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虐待で心に傷を負ったぼくと彼女が地方公立大学で出会い“ことば”と“居場所”を取り戻すまでの物語  作者: 喜多里夫


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第14話 ことばが二人をつなぐ①

 ぼくのために、泣いてくれる人がこの世にいるなんて――想像したこともなかった。


「逃げたんじゃないよ……佐藤くんは、自分を守ったんだよ」


 その言葉に、胸の奥が一気にほどけていくような感覚があった。


 誰かに、そう言ってもらいたかった。


 誰かに、そう言ってほしかった。


「……ありがとう」


 かろうじて、それだけが言葉になった。


 でも、それだけで十分だった。 


 逃げてきたこの町で。


 言葉を失ったこの町で。


 ぼくは初めて、人と「繋がる」ということを知った気がしたから。


 悲しみでも、怒りでもなく、もっと深いところ――共鳴からくる涙だった。


「盛本さん……?」


「ごめん……ごめんね、佐藤くん。私……」


 彼女はうつむくと、震える声で言葉を紡いだ。


「……私はね、家族に大学へ行って勉強することを理解してもらえなくて……でも、佐藤くんみたいに、本を全部処分されたり、夢を踏みつけられたりまでは、しなかった。だから、そんなふうに話せるまで、どれだけ苦しかったかって考えたら……勝手に涙が出てきたの……」


 静かな部室に、彼女のすすり泣く声がかすかに響く。


「……ぼくさ。誰かに本気でこの話したの、たぶん、今が初めてなんだ……怖かったんだよ、どこかで……『文学部を選んだ』ことを、また否定されるのが……」


「……私は、絶対に否定しないよ」


 顔を上げた彼女の目は、真っ赤だったけれど、その言葉は真っ直ぐだった。


「だって佐藤くんの『ことば』は、私を助けてくれたもの。図書館での会話でも、LINEでのやりとりでも」


 その瞬間、ぼくの胸の中で、凍っていた何かがほんの少し、溶けた気がした。


 長いこと閉じていた扉が、軋みながら、少しだけ開いたような気がした。


 そして、美佐さんはギュッとぼくの手を握った。


 美佐さんの手は、小さいけれど温かだった。


 そのぬくもりが、ぼくの中に染み込んでいく。凍っていた心の奥まで、静かに、優しく。


「……なんで、そんなに優しいんだよ。ぼくなんかロクな人間じゃないのに……」


 弱々しい声が、自分の口から漏れるのがわかった。


 惨めで、情けなくて、でも、どこか救われたような気持ちもあって。


「優しくなんて……ないよ。ただ、知ってほしいの……」


 しばらく沈黙が続いた後、美佐さんがそうつぶやいた。


「私も……話さなきゃって思ってたの。ずっと、怖くて、上手く言葉にできなくて」


 彼女はうつむき、拳をギュッと握りしめていた。


「でも、今、佐藤くんの話を聞いて……ううん、『感じて』、やっと少し、話せそうな気がした」


 彼女の声は震えていた。けれど、その目は真っ直ぐにぼくを見ていた。


「少しずつでいい? ちゃんと話すから。私のことも」


「……うん」


 ぼくは、うなずいた。


 美佐さんの目が、どこか遠くを見ていた。


 それは、いま目の前にある景色ではなく、ずっと昔の、逃げ出したくなるような風景。


「……私の住んでたのは九州の田舎町で、大学行く人、あんまりいないんだよ……勉強してる子がバカにされる雰囲気だった。高校中退する子もわりといて。卒業しても、地元の工場とかに就職したり、親の仕事手伝って……そんなのが当たり前だった……誰も疑問に思わない。私も周りから『女の子なんだから、高校出たら働いて、早く親を楽にしてあげな』って、言われ続けて育った……」


 美佐さんの声は淡々としていた。でも、その言葉の奥に沈んだ何かは、確かにぼくの胸を揺らした。


 「本も……無かった。家にあった字が書かれたものは、新聞紙とチラシだけ。本棚なんてなかったし。小説って、図書室で初めて読んだの。中学の時、偶然、太宰の『女生徒』を手に取った。それが……初めて、自分の心の中を誰かが言葉にしてくれた気がした……」


 彼女は少しだけ笑った。けれど、それはどこか自嘲の混じった、乾いた笑いだった。


「でも、義父は『女のクセに大学なんて行っても無駄だ』って言うばかり……でも、私……どうしても、言葉のある場所に行きたかったの。誰もわかってくれなかったけど……」


 美佐さんの話を聞いて、ぼくは胸が苦しくなった。


 彼女の微笑みの裏に、そんな世界が広がっていたなんて。


「でも、私は勉強が好きだった。好きじゃなきゃ、逃げ場がなかった。学校だけが、唯一自分でいられる場所だったから……どうしても、外に出たかった」


「……それで、ここまで来たんだ……」


 美佐さんは静かにうなずいた。


「……奨学金、取ったの。あと、バイトも。どうしても家を出たかったから……それで、大学に入ってからは、実家には一回も帰ってない。戻っても、『調子に乗るな』って……きっと、言われるだけだし」


 ふと、彼女が言葉を切った。


 まだ何かを言いかけたように、でも、それを飲み込んだように見えた。


「……それでも、ここに来て、勉強してる今が、一番『自分は生きてる』って思えるの」


「盛本さん……」


 ぼくの胸に、何かが突き刺さった。


 努力とか根性とか、安易にそんな言葉じゃ語れない現実を、彼女は越えてきたんだ。


「だからね、今こうしてみんなと一緒に学んだり、話したりできるのが……本当に、すっごく、幸せなんだよ」


 その言葉に、ぼくはただ黙ってうなずくだけだった。

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