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日本のおれの部屋がすごい

作者: 雉白書屋

「ふぁ~あ……な、なん、なんだ!」


 いつものように、部屋でくつろいでいたところ、突然ドタドタドタ! という音がした。隣の部屋かと思い顔を上げたその瞬間、玄関のほうから人が雪崩のように押し寄せてきたので、度肝を抜かれた。


『わ~お、なんて狭いの!』

『それに物がたくさんある! これってゴミだよね? どうして捨てないんだろう?』

『きっと入れ物に使ったりしているんだよ。彼らは物を大切にする民族だからね』

『おお、彼がこの部屋の住人か!』

『ねえ見て! 歯が黄色いわ! だからイエローモンキーっていうのね!』

『はぁ、この匂い、くせになりそう……』


 五人、六人……計七人の外国人が勝手に部屋に上がり、指をさして笑い、何かを話している。おれは学がないので、連中の言葉はまったくわからない。だが、好き放題物色されてはたまったものではない。おれは追い出そうと、一番近くにいた男の腕を掴んだ。


「おい、この!」


『わぁお! 見てくれよみんな! ははは! いいだろ! わぁーつかまっちゃったよー』

『ははははははっ!』

『汚くないの?』

『ねえ、力はどう? どうなの!?』


『全然さ! ははは!』


「おい、何を笑ってやがる」


「あの、あの、ちょーっとすみませんね、ええ、ええ、手を放していただいて、ええ」


「お、なんだ。あんたは日本語を話せるのか。少しアクセントが変だけどな」


「ええ、はい、話せていますね。はい、で、あのですね。これは、いわゆるツアーでして」


「ツアー? ……ああ、外国の富裕層が日本の庶民の暮らしを体感とか、そういう感じのやつか」


「ええ、ええ、まさにそういう感じです、はい。それで、ほんの少しの間だけですので、どうぞよろしくお願いしたいと思います、はい」


「知るか、今すぐ出ていけ。警察を呼ぶぞ。そもそもどうやって入ってきたんだ。大家から鍵を貰ったのか? いや、クソッ。鍵を閉め忘れていたか……。ああ、ほら、そこ、人のものに勝手に触るな! 帰れ!」


「そこをなんとか、謝礼もお渡ししますので」


「え、謝礼?」


「ええ、ですので、ほんの少しの間だけ我慢していただきたく、ええ」


 そう頼み込まれたら、こちらも鬼ではない。おれは腰を下ろし、連中が何か盗まないかと監視することにした。……まあ、よく考えなくてもこの部屋には盗む価値のあるものはないのだが。


『でも、本当に狭いわね。信じられない。こんなところでよく暮らせるわね』

『彼らは狭い場所が好きなのさ。ほら、あれ、マンインデンシャが好きなんだよ』

『ふっ、知ったかぶりだな』


『なんだよ』

『ねえ、そんなことよりもせっかく住人がいるんだから、何か聞いてみましょうよ』

『そうね、ジェイク。あなた、彼らの言葉を話せるって前に言ってたわよね?』

『あー、うん。やってみようか。でも、何を聞けばいい?』

『ああ、どの程度の収入なのか知りたいな』


「エーット、アイ、アイ」


「ん? なんだよ……」


「アー、エー、ンー、ンー」


「なんなんだよ。言っておくが、おれは英語はできないからな」


「ンー……アッ! アナタハ……テイシュウニュウ!」


「はぁ!?」


「すみませんすみません、怒らないでください」


「おい! なんだあいつは!」


「彼はですね、あなたの年収をお聞きしたかったんです。すみませんすみません」


「ああ!? ああ、そうかよ……」


「それで、いくらくらいなんですか?」


「まあ……」


 おれが質問に答えると、ガイドの男が連中の国の通貨に換算して教えてやったみたいで、連中は『オオッ!』だの『アメージング!』だのと声を上げた。目を剥き、手で口を覆ったり、頭を抱えたりしている連中の様子を見て、おれはやたら日本を誉めそやすテレビ番組を思い出した。日本すごいすごい。日本の技術力は素晴らしいと、やれタクシーのドアが自動で開くだの、やれ新幹線がすごいだの、回転寿司が楽しいだの、トイレのウォシュレットがすごいだの、大げさでわざとらしく、すごいのはそのヤラセ臭だろうと鼻で笑っていた。

 しかし、その辺に置いてあったコンビニのおにぎりを手に取り、『ワァァオ』と声を上げてはしゃいでいる連中を見ているのは、悪い気はしなかった。おれが目の前でおにぎりの封を開けてやると連中はさらに声を上げ、おれもつい笑ってしまった。

 ちょうど腹が減ってきたのでこれを食ってもいいが、古そうだし今はラーメンの気分だったので、カップ麺を取り出した。封を開けると、連中が後ろから中を覗き込んできた。

 連中はおれの一挙手一投足に関心があるようだ。ポットにまだお湯が残っていると思うが、おれはあえて新しくお湯を沸かそうと思い、ヤカンに水を入れ、コンロのつまみを捻った。

 すると予想通り、連中はまたも『アメージング!』だの『ファンタステック!』だのと声を上げた。

 おれは、お湯が沸くのを待つ間、冷蔵庫を開けたり、テレビを点けたり、トイレを流してみたりして連中の反応を楽しんだ。その後、ヤカンからポットにお湯を入れ、ポットの上蓋を押してカップ麺にお湯を注ぐと、連中はまるで手品を見ているかのように声を上げ、息を呑んだ。

 あとはまた待つだけだ。出来上がったら連中に少し食わせてやろうか。腰を抜かすかもしれない。

 ……いや、待てよ。妙だな。どこの国から来たにせよ、たかがコンロくらいで声を上げるなんて。


「なあ、あんたら」


「ええ、はい、ああ、そろそろ帰りますので」


「え、そうなのか? まあいいけど」


「はい、お世話になりました」


「ああ、いいよ。謝礼をくれ。忘れてないよな? それから、あんたら、いったいどこの国のああああうあううあうあ」


『はーいみなさん、彼が硬直している間に、タイムゲートを通って帰りましょう!』

『えー、もう時間なの?』

『外を見てみたいわ』


『いけませんいけません! それはまた別のプランでご参加ください。ええ、大変なんですから。皆さん、興奮してしまって勝手に行動するから、ガイドが一人では対応できないんです。本当にもう……』

『そりゃそうさぁ、いやぁ、しかし、かわいそうに』

『ああ、彼らの終わりはすでに始まっているんだもんな……』

『本当にかわいそう。国がなくなっちゃうなんて……』

『ねえ、感想はあとにしましょうよ。あたし、ここの空気が合わないみたいで、だんだんムカムカしてきたわ』

『ははは! さっきは良い匂いって言ったくせに!』

『ねえ、何か持って帰りましょうよ! この歯とかいいわよね! 記憶も消えるんでしょう?』


『ダメですダメです! 我々がいた記憶や指紋など痕跡が消えるといっても、過去の世界に影響を及ぼすような行為はダメって決まりなんですから! さ、ほらほらほら、早く帰りましょう! 早く早く!』





 …………あ。おれ……なんだっけ……何して……ああ、腹が減ってたんだ……あ、テレビ、いつ点けたっけ……なんだ、麺が伸びてるな。ぬるいし……寝てたのかな……頭がぼーっとする……まあ、どうでもいいか、そんなこと。食えさえすれば……。


『以上、ニュースを終わります。さあ今夜のバラエティは! 外国人仰天! 日本のここがスゴイ100連発!』

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