息子の迷走クッキング!?
「今からオレが、パパに朝ごはんの目玉焼き作ってやるよ! 感動だろ?」
「…………は?」
窓から朝日の差し込むリビングの中央にて、三角巾を被ったエプロン姿の小学校高学年の長男がそう高らかに宣言してふんぞり返っている。
寝起きの目を瞬かせ、寝癖で爆発している髪をガシガシかきながら俺はその場に立ち尽くしてしまった。
「お前……火なんか使えるんかよ。ママは?」
「ママは今日、休日出勤だって言ってたじゃん! 寝ぼけすぎだ! 今日もパンイチで武器スマホか? 一身か! ホコラいくんかよ! アハアハ」
なぜか裸の方が熟睡できる俺の謎の習性をゲームネタでいじりながら、長男がカウンターキッチンに向かって歩き出したのを目で追うと、ちゃんとトランクス一枚で装備されている身体の腰に片手を置きながら俺は確認をする。
「マジでお前一人でやんのか? 出来るんかよ」
「あたぼーよ! 昨日、学校の調理実習でスクランブルエッグ作り済みだ。なめんな」
振り向きざま親指をグッと立ててドヤ顔をする自己肯定感満載の長男に、
「昨日今日のスキルかよ」
不安しかない。
「そしてオマエは何してんの?」
どこからか現れてきた小学校低学年の次男が、同じく身につけた三角巾とエプロンを妙にオシャレな感じに着崩れさせた状態にして歩いてくる。
「ボクもね、手伝うんだ〜」
「マジかよ……。オマエはカウンターと似たような身長じゃねえか。届かねーだろ? 遠くで見てるだけにしろよ」
「やだ! ボクもやるもん!」
「……もう反抗期か?」
止めるのも聞かずに三角巾がまるでターバンのようになっている次男は、長男の隣まで走っていってしまった。
奥の冷蔵庫付近でぎちぎちになっている二人を見てから俺は一旦、自室まで戻るとウォークインクローゼットからスウェットのズボンを引っ張り出した。
すると、
「うおぉーー! マジかよクソッタレ! しくじった〜」
と叫ぶ長男の声が聞こえてくる。
構わずに足を通していると、今度はガシャガシャンという壊滅的な音に混じって、
「うわぁ! 何してんだよ、うぉい!」
「うわ〜ん!」
怒号と泣き声が響いてきた。
「なにやってんだよ……」
もう確実に数秒後には落胆するか、ぶち切れるかをしているであろう自分を想像し、手に持ったシャツに腕を通しながらキッチンまで戻ってみると……。
カウンターの上ではボウルが逆さまになっていて、そこからおびただしい量の卵白と卵黄が飛び散り床に着地している。
ついでに醤油瓶を巻き込んだらしく、蓋の吹っ飛んだ瓶から流れ出した黒い液体をカウンターの下でしゃがんでいたらしき次男が頭からかぶってしまったようで、その泣き顔には無数の醤油の筋が滴り落ちていたのであった。
「五分もたってねぇのに……予想通りの事をしてくれてんじゃねぇよ……」
盛大にため息をついてから長男にゴミ箱とティッシュの箱を与えておくと、俺は泣いている次男を風呂場に急行させたのだった。
ーー ーー
次男の髪を乾かし終えてキッチンに戻った頃には、長男の方も後始末を済ませていた。
「やべぇな、ギリ三個しか卵がない。失敗は許されないぞ、オレ」
一人でぶつぶつ実況をしている長男が卵を手に持ってカウンターに打ち付けると、ボウルの上で半分に割ろうとしている。
(めっさ親指、卵の中にブッ刺さってんな)
とりあえず俺は後ろから腕を組んで静観していると……。
「ぐあぁ! やっちまった! もうだめだ〜」
急に長男が頭を抱えて癇癪を起こし始めた。
(最後の一個が出来なかったか)
後ろからボウルを覗き込んでみると、ぷっくりと丸い卵黄二つの隣に液状化した卵黄がくっついているのを見てとった。
「もういいじゃねぇか。全部混ぜて炒り卵にしろ」
そうプランBを提案してやったのだが、
「はぁ⁉︎ 嫌に決まってんだろ⁉︎ そんなの、オレのプライドが許さねぇ!」
「んなくだらねぇ矜持なぞ捨てちまえ!」
キレてくる長男についキレ返してしまった俺はハッとした。
(いけねぇ、こないだ育児動画で叱りつけるのは良くないとか言っていたな)
じゃあ、どうしろってんだと、その動画にキレてはいたものの少しは参考にしようと居住まいを正した俺は、改めて長男を諭しにかかる。
「昨日、炒り卵作ったんだろ? だったらそっちの方が確実に上手く出来んじゃねぇの?」
