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嘲笑う月  作者: てりやき
3/5

教授と彼女

 あのメガネが完成してから、ちょうど二ヶ月ほど経った、ある日。

「んで、このメガネ結局何だったんです?」

 弟子が唐突に聞いてきた。

「あれ? いちいち反応しないんじゃないの?」

「いや、こうもすんなり仕事に取り組んでくれるとは思ってなかったんで」

「あー、まあ。そうか」

 弟子はなんやかんやで、俺が研究に打ち込む姿が好きだったのかもしれない。

 時々見せる寂しそうな顔を見て、そんなことを思うようになった。

「これは、『真円発見装置』だ」

「深淵、発見装置?」

「ああ」

「……なんか、闇が深そうな名前ですね」

「いや、そっちのシンエンじゃなくて。真円、つまり、完全な円のこと」

「あー……」

 俺は、自分の発明品を彼女に説明するとき、決まって彼女を弟子にした日のことを思い出す。

 そう、あれは、ひどく蒸し暑い日だった。

 ある講義で、俺は汗だくになりながら、自分の発明品をみんなに紹介していたんだ。

 最悪だった。

 説明の途中からみんな笑い始めて、講義にならなくなって。

 何事だ、って心配して来た先生も、俺の説明で笑い始めて……

「具体的には、入ってくる光の明暗の差がある部分を『境界線』として認識して、その線が真円だと、その上に黒いラインを引いて通知してくれるんだ」

 でも。

 そんな中。

 彼女だけは――

「……なるほど。なんでそんなものを」

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた!」

 俺はノートパソコンを閉じて、彼女の方に椅子を回した。

 彼女の目には、俺のにやけ面が、さぞかし醜く写っていただろう。

「ずばり、世の中のほとんどの人は、円という図形の素晴らしさに気づいていないからだ!」

 私は素早く立ち上がって、そして、ゆっくりと研究室内を歩き始めた。

「そもそも、現実で完璧な円を描くことは不可能だと、知っているか?」

 彼女は真剣な表情で、首を傾げ、「知らない」を表現した。

 どんな質問でも、必ず何かしらの反応をする。

 それは、弟子だからなのか、彼女だからなのか。

 ……いや、そんなこと、最早どうでも良かった。

「コンパスを使って、どれだけ正確に描いても、それは円形であって、『円』ではない。ただの模倣でしかないんだ。少し複雑だけど、これがいちばん大切なとこ」

 あのメガネを紹介していたときの文章を思い出しながら、それを悟られないように、俺は、言葉を、繋いでいった。

「数学で、『円』っていう図形は、『定点から等しい距離にある点の集合』のことを指す。だけど、そもそも『点』は幅も長さも厚さも無いから、我々人間は、紙に鉛筆で境界線を描いて、それを円だと()()してるってわけ」

 俺は話しながら、はじめから彼女に紹介すればよかった、と後悔した。

 そう、完成させた、()()()()

 数百カ所巡って紹介などせずに、あの瞬間、彼女の弟子としての意地を押しのけて、無理矢理説明を初めてしまえば良かったのだ。

 だって――

「……それって、要は、『有名な絵画の写真をプリントして、家に飾ってる』みたいなことですか?」

 彼女だけはいつも、俺の話を真面目に聞いてくれるのだから。

「そうそう! 本質はそれで合ってる! ただ、その絵を書いたのが数学の神様で、飾られてる家が地球ってだけ!」

「……なるほど」

「ただ、自然法則を使えば、我々も円を観察することができる。例えば、惑星とか衛星とか」

「重力の働き、ですね」

「そうそう。もっと科学的に言うなら、万有引力。2つの物体同士の引き合う力のおかげだね。あとは……」

 嗚呼、話が止まらない。

「他には、磁石、とかどうでしょうか」

「おっ、鋭い! たしかに、磁石の働きも一定だから、砂鉄とか使えば、真円見れるかな? そこまできれいじゃなくても、楕円とか、半円とか、何かしらの円形を見れるかもね。例えば……」

 ずっと、ずーっと、話していたかった。

 世界の素晴らしさ、美しさを。

「いやいや、曲線で出来る図形だったら、なんでもいいってわけじゃない。そんなこと言ったら、三日月だってあんなに尖ってるけど……」

 …………あ。

「どうしました?」

「そういえば、明日は満月だったな」

 俺は、窓の外に佇む、巨大な物体を見上げた。

 視界の端に写った彼女は、やはり、無表情のまま、首を少しだけ傾けていた。

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