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虐待で心に傷を負ったぼくと彼女が地方公立大学で出会い“ことば”と“居場所”を取り戻すまでの物語  作者: 喜多里夫


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第1話 居場所のない場所で①

 春の風が、まだ少しだけ冷たかった。


 ぼく――佐藤(さとう)悠真(ゆうま)――は、この小さな地方都市にある小さな公立大学の入学式へ向かうため、着慣れないスーツ姿で昨日入居したばかりの学生アパートを出た。


 アパートからは――10分もあれば着くはずだ。


 朝の日差しはすでに空高く、まぶしいほどに明るい。


 桜の花は満開に近い。道端の草花も新芽を伸ばしている。


 でも、ぼくの心は晴れやかとは程遠い。胸の奥に、重たい雲が居座っている気がした。


「それでも一応、緊張するな……」


と、ぼくはつぶやきながら歩き続けるけど、足取りは重たい。


 T大を目指して二浪までしたけれど……。


 ここでの学生生活に期待なんて、していない。


 キラキラしたキャンパスライフ? ない、ない。


 これからおそらく地味で単調な毎日が始まるのだろう。ぼくはここで出来るだけ目立たぬように、ひっそりと生きよう。


 そんなことを思っていた。


 ――そういえば、この道で合ってたっけ……?


 その時。


「ねえ、きみ、T文の新入生でしょ?」


 突然、背後から明るい声がかかった。振り返ると、そこにはいつの間にか一人の女の子が立っていた。


「あっ、はっ、はい……」


「おはようございます! はじめまして、きみの先輩です。よろしくね♪」


 まるで保育園の先生が子供に接する時のような声で、愛嬌たっぷりの女の子がぼくに挨拶してくれた。


 丸顔で、リンゴのような赤い頬が印象的だった。


 二重の大きな瞳は、まるで星空のようにキラキラと輝いていて、見つめられるだけで心がほっこり温かくなる気がした。


 ボブカットの髪は柔らかな栗色で、軽くウェーブがかかった髪がちょっとした風に揺れるたびに、見ているこちらもつい笑みがこぼれてしまう。身長は今どきの女の子としては小柄なくらいだけど、ちょっとした仕草の可愛らしさが、逆に親しみやすさを引き立たせていた。


 彼女の服装も、ふんわりとしたニットに、ふわふわのロングのスカートを合わせていて、まるでぬいぐるみのように愛らしい。笑顔の中に、ちょっとした照れ隠しのような表情も混じっていて、そのギャップもまた魅力的だった。


 明るくて元気な声で挨拶されたぼくは思わず緊張した。思えば、同年代の女子に挨拶された経験は――ぼくは中高と男子校出身だったこともあり――小学校以来ではないか。でも、彼女のフレンドリーな様子を見て、緊張がフッとほぐれていくのを感じた。


「あっ、おはようございます」


 ぼくは挨拶を返しながら、彼女の盛り上がった胸に「新歓委員」という名札が付いているのを見つけた。


「ちょっと道に迷ってる? よかったら入学式の会場まで案内しようか?」


 彼女がニッコリ笑ったその瞬間、ぼくの心の中で何かが少しだけ音を立てて動き出したような気がした。


 彼女が、どこか心惹かれるオーラを放っているように見えたからだ。


 笑顔を浮かべながら話す姿から、この笑顔は無理に作ったものではなく、本当に「素直なもの」という印象を受けた。しかも、笑顔の雰囲気からして……たぶん、あんまり上下関係とか気にしない人。


 大げさかも知れないが、まるで春の光がそのまま人になったような存在に思えたのだ。


「ありがとうございます……あっ、ぼく、佐藤(さとう)悠真(ゆうま)といいます。よろしくお願いします」


 つい口から出たのは、当たり障りの無い自己紹介だった。しかも敬語。まあ、「年下」とはいえ「上級生」なわけだから、それが「自然」だろう。


「佐藤くんね、よろしく。私は盛本(もりもと)美佐(みさ)、教養学部学校教育学科の二年生よ」


 彼女は、軽やかな声で自己紹介して、小さく笑った。


 その笑顔が何だかまぶしくて、目をそらしたくなるような気持ちにさえなる。


「学校教育学科ですか……」


 ぼくは文学部国文学科だ。


「私、将来は小学校の教師を目指してるんだ。だから、この大学の学校教育学科を選んだんだよ」


 彼女の言葉に、ぼくは少し驚いた。


 ぼくなんか二浪しても第一志望の大学に合格できずに、やむを得ずここに来たようなものだ。


 それに比べて、彼女はすでにしっかりとした将来のビジョンを持っている。おそらく、彼女のような人こそが、自分の未来の人生を力強く切り拓いていくのだろう。


 正直、今のぼくには確固たる目標が無い。


 だからこそ、彼女の言葉はまぶしくて、どこか遠い世界のことのように感じられた。


「すごいな……もう決めてんだ」


 思わず発したぼくの言葉には、感嘆の気持ちが込められていた。


「ううん、まだまだだけど、夢に向かって努力するのが楽しいんだよ。ほら、きみも入学してからもっと何かやりたいこと、見つかるよ」


 彼女の瞳は前を向いてキラキラと輝いている。


 その目を見ると、何だか自分も前を向かなければならないような気持ちにさせられた。


 でも、ぼくにはその「やりたいこと」が見つからない。


 彼女と違って、ぼくは今までただ惰性のまま毎日を送ってきただけだ。


「うぅん、そうだといいんだけど……」


 少し苦笑しながら答えると、彼女はフッと柔らかい笑みを浮かべた。


 「きっと、きみにも素敵な何かが待ってるよ」


 そう言って、彼女は明るく笑った。


 その笑顔に、ぼくは何故か胸が少し痛くなった。


 ――ああ、この子、きっと周りの誰もが好きになるだろうな……そして、もちろんこのぼくも――。


 でも、少なくとも今は、この時間だけでもこの笑顔が見られるのを幸せだと思った。


 彼女と一緒に歩いていたら、いつの間にか大学へ着いていた。校舎の方へ行こうとするぼくに向かって彼女は言った。


「あっ、そっちじゃないのよ。入学式はね、あっちの『うぐいすホール』ってところであるの」


「あっ、そうでしたね」


 確かに案内には、そう書いてあった。


「また、会いましょう。じゃあ、佐藤くん、後でね!」


 あれ?


 果たして彼女と「後でまた会う」機会なんて、あるのだろうか?

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