「嫌だぁ! 目玉焼きができた方がカッコいいじゃん! ってかスクランブルエッグだし!」
「意味は同じだろ? どっちでも——」
その時、論争している俺たちの脇をすり抜けた次男が、
「ボクも手伝ってあげるね」
と言ってコンロの目の前に立ってしまった。
「あぶな——!」
咄嗟に手を伸ばすと、
ボ! チチチ——
「わぁぁぁ!」
次男の顔に腕を回してその小さな身体を後ろへ下げる事に成功した。
「あぶねぇだろ! 火、顔の真ん前じゃねぇか! もっと別の生き物みたいに火を怖がってくれよぉ‼︎」
万が一を想像してしまった俺は心臓をバコバコ言わせながらつい、声をあげて次男を叱り飛ばしてしまった。
その結果……。
「うわ〜ん‼︎」
案の定、泣かれてしまうのである。
(コイツはほんと、すぐ泣くな……)
とりあえず深呼吸をして落ち着いた俺は次男を撫でくりまわして宥めすかす。
「悪かったって、そう泣くな。でも火は危ねぇんだぞ? な?」
すると、それを見ていた長男が割り込んできた。
「不公平だぞ! 俺だったらいつもゲンコツなのにコイツばっか優しくするなんて!」
「おめぇはもっとやべぇ事すんだろ? つーか、さっさと作ってくれや。腹へってんだけど頼むわ」
「チッ、しょうがねーな」
「舌打ちすんじゃねぇ!」
やれやれといった感じでボウルに向かった長男は、ようやく目玉焼きを諦めて卵をかき混ぜ出す。そうこうしているうちに、突然作業を止めると冷蔵庫から牛乳を取り出してきて、
「必殺、隠し味だ!」
その中へ勢いよく注ぎだしたのである。
(牛乳の量、多くねぇか?)
そっとまた後ろからボウルを覗いて見ると、中身では白色の方が勝っているのが見える。
「全然、隠れてねぇな」
そんな俺の呟きなどスルーして、長男はついにフライパンへそれを流し込んで焼き始めたのであった。
ところが、
(今、油入れたんか? おいおい、中華料理ばりの炎だ!! 焦げるんじゃね?)
中くらいの丸いフライパンの端端からぼうぼうに火の手が上がっているのを見て戦慄を覚える。
「うお! クッ……張りつくんじゃねぇよ! この卵が! マジで食っちまうぞ!」
「何言ってんだよおい、もう少し火を——」
「出来たぁ!」
「…………」
俺の声が届く前に焦げ……焼けたようだ。
大皿を出してやると、気がきくな、とほざきながら長男はたどたどしく茶色い物体をフライパンから移している。
「よっしゃぁ! 完璧だ!」
そう一声叫んだ長男は手際よく立っている俺のズボンのポケットからスマホを取り出すと、ユーチュー○ー並に出来上がったものの写真をパシャパシャ撮りだした。
(そんなに枚数いらねぇだろ)
スマホのデータ量を気にして内心で呟いていたら、次男がぐいぐい引っ張ってきて俺をテーブル席へ座らせる。
「よーし! さあ、食ってくれ!」
間も無く、ドーンと目の前に先ほどの皿が置かれたのだが……。
「へ? 朝ごはん、こんだけ——」
「いただきまーす!」
小皿も出さずにいきなりスプーンを持って皿に飛びついた長男と次男が、次々に炒り卵を食してゆく。
(あ、やべ!)
慌てて俺もスプーンを持って皿に手を伸ばしたが、時すでに遅し。
かろうじて一口、食べられただけなのであった。
「ごっそさーん! ゲームやろーぜ!」
スプーンを放り投げてリビングへ去ってゆく長男を唖然として見送ると、
(せめて……パンでも食うか……)
いつも朝食は米派の俺だが、仕方なくよろよろと立ち上がるとそのままキッチンへ入り、いつもパンの入っているカゴを覗いてみる——。
(は? 無い! 一個も無いだと⁉︎)
あまりの事実に驚愕した俺は素早く考える。
(クソ! コンビニまで走るか? しかし、コイツらまで連れて行くとなると余計なモノ買わされる! 今月小遣いピンチなのに——)
「パパ〜、ねえねえ」
急にそのおっとりした声と共にシャツの端を引っ張られて我にかえると、
「んん? なんだ?」
「あれとって、早く食べたい」
そう言って次男が指差した方を見てみる。
すると冷蔵庫の扉がこれでもかという程、後ろに折れて全開となっていた。
「開けすぎだ! 何やって——あっ」
冷蔵庫の前に立った俺は、中の棚におにぎりの乗った肉の生姜焼きプレート三人分を発見したのだった。
(妻よ……マジで愛してる……)
最後までお読みくださってありがとうございました!