第19話 ぼくの居場所に灯る火③
――父さんだ!
ぼくの部屋の前に、黒いスーツを着た父が仁王立ちしていた。
目を血走らせ、口元を引きつらせながら、ツカツカとオレの方へ歩いてくる。
「……こんな夜遅くに、女なんか連れ込んで……いったい貴様は、どういうつもりなんだ?」
この言葉に、周りの空気が一瞬で凍りつく。
ぼくに寄りかかっていた莉子が、
「えっ……えっ? 誰、この人?」
とぼくに訊くが、ぼくは身体が硬直して声が出ない。
父はいつもの調子で、周りを無視してぼくだけに向かうようにして言った。
「入学金の工面を自分でしたことは褒めてやるが、こんな安アパートに住むような恥さらしに育てた覚えはないぞ」
鈴木さんが口を挟んだ。
「……ちょっと、あの、失礼ですが、どちら様ですか?」
父は鈴木さんを見下すような口調で言った。
「私は、この佐藤悠真の父親だよ……T大理Ⅲを目指しながら二浪しても合格せず、地方に逃亡して、だらしない生活を送っているこのバカ息子のな」
その場の全員が沈黙した。
この時。
美佐さんが、静かに一歩前に出る。
「……そういう言い方を、なさるんですね」
「なんだ、君は? こんなダメな奴とつきあってて恥ずかしくないのか?」
美佐さんは一瞬だけ言葉に詰まったが、しっかりとした目で、父に向かって言い返した。
「恥ずかしいのは、あなたの方です」
この言葉に、周りの誰もが息を呑んだ。
しかし、父は美佐さんを全く無視するように、
「……さあ、くだらんことをしている暇があるのなら、さっさと荷物をまとめろ」
「……父さん……なんで……」
父は周囲を一瞥し、鼻で笑った。
「ふん、予備校には籍を置いてあるんだ。今から東京へ戻るぞ。こんな田舎で埋もれるつもりか。この馬鹿者め」
その言葉を聞いた莉子がぼくの腕から離れ、美佐さんは表情を変えた。
美佐さんは低く、落ち着いた声で言った。
「……待ってください」
父は美佐さんを無遠慮に睨んだ。
「なんだ君は? 関係ないだろう。こいつはうちの病院の跡取り息子なんだ。君たちとこんなところで遊んでる暇はない」
父は美佐さんに向かって、まるで何かの汚れた物でも見るような目つきで、言い放った。
「それにしても、ずいぶん軽薄な連中とつるんでいるようだな。夜中に騒いで学生気分か?」
「はあ?……なに、それ?」
莉子の顔が赤くなる。
「失礼ですけど……私たち、悠真くんの友だちです」
美佐さんが、慎重に、でもはっきりと口を開いた。
父は人を馬鹿にしたような目をして、ぼくを見やった。
「おまえ、何をしている。こんな場所で、こんな人間たちと、くだらない時間を――」
「くだらなくなんか、ない!」
ぼくは、思わず叫んだ。
アパートの周りに、声が響く。
「くだらなくなんか……ないよ。ぼくにとっては、大事な友だちで、大事な日々で……! こんなふうに笑って、話して、バカやって、それが……それが、ぼくがずっと、やりたかったことなんだ!」
父は一瞬だけ言葉を失ったように眉をひそめたが、すぐに口を開いた。
「……愚か者め。今からでもやり直せ。今なら間に合う。こんな場所で――」
「帰りたくない」
ぼくは、父に面と向かって言った。
「……なにっ?」
父にとって、それは意外な反撃だったのだろう。ぼくは、今まで父にこれほどはっきりとものを言ったことが無かったから。
「ぼくは、もう帰らない。うちへは帰らない……ここで、生きたい。ぼくは、ここにいたいんだっ!」
周りの誰もが、ぼくの言葉の重みに息を呑んだ。
父は目を見開いて、怒鳴った。
「何を言ってるんだ、貴様! お前は佐藤家の人間だ! 勝手なことを――」
すると莉子がぼくと父の間に割って入り、よろめきながら叫んだ。
「……何だかよくわからないけど、あたしは悠真くんを守る。悠真くんがここにいたいなら、いさせてやってよぉ!」
しかし、
「……君みたいな尻軽女に言われたくはないな」
と、父は冷たく言い放った。
今度は美佐さんが再び前に進み出た。
美佐さんは静かに言った。
「……ねえ、お父さん。T大理Ⅲに入ることと、生きてるって思えること。どっちが大切なんですか?」
その言葉に父は鼻を鳴らした。
「だから何だというんだ? 所詮、ガキの感傷だ」
ぼくは叫んだ。
「ぼくの人生は……ぼくのものだ! 20歳まで親父の言うとおりに生きてきて、ぼくはもう……壊れそうだった。でも……やっと、少しずつ立ち直れてきたんだ……ここがぼくの、居場所なんだ!」
とうとう父は言葉を失い、ぼくをにらみつけたまま沈黙した。
美佐さんがそっとぼくの肩に手を置きながら言った。
「……悠馬くんは、ここにいていいんだよ。私たちがいる」
「そうだ、そうだ!」
ぼくと父との会話を聞いて状況を悟ったみんなが、口々に声を上げて父を取り囲んだ。
「お父さん、考え直してやってください!」
「T文に……私たちの大学に、通わせてあげて!」
「お願いします。お願いします!」
「むっ……」
さすがの父も、これには黙り込んだ。
しばらく無言のまま、にらみ合いが続いたが、父はやがて何も言わずに踵を返して車に一人で乗り込むと、アパートの前から去っていった。
アパートの前に静寂が戻った。
鈴木さんは、小さく息を吐いて言った。
「……やれやれ、二次会は中止だな……」
そして誰よりも安心したように微笑んだのは、美佐さんだった。
──しかし数秒後、莉子がポツリとつぶやいた。
「……って、誰が中止って言ったの? せっかく来たんだし、飲み直そうよ」
鈴木さんが、それを聞いて吹き出した。
「小林さん……空気読めって……いや、読まないキミだからこそ、救われるのかもな」
「飲み直し、賛成!」
「じゃあ、みんなで部屋に上がろう!」
それぞれが軽く笑いながら、ぼくの背をポンと叩いた。
ぼくはまだ少し顔をこわばらせながらも、微笑んで言った。
「……うん。歓迎するよ」
月は高く、夜風は優しかった。
こうして少しずつ、ぼくは心の中に「火」が灯っていくのを感じていた。
そっと置かれた手 盛本美佐
こわばった背中に そっと手を置いたら
言葉じゃない何かが 確かに伝わる
ひとりじゃない夜を 初めて信じた
居場所とは 誰かの心に灯る灯
「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」「今後どうなるの……?」と思ったら、下にある☆☆☆☆☆欄から、作品への応援をお願いいたします。面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ、正直に感じた気持ちで大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。




