出してきて間に入り、声を荒げずに落ち着いて話す。


「どっちが悪いかじゃなくて、どうしたかったのか、ちゃんと聞かせて? 二人とも、言葉にしよう」


 子供たちが泣きながらも話し始め、仲直り。


 そんな様子を、ぼくは塀の陰からこっそり見ていた。


 いつもは静かでちょっと不器用そうに笑う美佐さん。でも、子供たちの前では、表情が生き生きしていて、言葉も真っ直ぐで、何だか本当に小学校の先生みたいだった。


 ――すごいな。


 そのひと言が、自然と胸の奥に浮かんだ。


 その時。


 美佐さんがふと道路の方を見た。


 「あっ」と、思う間もなく目が合う。


 ぼくは慌てて顔を()らしたが、次の瞬間には声を掛けられていた。


「……悠真くん!」


 あちゃぁ。見つかった。


「いや、その、たまたま通りかかって……」


「ふふっ。うん、偶然だよね?」


 美佐さんはいたずらっぽく笑った。その笑顔が、子どもたちに向けたときの笑顔と同じで、なぜか少しだけ、嬉しかった。


「ここ、来てみたかったの?」


「ちょっと、どんな感じなのかなって……前に、学童でバイトしてるって言ってたから……」


「そっかぁ。じゃあ、見学してく?」


「えっ、いいの?」


「今日は人数少ないし、大丈夫。先生に話してみるね」


 そんな流れで、ぼくは思いがけず美佐さんのバイト先を「見学」することになった。


 教室の一角。色とりどりの折り紙や紙コップ、空き箱が並ぶテーブル。そこに小さな子どもたちが何人か集まり、工作に夢中になっていた。


 ぼくは、ただ突っ立っていた。


「ねえ、お兄ちゃんもやろ?」


 ピョコンと現れた小さな男の子に声をかけられ、面食らう。


「え、ぼく?」


「これ、ロボットにすんの!」


 目を輝かせて差し出されたのは、牛乳パックにマジックで顔を描いた何か。


 どうやら、すでに「頭」らしい。


「じゃあ……胴体、つける?」


 そう言って、適当にペンを取って線を引いた。


 ――ダメだ、なんだこれ。全然、形がまとまらないや。


 不器用さに自分でも呆れそうになる。


 そうだ、ぼくはこういうの、からっきしダメなんだった。


 子供の頃、父はぼくにこう言った。


 ――子供っぽい、くだらない遊びに時間を使うな。そんなものに価値は無い。


 父にとって、時間とは「将来の成果のためだけにあるもの」だった。


 だから、粘土で怪獣を作ったり、段ボールで基地を作ったり――そういう「子供らしい時間」は、徹底して排除された。ぼくが幼稚園や小学校で作ってきた「作品」は、家に持ち帰ると即ゴミ箱行きだった。


「難しいねえ、お兄ちゃんのロボット」


 小さな子の笑い声に、ぼくは我に返った。


 ――でも、なんか、いいな。下手でも、ヘンでも。この時間、楽しいって、思ってもいいんだ。


 そう思えたのは、美佐さんが隣で、子供たちと笑っているのを見ていたからかもしれない。


「よし、ちょっと本気出すか……! で、ロボットに武器つける?」


「つけるぅぅぅぅっ!!」


 子どもと一緒に盛り上がっている自分が、少し不思議だった。だけど、どこか懐かしくて、心がじんわりと温かくなる。


 後ろで、美佐さんが微笑んでいた。


「ね、悠真くん。意外と向いてるかもよ?」


 照れくさくて、ぼくはうまく返せなかった。


 でも心のどこかで、「この時間を、もっと続けたい」と思っていた。

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